試合が終わった後も誰もベンチを出ることができなかった。

高校野球にもう一度はない。

一度の勝負で勝負敗者が決定する。

そしてこちら側のベンチは惜しくも敗者となってしまったチームがいた。

二宮「……………」

海藤「…ちくしょ〜…。」

倉持「……………」

矢吹「…っ…えっぐ…。」

悔しがっているもの、呆然としているもの、ただただ泣きじゃくっているもの…。

その全てのものの原因がおそらく今行われた試合である。

この京徳商業は後一歩のところまで追いこまれて試合をひっくり返した。

しかし最終回…さらなるドラマが待っていた。

先頭榊原が強烈なセカンド強襲ヒットで出塁し次打者黄瀬の左中間を破るツーベースでノーアウト二塁三塁。

そして最後にドラマのピリオドを打ったのはこれまでたった一人でマウンドを守り続けた小さなエースだった。

頭に当たりそうなビーンボールを見事大根切りのような形でセンターに弾き返した。

懸命にバックホームするも一歩届かずその瞬間京徳商業の敗退が、そして夕陽ヶ丘高校の決勝進出が決定したのである。

二宮「…悪い…皆…。俺がコントロールミスしなけりゃ…。」

二宮が独り言のように呟きだした。

そんな二宮の言葉にすかさずチームメート達はフォローを入れた。

海藤「なに言ってんだよ…!!あの球を打ったほうがすげぇんだよ…。認めたくないけどよ…。」

倉持「…そうだよ…。あの娘がすごかったんだよ…。そんなこと言ったら私が六回のチャンスで打ってたり最後のランナーを刺してたら展開は違ったはずだよ…。」

俺なんか…俺なんか…と次々と連鎖反応のように自分の犯したミスを口にした。

そんな反応を止めたのは京徳商業のトップであった。

福田「…お前ら…もういい…。」

福田の一言にシーンと場が静まり返った。

福田「…お前らはよく頑張った。俺はお前らにプレッシャーをかけていたんだと今更になって気づいた。」

福田の一言が場が場だけに余計に響いて聞こえる。

福田「お前らには来年がある…。それでも駄目なら二年後だってあるんだ。だから…気持ちを切り替えて頑張ろう…。楽しい野球で…!」

福田が最後に笑顔を見せると部員たちが笑顔を見せた。

二宮「…よし…。じゃあ気合いを入れるか…!!京徳ーーー…」

『ファイ!ファイ!ファイオーー!!』

ほとんどの部員が二宮に同調して気合いを入れた。

ただ一人を除いて…。

その一人はベンチから続々と出ていく京徳ナインを尻目にまだ下を俯いて憮然としていた。

皆が出ていった後朔也が声をかけようとしたが二宮に制されて二宮が一人ベンチ内に残った。

二宮「…光?」

二宮ができるだけ優しい声質で倉持に声をかけると顔をゆっくりと上げた。

その顔は涙で崩れかかっていた。

二宮「…………」

倉持「…憲一…。私のせいかな…?私がもっと打ってもっとちゃんと守れてれば京徳勝ってたかな…?」

倉持は涙混じりの聞きにくい声でゆっくりと途切れ途切れで喋った。

二宮「…馬鹿…。いつも一人で戦ってるとか思わないでよとか言ってるやつが一番一人で戦ってるじゃねぇかよ…。」

二宮は倉持の頭を優しく撫でてやった。

すると倉持は我慢できなくなったのか二宮の胸に飛び込んできて盛大に声を出して泣いた。

二宮「(今度は…この女…泣かせないように頑張んねぇとな…。)」

二宮はそう思いながら倉持の体をさすっていた。










一方時の運も重なり勝者となった夕陽ヶ丘高校は笑顔で帰りのバスに乗り込むところだった。

黄瀬「大丈夫か?」

さっきから黄瀬はこの言葉しか言っていない。

