つい昨日までは賑やかだったグラウンドが今では殺風景としている。

ここは夕陽ヶ丘高校のグラウンドである。

夕陽ヶ丘高校は今日から夏休み。

蝉の声が耳に残り、太陽の日差しが一番眩しい季節になった。

田代「…寂しくなっちゃいましたね…。」

羽柴「…そうだな〜…。」

そんな中、夕陽ヶ丘高校野球部も一時の休息を設けていた。

その理由は二つある。

一つは部員の殆どが疲労困憊のためである。

決勝まで七試合。

全ての試合を全力で一イニングずつ戦ってきた疲労が大会が終わったことによって一気にきたのだ。

この疲労では練習をしても集中できないし、変に練習をして怪我でもしたら洒落にならないということが理由だ。

二つ目は部員の精神的なダメージだ。

結局、試合は敗れた。

リードして迎えた九回表。

ピッチャーの黄瀬は豪速球を前面に出し、星光自慢のクリーンナップをなぎ倒していった。

そして、後一人。

その初球、事件は起きた。

バックネットへと突き刺さる大暴投。

その大暴投を投じた後、黄瀬はマウンド上でうずくまった。

そして…マウンドを降りていった。

担架に乗って…。

そして、黄瀬がいなくなったマウンドを守れる者は夕陽ヶ丘高校にはいなかったのだ。

黄瀬に下された診断は左腕靱帯を三本断裂、そして右足首複雑骨折という診断がでた。

どうやらあの球を放るために右足にも相当の負担をかけていたらしい。

この怪我の診断で医者に言われたのは選手生命の消滅であった。

夕陽ヶ丘高校ナインはこれにショックをうけた。

特に中学の時のチームメート武沢、そして黄瀬に誘われてこの野球部に入部した明日香はショックで未だに立ち直れないでいた。

それ程までに黄瀬という男はこの野球部にとってなくてはならない存在になっていたのだ。

田代「…やっぱ僕らだけですかね…?練習に来るのなんて…。」

羽柴「そうだな。まぁ落ち込んでる奴らなんてほっとけ。それよりキャッチボールでもするか。」

羽柴はそう言うとグローブを手にとりグラウンドの中央近くまで走っていった。

ちょ、ちょっと待ってくださいよ!と言って田代は羽柴について行った。

田代「羽柴さんは元気ですね…。」

キャッチボールの最中に田代はそんなことを羽柴に言った。

羽柴はまぁなと言ってボールを投げ返した。

羽柴「俺達がいつまでもメソメソしてたって黄瀬が戻ってくるわけじゃないからな。それより田代、お前こそ立ち直りが早いじゃねぇか。」

田代「あっいや…。僕は黄瀬君ならみんなに同情されることよりもさっさと練習して次の大会に備えろなんてこと言うと思ったんで…。」

田代はそう言いながら苦笑いを浮かべた。

羽柴は偉い!お前のこと見直したぜ!と言いながらまた鋭いボールを田代に投げ込んだ。

田代「(そうは言っても…やっぱりショックだよ…。明日香ちゃんどうしてるんだろ…。変に自分だけで背負わなければいいけど…。)」

田代はそんなことを思いながらたった二人だけの練習を遂行していた。









明日香「……………」

明日香は今、近所の公園に来ていた。

あの衝撃の試合が終わってから数日。

まるで何もする気にならなかった。

私のせいで遼の選手生命を絶ってしまったのではないかと思うからである。

実際、私のスタミナが足りなかったから遼が投げなければならなくなったわけで…。

そんなことを思っていたら田代君が私のせいではないよと言ってきてくれた。

流石は恋女房と言ったところなのだろうか。

私はその言葉に少しは救われたものの未だに引きずっていた。

明日香「…はぁ…。」

この休みの間、友達と買い物やカラオケ、ボーリングなどを楽しんだが全く気分転換にならずもやもやした気持ちだけが胸の中を覆い尽くしていた。

明日香「…私、新しい服着て公園に来てるって…どれだけ虚しいのよ…。」

