汗がひとりでに流れてくる。

まるで自分がドラキュラになったみたいに陽に当たると溶ける感覚がする。

それだけの暑さの中今静岡県の頂点を決める試合が開始されようとしていた。

「それでは星光学園と夕陽ヶ丘高校の静岡県大会決勝戦を開始します。互いに礼!」

『お願いしまーす!!』

両チーム大きく頭を下げて挨拶した。

さすがにここまであがってくるチームなのだろうか…礼儀はきちんとしている。

矢月「黄瀬!!」

黄瀬は声をかけられた矢月の方を振り向いた。

矢月「同じ"朱雀"として負けないぞ!…ってあの女の子に言っといてくれ!」

矢月はそう言うとベンチに帰っていった。

明日香「聞こえてるんですけど…。」

黄瀬「(あの人クールだし…頭もキレるんだけど…あぁいうところが抜けてたりするんだよな…。)」

黄瀬はそう呟くと天然の先輩をもつと大変大変…とため息をついた。

星光学園との決勝戦を向かえたこの日。

明日香の左肩の状態が気になっていたがどうやらなんともないようだ。

ただし少しでも異変を感じたときはすぐに言うように黄瀬にきつく釘を刺された。

明日香「(なんか遼って…。)」

明日香は頭の中に昨日の雨の試合のことを思い出していた。



−−−黄瀬「俺はもう…誰も大切な人を失いたくないんだ…!!」



明日香は難しい顔をしながら小さく呟いた。

明日香「(お父さんみたい…。)」

明日香は小首を傾げながらそう言うとロージンを利き腕の左手に念入りにつけた。

「一番キャッチャー宋くん」

星光の一番宋大成がバッターボックスに入った。

「プレーボール!!」

審判の大きな、そして今大会最後のコールがかかった。

ピッチャーの明日香が大きく振りかぶり足を勢いよく振り上げる。

宋「(マサカリ…)」

そして左手から白球が飛び出した。

バシィ!!!

「ストライーッ!!」

明日香のストレートが右バッターのインコース低めに決まった。

明日香「(よし!今日も好調!)」

明日香はぐっと左手を握った。

そして間髪入れずに同じコースに速球を投げこんだ。

最初のころは不安があったコントロールも日に日に精度を上げてきていて今では最低限のコントロールはついていた。

ボールはインコースに吸い込まれて…

カキーン!!