明日香「だ、だから大丈夫だってば…。」

明日香は心配してくれるのは嬉しかったがこう何回も聞かれるとさすがに面倒くさくなってきた。

黄瀬がここまで怪我に敏感な理由はまた次の機会でお教えすることにしよう。

???「お〜い…。」

今二人がバスに乗り込もうかというときに後方から声がかかった。

振り向くとそこには黄瀬のよく知る人物が二人立っていた。

しかもものすごい笑みで…。

黄瀬「…来てたのか…大輝…。それと矢月先輩お久しぶりです。」

黄瀬は帽子をとって軽く会釈をした。

矢月「うん。さすが黄瀬だな。どっかの馬鹿後輩とはひと味もふた味も違うな。」

矢月はそう言いながら馬鹿後輩の方を見た。

???「馬鹿後輩で悪かったっすね…。」

男は顔をゆがませながら矢月の方を見た。

そして男は黄瀬に本題を言った。

???「ところで黄瀬ちゃん京徳のデータ返してよ。」

男はすごい勢いでそう言った。

黄瀬はあ、あぁ…と言いながらバッグから資料を取り出した。

黄瀬「ったく…お前は相変わらずデータ魔だな…。」

???「俺にとっちゃほめ言葉だな。」

ニヤッと笑って黄瀬から資料をとるとトランクケースと間違えるぐらいのバッグに詰め込んだ。

矢月「ところで黄瀬ちょっと…。」

黄瀬「??」

黄瀬は矢月に呼ばれると男と明日香を残してバスの後ろに向かった。

矢月はバスの後ろに来ると明日香の方を気にしながら黄瀬に話しかけた。

矢月「あの娘…大丈夫か…?」

黄瀬「…そのことっすか…。」

黄瀬はため息をはいた後大丈夫っすよ…と答えた。

黄瀬「…大体なんで先輩が心配してんすか…。」

矢月「いややっぱあの球を投げるやつは皆兄弟みたいなもんだからさ!」

矢月は頭をかきながらはにかんだ。

黄瀬はそんな矢月を見てまたため息をはいててっきりあのことかと思った…と黄瀬は呟いた。

矢月「あのことって…?」

黄瀬「…こっちの話っす…。」

黄瀬は話をはぐらかしてバスに帰ろうとした。

矢月「中條大志か…?」

黄瀬「…わかってたなら…なんで最初に言わないんですか…。」

黄瀬はジトーッと矢月を睨んだ。

しかし矢月は気にも留めず、だってお前が気づいてなかったら気まずいだろ?と言った。

黄瀬「で?あの打ち方どう思います…?」

黄瀬がそう問うと矢月はう〜ん…と唸った後まぁ…狙ってできる打ち方じゃないからな…と答えた。

ここで彼らの話題にあがっている人物の紹介をしておこう。

中條大志。

日本の四番という地位を完全に意のままにしてきた頑張パワフルズの四番バッターである。

その当時頑張パワフルズはたんぽぽカイザース、極悪ヤンキーズ、ニコニコキャットハンズの4チームが新たに新規参入しセ・リーグとパ・リーグ共に8チームとなりペナントを開催していた。

当初の予想では当分両リーグ共に新規参入したチームが最下位争いをするだろうとされていた。

しかし新規参入三年目。

ある1チームが覚醒する。

そのチームが…

実況「入ったーーー!!!飛び込んだーーー!!!大魔神佐々木パワフルズの主砲中條の一振りに沈みましたー!!」

実況「三振ーー!!試合終了!!エース神下完封で今季ハーラーダービートップに躍り出る10勝目!!」

その覚醒したチームは頑張パワフルズであった。

その当時の頑張打線は超ダイナマイト打線と謳われた。

その数年前阪神タイガースが最強助っ人バースやMr.タイガース掛布雅之、最強の切り込み隊長真弓明信や五番岡田彰布など超強力打線を擁して優勝したときの打線の異名をパワフルズが継承したのだ。