今日の明日香は久しぶりにお洒落をして外に出てきていた。

何故、お洒落をしたのかは…

明日香「やっぱり…会いになんて行けないよ…。どんな顔して会いに行けばいいのよ…。」

そうなのだ。

今日は遼に会いに行こうとしたのだ。

だからこんなに頑張ってお洒落して…久しぶりにスカートなんか履いたりして…。

でもいざ会いに行こうとなるとやっぱりなかなか一歩が踏み出せない。

私のことをもしかしたら恨んでるんじゃないかとか…

今は誰とも会いたくないんじゃないだろうかとか…

後は…

明日香「この服装似合ってないとか言われたら立ち直れない…。」

明日香はそう言うと俯いた。

もう一度詳しく言うと今日の明日香はかなり服装に気合いが入っている。

そうだ。だってこのスカートだって今流行りのブランドのものだしこのシャツだってこの帽子だって…!前に遼が見てた雑誌に載ってたモデルさんと同じ格好だし…って。

明日香「…なんで私が遼の好みに合わせなきゃなんないのよ…。」

よく考えたら別に遼に似合わないって言われたってショックでもなんでもないし!

明日香はそうブツブツと言いながらも体は公園のベンチを立とうとしなかった。

そんな自分の中での葛藤をしている間に背後から年配の男性が近づいてきた。

明日香は自分との葛藤に必死で全く気づかない。

それをいいことにお爺さんは横にドカッと座った。

明日香「きゃっ!!」

明日香は急に横に男が座ってはっきり言って身に危険を感じたのか横にさっと体を引いた。

お爺さん「フォフォフォッ!!やはり若い娘はいいのぉ…。」

明日香「はっ?」

やっぱり変態!?と警戒心を引き上げてキッとお爺さんを睨みつけた。

お爺さん「う〜ん…いい脚をしとる…。」

そう言うと明日香のスカートから出ている脚を見た。

明日香「なっ!?へ、変態!!だ、誰か呼びますよ!!」

明日香が顔を真っ赤にしてそう言うとまたお爺さんは高笑いした。

お爺さん「フォフォフォッ!!性格もやつが言った通りじゃわい。」

立ち上がって笑っているお爺さんを見て明日香は首を傾げた。

明日香「やつが言ってた通り…?」

明日香がそう言うとお爺さんの目が一瞬にして勝負師の目に変わった。

お爺さん「お主…もっと高みを目指したいらしいな…。」

明日香「えっ?」

お爺さん「投手の高みじゃよ…。違うのかい?」

お爺さんのあまりの変わりようについていけてなかった。

しかし、私の思いをこのお爺さんは言っている。

明日香「…そうですよ。私はもう二宮君にも矢月さんにも誰にだって負けないです。」

明日香の目は真っ直ぐお爺さんの目を捉えていた。

お爺さん「…わしについてきなさい…。」

お爺さんはそう言うとゆっくりと歩き始めた。

はっきり言ってこのお爺さんは怪しさMAXだけど、あの目を信じてついていってみようと思う。

あの人の目と同じだったから…








黄瀬「ックシュン!!」

瑞希「風邪?」

黄瀬「馬鹿。こんな怪我したうえに更に風邪なんか引いたら俺は神様に嫌われてるとしか思えねぇよ…。」

黄瀬はそう自虐的に言うと瑞希が入れたお茶を口にした。

瑞希「…そうだね。」

瑞希はまた俯いて黄瀬の横に座った。

黄瀬「馬鹿だな…。別にお前のせいじゃないんだから…。なんでお前が落ち込むんだよ…。」

瑞希「…だって…遼から野球とったらただの馬鹿になっちゃうじゃない!!」

瑞希が涙目でそう言うと黄瀬はベッドで盛大にずっこけた。

黄瀬「お、お前な…。馬鹿にしてんのか…。」

黄瀬がそう言うと瑞希はごめん…と小さな声で言った。

黄瀬はったく…と言いながら窓から空を見上げた。

黄瀬「(まぁ…暑いの嫌いだし…。これで良かったのかもな…。)」

しかし、黄瀬の言葉とは裏腹に黄瀬の目は濁っていた。