明日香「!?」

…いかなかった。

宋がおもいきって振り切った打球は三遊間を綺麗に破っていった。

打った宋は何事もなかったようにバッティンググローブとプロテクターを外して一塁ベース上に立っていた。

田代「(…あの球を打たれちゃ…。)」

明日香「(…しょうがない…よね…?)」

明日香と田代はそう自分に言い聞かされると次のバッターに対峙した。

黄瀬「(あの球を簡単に捌いて三遊間か…。こりゃしんどい試合になるな…。)」

黄瀬は昨日と段違いに明るい空を見上げながらポツンと呟いた。

木暮「く〜っ…!ようやくこの日が来たぜ…!」

矢月「あぁ…。」

木暮は興奮しきっているのかバットをずっと磨いていた。

矢月は対照的に冷静に明日香の一挙一動に集中していた。

そんな風に見られてるとは知らずに明日香はセットポジションから二番の船井に一球目を投げた。

???「早く〜!!席なくなっちゃうよ海藤ちゃん!アカちゃん!」

もはや聞き慣れてきた明るくて大きな声の持ち主は連れてきた二人よりさらに早く走ってきていた。

海藤「…倉持…お前…早すぎるぞ…。」

矢吹「…自分の足の速さ…わかってないのかな…。」

後ろの二人は息を切らせながらよたよたとこちらに向かって進んできていた。

倉持「なに言ってんのよ!私が遅いんじゃなくて二人が遅いんでしょ!!そんなんじゃ甲子園なんかいけないよ!!」

倉持はそう言うと走れーー!!と言ってさらにスピードをあげて走っていった。

二人は小さな声で同じことを言った。

海藤&矢吹「地獄耳だな(だね)…。」

二人が何とか追いつこうと必死に足をサイクルさせていると意外と早く追いついた。

いや正確に言えば倉持が止まった。

海藤「はぁ…はぁ…どうしたんだ…。」

海藤は息絶え絶えながら呆然と突っ立っている倉持に声をかけた。

朱音は疲れすぎてもはや廃人になりかけている。

倉持「いや…確かタナっちがここらへんの席とっておくって言ってたよね?」

タナっちというのは京徳商業の三番バッター田中のことである。

今日は先に席を取っておいてくれるということでお願いしたのだ。

海藤「…あぁ…確かバックネットの近くって…。」

倉持「でもあれ…。」

倉持が指を指したところにはTシャツとハーフパンツにサンダル…そんなラフな格好には到底似つかわない膨大な資料を手にとっているデータ魔がいた。

その男の近くに行くと倉持は確信したのかあっ…という声を漏らした。

そして倉持がその男に向かって口を開いた。

倉持「徳…矢吹「徳川選手!!!」

しかしその声は男に届くことはなかった。

先ほどまで廃人同然だった朱音が急に声を張り上げたのだ。

徳川「こりゃまた…。京徳商業の皆々様じゃないですか…。」

徳川は微笑みながら京徳商業の面々の顔を見ていた。

矢吹「あ、あのっ…!私徳川選手のファンで徳川選手のあの華麗なプレーを見て私野球をはじめたんです!!会ってこうやって話してるなんて感激です!!」

徳川はかなり興奮してる朱音に苦笑いを浮かべながらもありがとう矢吹朱音さんと笑みを浮かべながら言った。

矢吹「はうっ!!名前を知っててもらえるなんてもう最高…。」

朱音はそんなことを言いながら体をくねくねさせていた。

この姿を見た倉持と海藤は話し合う。

倉持「(…アカちゃんってこんなキャラだったっけ…?)」

海藤「(…いや…違うかった…と思う…。)」

倉持の質問に海藤は顔を引きつかせながら答えた。

そんな二人が引いてるとも知らずにまだ朱音ははうっ…!と言いながら体をくねくねさせていた。

倉持「…ところでここに京徳商業な選手が来なかった…?ここで待ってるはずなんだけど…。」

倉持がそう言うとあぁ…その人にこの紙渡しといてくれって頼まれた。と言って徳川は倉持に紙切れを渡した。

倉持はその紙を受け取ると無言で読み始めた。

『悪い!ちょっと用事ができちまってちょうど親切そうな人がいたんでその人に伝言頼みました!とりあえずその人の横にでも座って』