それほどまでにパワフルズの破壊力は素晴らしかった。

一番古葉に始まり三番西代、四番中條、五番橋森の強力クリーンナップは相手球団の投手を震いあがらせた。

打線だけでなく投手陣もかなり整備されていたのがこのパワフルズだった。

エースの神下はじめ二人目の女性野球選手黒木里香、剛腕ミッチェルや左殺しの異名をとっていた浅香竜馬、そして守護神童上雄馬。

投打がばっちりと噛み合い前半戦から軽やかなペースで勝ちを重ねていった。

そして9月15日…。

パワフルズファンには今でも伝説となっているマジック1で向かえたホームの2位ヤクルト戦。

その試合は一回から緊迫した試合となる。

パワフルズ先発神下は今日勝てば大洋高岡、巨人斉藤雅に並ぶ18勝となる。

そして最後まで投げきれば胴上げ投手となれるのだ。

そのモチベーションからかパーフェクトで前半5回を折り返した。

負けじとヤクルト先発の伊藤智は目の前で胴上げされるわけにはいかないと必死の好投で超強力打線のパワフルズに二塁を踏ませないピッチングを展開した。

両投手好投で向かえた八回裏パワフルズは一番の古葉からであった。

古葉は期待通り三遊間を綺麗に破りレフト前ヒット。

その古葉をバントで送りワンアウト二塁。

そして伊藤智は西代に10球粘られた末ファーボールを出してしまう。

そしてバッターは現時点(打率はこの試合に入るまで広島野村と同率だった)での三冠王四番中條。

伊藤智は疲れからか得意のHスライダーが決まらなくなっていた。

そして中條に対しての四球目。

事件は起きた…。

伊藤が投じた球は頭に向かってきていた。

誰もが大惨事を覚悟したとき中條はニヤッと笑って大根切りでその球を打ったのだ。

その打球はセンターに抜けていきパワフルズは待望の先取点を奪ったのだ。

その日のヒーローは完封&胴上げ投手の神下ではなかった。

その中條の一振りはパワフルズファン…いやプロ野球ファンの全員の記憶に焼き付いている。

矢月「あれは…間違いなく中條さんの大根切りだった…。」

矢月は真剣な表情でそう黄瀬に告げた。

しかし当の黄瀬はあっけらかんとしていた。

黄瀬「いや…そういうタイミングで打ったんじゃないですか?」

黄瀬がそう言うと矢月はまた険しい表情になった。

矢月「…中條さんの噂…聞いたことあるだろ…?」

矢月がそう言うと黄瀬の顔は一瞬にして曇った。

黄瀬「…まさか…。」

矢月「まぁ…ただの憶測だけどな…。」

矢月は深刻に考えるなよ…と肩を叩いて歩いていった。

???「へぇ…明日香ちゃんは陸上部だったんだ…。」

明日香「うん!結構いいとこまでいったんだよ…?」

???「そうなんだ!明日香ちゃんみたいな綺麗な娘がスポーツやってるなんてね…。」

明日香「えっ…?」

男は明日香の肩を抱いてそう言った。

明日香は慌ててその手を振りほどいた。

そして男に黄瀬の鉄拳が振り下ろされた。

???「痛てっ!!」

黄瀬「…てめぇは誰これかまわず口説く癖は直ってねぇな…。」

黄瀬の顔に青筋が立っていた。

???「黄瀬ちゃんまで怒んないでよ…。明日香ちゃんはこんなに喜んでんのに…。」

までということは恐らく矢月にも怒られたのだろう。

黄瀬は明日香の方を見た。

誰の目にも明らかなのは嬉しそうなのではなく恥ずかしそうなことだった。

黄瀬「…あれは恥ずかしいだけだ…。」

黄瀬はため息をつきながらそう言った。

男はそうかぁ…?と言いながら明日香に笑みを向けている。

黄瀬「大体…お前のところは予選はいいのかよ…。」

黄瀬は呆れながらそう聞いた。

???「俺んとこは楽勝…。とりあえず今日が決勝かな…?」

じゃあなんでここにいるんだよ…と黄瀬は聞いた。

すると男は鼻で笑うみたいに呟いた。

???「県予選で"レギュラー"がでる必要はないよ…。」

黄瀬と明日香の顔つきが明らかに変わった。

黄瀬「…へぇ…?余裕だな…王者さんは…。」

黄瀬がそう言うと明日香が王者…?と疑問の声を発した。

黄瀬「…こいつは去年の夏の全国覇者帝琉学院大付属高校に推薦で行ったんだよ…。」

黄瀬がそう言うと明日香は驚きの表情を男に向けた。

???「いやそんなに褒められたもんじゃないよ!夏だってやっとのことで"柳光学園"にギリギリで勝っただけだし。春は星光に負けたしな…。」

男は肩をすくめて一気にそう言った。

黄瀬はだけどそんな名門で一年レギュラーのお前は矢月さんに並ぶ化け物だな…。と言った。

???「おいおい…人を怪物呼ばわりすんなよ…。俺にはちゃんとした名前があんだからよ…。」

黄瀬は中学通算80本塁打の化け物がよくいうよ…と心の中で呟いた。

???「俺には徳川大輝っていう歴とした名前があんのによ!」

徳川と名乗った男がそう言うと今までこのやりとりをバスの窓を開けて聞いていた夕陽ヶ丘ナインがざわめきだした。

『徳川って確か…!!』

『そうだよ…!!中学全国大会の決勝で三打席連続ホームランを打った…!!』

羽柴「その卓越したバットコントロールと緻密なデータ野球で名を馳せた…。だから中学時代の称号は"参謀"」

俄かにざわついたナインも羽柴の声で静まり返った。

徳川「ありゃ…!?俺ってば有名!?」

徳川は頭をかきながら照れくさそうにしていた。

しかし少したつと鋭い目つきへと変わった。

その変貌に明日香は思わず怯えて黄瀬の後ろに隠れた。

徳川「黄瀬ちゃん…。俺だって無駄な偵察はしないよ…?当然夕陽ヶ丘高校はマークしてた。なんせ"獣王"黄瀬ちゃんがいるんだから…」

黄瀬「その名で俺を呼ぶな…!!」

黄瀬は目を鋭くさせ充血していた。

そして顔色は悪く小刻みに震えていた。

この姿を見て明日香はあることが頭の中に浮かんだ。

明日香「(私を止めたときと同じ顔…。)」

そう。それは黄瀬が明日香を止めたときと全く同じ顔であった。

徳川「…黄瀬ちゃん…。…まぁとにかく黄瀬ちゃんがいるチームだからマークはしてたってことだけは伝えとく。ただ…」

徳川は少し黙ってそして非常に冷たい目で黄瀬に言った。

徳川「来年用に…な…。」

黄瀬「…へぇ…舐められたもんだ…。」

黄瀬と徳川の間には火花が散っているように見えた。

徳川「…まぁ楽しみにしてるよ…明日の決勝戦…。」

徳川はそう言ってバスから離れていった。

黄瀬はその背中を見送ると両拳をぐっと握って明日の星光戦の大番狂わせを誓った。











「22-0!五回コールドで星光学園の勝ち!」

矢月「さぁ…夕陽ヶ丘…。この矢月悠生がお前らの相手だ…。」

矢月は目を光らせて楽しそうに呟いた。