徳川はちなみに用事はデートだ。と倉持に告げた。

倉持はそれを聞くと紙をビリッと破ると怒りのオーラがにじみ出てきた。

海藤は何が書いてあったのか知らないがとりあえず田中ご愁傷様…と心の中で十字架をきった。

倉持「…とりあえずあの馬鹿は明日ボコボコにするとして座りましょう…。」

なんだか聞いてはいけない言葉を聞いた気がするが海藤は何も言わず(言ったら即刻殺されそうなので)席に座った。

ちなみに朱音はいまだに何か呟きながら妄想に浸っていた。

徳川「ところでそちらのエースさんは?」

倉持「…憲ちゃんなら学校で練習…。」

徳川の問いに倉持はかなり不服そうに答えた。

徳川「憲ちゃん…?あっ…二人は付き合ってるのか…。」

徳川がそう言うと倉持はすごい剣幕で徳川の方を振り向くと鼓膜が破れるんじゃないかと思うぐらいの大きな声で言った。

倉持「あんな野球馬鹿とこんな可愛い女の子がなんで付き合わなきゃいけないのよ!!!!?」

あまりにもその顔に威圧感がありすぎて徳川だけではなく海藤や妄想に浸っていた朱音、周りの客さえも一歩引いて顔をひきつらせた。

まだ鼻息が荒い倉持をなだめるように徳川は冗談…冗談だよ…と言うと冗談でもそんなこと言わないでよね…と言うと倉持はドカッと腰を下ろした。

徳川「(なんであんなに怒るんだよ…。)」

徳川は心の中でも苦笑いを浮かべていた。

その時倉持は昨日の出来事を思い出していた。









結局あの後ベンチの外にでても泣いていた倉持を二宮は慰め続けた。

そしてようやく泣き終わったときにはもう陽はとっくに落ち、辺りは真っ暗になっていた。

倉持「……………」

二宮「……………」

二人は無言で暗闇の中を歩き続けた。

妙な沈黙で二人とも急に恥ずかしくなってきた。

二宮&倉持「あ、あのさ…。」

二人同時に沈黙を破る。

この状況にさらに恥ずかしさが増す。

二宮「あっ…な、なんだ?」

倉持「へっ…!?い、いや憲一こそ何よ…!」

倉持はいつものおどけた感じは一切なく真面目な顔をして慌てたように早口で喋った。

二宮「いや…別にわざわざ話すことじゃないから…。」

倉持「わ、私も…。」

また二人に沈黙が流れる倉持は今までにないぐらい心臓が音をたてて鳴っていた。

倉持「(どうしよどうしよ…。なんか話さないと…。)」

倉持は何か話題になるようなことはないか周りを見渡した。

すると村の掲示板にある広告が掲示してあった。

倉持「あっ…!ねぇ憲一!!これ見てよ!!」

二宮は急に大きな声を出した倉持にびっくりしながら倉持が指を指しているところを見た。

二宮「…屋敷村祭?」

そう。その広告は屋敷村、俺たちの出身村の祭りの開催日が書いてある広告であった。

倉持「ねぇ!!これ一緒に行こうよ!!」

二宮「え〜…。俺が人混み嫌いなの知ってるだろ…?」

倉持「いいじゃん!!久しぶりに二人で遊ぼうよ!」

倉持がそう笑顔で言うと意外と空気が読めない二宮は禁断の言葉をはいてしまった。

二宮「お前と二人〜!?嫌だよ!お前と行ったら何買わされるかわかんないし…。それにそんなことしてる暇があったら練習したい…し…。」

さすがの空気の読めない二宮でもこの怒りのオーラは読み取れるらしい。

早速背中に冷や汗が流れ出す。

倉持「…せっかく女の子から誘ってるのに…。」

倉持は俯きながらしかし確実に怒りの声を出している。

倉持「普通…そんな言い方しないでしょ…。この野球馬鹿ーー!!!」

倉持が怒りを露わにして叫びだす。

すると二宮は頭にきはじめた。

何故自分が怒られなきゃならないのかと…。

こういう女の子の気持ちが全くわからない二宮はついある言葉を言ってしまう。

二宮「野球馬鹿って…。そりゃ言いすぎだろうが!!大体お前だって野球ばっかしてるじゃねぇか!!ちょっとは男の一人や二人でも作ってみたらどうなんだよ!!」

ブチッ…!

鈍い音が倉持の頭から聞こえてきた。

倉持「…憲一の…」

二宮「??」

少し間があったあと近所迷惑な大声が小さな体から飛び出した。

倉持「憲一の…馬鹿ーーーー!!!!」

倉持はそう言うと走り去ってしまった。

二宮「な、なんなんだよ…。」

そしてまだ状況を理解できていない男はその場からしばらく動けなかった。









倉持「(あんな女心もわからないようなやつ…絶対許さない…。)」

怒り狂っている倉持を尻目に試合は早速ヤマが来ていた。

塁はすべてランナーで埋まっている。

しかも電光掲示板にはまだ一つもアウトカウントが表示されていなかった。

田代「ごめん…僕がバントを素直に一塁に送球していたらフィルダースチョイスにならなかったのに…。」

影羽「いやそんなこと言ったら俺なんて送球をちゃんと捕っていればこんなことになっていなかったのに…。」

黄瀬「そうだそうだ…。影羽が俺の送球を捕っていれば…って痛てっ!!」

明日香「…あんたは少しは素直に謝れないの…?」

皆が謝っていく中一人だけ逃れようとした黄瀬は明日香の見事な裏拳が後頭部を直撃し黄瀬は悶えていた。

とにもかくにも上記のようなことでランナーが溜まったのだ。

明日香「…やっぱ昨日の雨が聞いてるのかな…?」

明日香の言うとおり決して万全のコンディションで始まった決勝戦ではない。

昨日の雨でところどころぬかるんでいた。

それが原因で細かいミスが続出していると言ってもいいかもしれない。

田代「…とにかく抑えるしかないよ…。」


田代がそう言うとマウンドに集まっていた全員がバッターボックスに近づいてきている相手の主砲を見た。

「四番サード木暮」

木暮「よっしゃーーー!!!」

木暮は大声をあげて打席内に入ってきた。

黄瀬「…よく考えれば準決勝も同じやつがいたな…。」

黄瀬がそう呟くと全員同じ人物の顔を浮かべた。

海藤「はっくしょん!!」

バックネットには噂されている人物が盛大にくしゃみをしていた。

マウンドに集まった選手たちは自分のポジションへと戻っていき明日香は相手の主砲を見つめた。

谷口「ノーアウト満塁…。バッターは木暮。さて…何点入るかな?」

星光学園の監督谷口はそんなことを言ったが矢月は口を挟んだ。

矢月「…そう簡単にはいかないと思いますよ…。」

谷口「…そうか…。まぁお前がそう言うんだから間違いないな…。」

矢月がそう言うと谷口はすぐに気を引き締めなおした。

それほどまでに星光学園にとって矢月という男は影響力があるのだ。

明日香「(ここは我慢だ…。)」

明日香はこの前に読んだ『エース論』という本の321ページを思い出していた。

明日香「(エースは味方のエラーにイライラしてはいけない…。)」

明日香は満塁で塁が埋まったということで大きく振りかぶった。

明日香「(でも…)」

明日香は独特の足の上げ方からボールに力を伝えるように連動していく。

明日香「(…やっぱ遼だけは許せない…!!)」

明日香はさっきの黄瀬の態度に腹を立てながら左腕をおもいっきり振った。

木暮「(甘いストレート…!もらった!)」

木暮は明日香の投じた渾身のストレートを振り切った。

カキーン!!!

会心の打球が明日香の左を抜けていく…。

『よっしゃーーー!!』

『まず一点!!』

星光ベンチから歓喜の声があがる。

しかしその声はすぐに消し飛んだ。

バシィーン!!!

木暮「!?」

その打球が抜けることはなかった。

なんと明日香が体を反転させて後ろ向きで打球を捕ったのだ。

明日香「は、入った…!」

明日香が自分でも驚いてるところに黄瀬から大声がかかった。

黄瀬「黒木!!サード!!」

黄瀬の声がかかり明日香は我を取り戻してサードにさらに反転して送球した。

「アウト!!」

三塁ランナーは飛び出しアウト。

そしてさらに二塁ランナーも必死に戻る。

しかし黄瀬はノーステップスローで二塁へとボールを送った。

「アウト!スリーアウッチェンッ!!」

徳川「……………」

矢月「…ひゅ〜…。」

このプレーでスタンドの盛り上がりが最高潮に達した。

『おいおいおいおい…!』

『何だ今の!?』

『ノーアウト満塁で木暮で0点…。』

スタンドがざわめいてる中この二人も例外ではなかった。

矢月「(…背面捕り…。やってくれるぜ…。)」

徳川「(なんていう反射神経だ…。後ろに目でもついてるのか…?)」

二人がそんなことを思っているとは知らず明日香は満面の笑みでベンチに下がっていった。

矢月「木暮…やっぱ面白いか…?あいつら…。」

矢月がそう言うと無言でベンチに帰ってきた木暮が白い歯を見せて笑った。

木暮「あぁ…!やっぱワクワクさせてくれるぜ…!」

木暮はそう言うとグローブを掴んで勢いよく走っていった。

木暮「(…本当に面白いぜ…!)」

木暮はいまだに痺れている両手をぐっと握って明日香の方を見た。

「一回裏夕陽ヶ丘高校の攻撃は一番ショート羽柴君」

夕陽ヶ丘高校は京徳商業との試合からオーダーをある程度戻してきたが完全には元には戻っていなかった。



先攻 星光学園   後攻 夕陽ヶ丘高校

1 宋 2   1 羽柴 6
2 金井 8   2 田代 2
3 斉賀 7   3 黒木 1
4 木暮 5   4 黄瀬 5
5 鈴川 4   5 榊原 9
6 川崎 9   6 影羽 3
7 三石 3   7 青田 4
8 小林 6   8 久保 7
9 矢月 1   9 武沢 8



星光学園はいつもは三番に入る矢月が今日はピッチングに専念したいので九番に入れてくださいと言って下位に入っている以外はいつもと同じオーダーである。

対して夕陽ヶ丘高校は不動の四番羽柴をなんとトップバッターに持ってきた。

そして明日香が人生初のクリーンナップに、黄瀬が高校野球では初めての四番に座った。

一番に抜擢された羽柴はゆっくりと左バッターボックスに入って足場を固めた。

羽柴を一番に入れたのはもちろん理由があるのだ。

佐沼「(この矢月投手を打ち崩すにはワンチャンスを生かすしかないわい…。そのためには立ち上がりを叩くしかない。チームで一番の出塁率を誇っている羽柴に一番を打たすしかなかろう…。)」

佐沼はそう心の中で結論づけて羽柴を見つめた。

羽柴「(まさかお前との再戦がいきなり来ようとはな…。)」

羽柴は気合いを入れて独特の構えで構えた。

矢月「(羽柴…か…。こいつも要注意だが…やはり怖いのは…。)」

矢月は明日香と黄瀬を交互に見た。

矢月はふっ…と笑みを漏らしてゆっくりと振りかぶりだした。

矢月は上空で振りかぶった手を制止する。

そしてそこからゆっくりと足があがり第一球…。

バシィ!!

「ストラーイク!!」

羽柴「(…やっぱ速ぇな…。でも…)」

羽柴はアウトローいっぱいのストレートを見送った。

その球速表示は145kmとでていた。

しかし羽柴は不適に笑ってまた構え直した。

羽柴「(それがワクワクさせてくれるんだよな…!!)」

羽柴はゆったりとしたフォームからの矢月の二球目を打ちにいった。

バシィ!!

しかし球場には乾いたミットの音が響き渡った。

羽柴のフルスイングはボールに掠らずミットに吸い込まれた。

羽柴「(まだ振り遅れてるのか…。よし次はもっと早く始動する。)」

羽柴はそう決意して矢月が左腕を振った瞬間ぐらいでバットを振り出した。

しかし…

「ストラーイッバッターアウッ!!」

審判のコールで星光学園のスタンド側が湧き出した。

一方スイングした羽柴は空振りしたまま固まっていた。

羽柴がスコアボードの球速表示を見た。

そこには見たこともない表示が記されていた。

羽柴「(…やっぱな…。どうりで速いはずだぜ…。)」

スコアボードには150kmと表示されていた。

羽柴は潔くベンチへと帰ってきた。

三振したもののその顔は実に清々しいものだった。

その後二番田代は三球三振。

球種は全てストレートだった。

佐沼「(やれやれ…。これで立ち上がりが不安か…。笑わせてくれるわい…。)」

佐沼はいきなり思惑が外れて苦々しい顔をしていた。

ツーアウトとなりバッターは三番黒木明日香。

ここで矢月は意外な行動にでる。

ざわざわざわざわ…。

観客がにわかにざわめきだす。

そして明日香に対しての四球目にボルテージが最高潮に達した。

「ボール、ファーボール!」

矢月は明日香にファーボールを与えたのだ。

しかもただのファーボールではなかった…。

黄瀬「(…舐められたもんだ…。)」

なんと明日香に対して全てアウトコースに外し事実上の敬遠をしたのだ。

矢月「(黄瀬をこの試合抑えこめればまず打たれることはない…。)」

矢月はロージンを左手につけ第一球を投げる体制に入った。

黄瀬はまだ構えてなかったので急いで構える。

黄瀬「(なんだ…急にテンポが変わった…。)」

黄瀬は矢月の投球の変化に戸惑いを覚えながらも力強く構えた。

矢月は一球目、二球目とアウトローにストレートを投げこんできた。

二球目は黄瀬は確実に捕らえた。

黄瀬「(いける!次もう一度アウトローにくれば捕らえられる…!)」

黄瀬がそう考えているとき星光バッテリーは決断した。

宋「(悠生…やはりこのバッターはストレートだけじゃ無理だ…。あれでいこう…。)」

宋のサインに矢月は満足そうに首を縦に振り急に変わった早いテンポから第三球を投げた。

黄瀬「!?」

バスッという鈍い音がミットから鳴ると審判がチェンジのコールをしていた。

黄瀬「(そうか…矢月先輩にはこの球があったか…。)」

球速表示には85kmとでていた。

徳川「(同じ腕の振りから繰り出される超遅チェンジアップ…。この球はストレートと混ぜられればなかなか打てないぞ…。)」

スタンドの徳川はそう呟きながら、でも黄瀬ちゃんはこのまま終わらないよ…と独り言を言った。

黄瀬はバットを強く握りしめ心の中で強く誓った。

黄瀬「(絶対打ってやる…!!)」

怪物はゆっくりとそのベールを脱ぎだした…。