顔を上げた俺の目の前にいたのは俺のよく知る人物だった。

黄瀬「…なんでお前がここにいるんだ…?」

俺の目の前にいるこいつに俺は問う。

???「なんでって…もちろんこの学校に入学したからに決まってるじゃない!」

黄瀬「……………」

…なんか頭にズシッと重たいものが落ちてきた気がする…。

こいつの存在を忘れていたのだ。しまった…。

???「なにまたぶつくさ言ってんのよ。大体私遼太郎に言わなかった?」

…そういえばそんなことを言ってたような言わなかったような…?

前にチームメートを馬鹿扱いしたのを訂正する。俺も歴とした馬鹿かもしれん…。

???「ってかサボリ?だったら私と一緒だね!やっぱ親戚だから考えることは一緒なのかな?」

この妙にお喋りな女は俺の親戚の栗原瑞希。

親戚と言ってもかなり遠い親戚になるのでめったにこいつの親とは会ったりしない。

そう。親とはだ。

こいつとは初対面の時から妙に気があって小学校の時は夏休み丸々こいつが家に来たこともあった。

そして今になってもその関係は変わっていない。

現にこの前も家へ来たぐらいだ。…多分この時に上記のようなことを言っていたんだろう。

黄瀬「(ってか俺そこまで覚えてて知らなかったってアホすぎ…)」

自己嫌悪に陥っている俺を尻目に意気揚々と喋り出す。

かなり早口で正直半分ぐらいしか聞き取れないのだが聞き直すと更に時間がかかるので適当に相槌を打つ。

喋りながら揺れるやや茶色がかったセミロングの髪を見ながら苦笑いを浮かべつつ話を聞いているとふと気になることを言った。

瑞希「私野球部のマネージャーになったの!!遼太郎ももちろん野球部入るんでしょ?」

…この無邪気な親戚には俺が野球辞めたこと言ってなかったんだ…。

まずっ…どうやってごまかしたらいい…。

黄瀬「…そんなことよりお前勉強にはついていけてるのかよ」

とりあえず話を変えてみる。この話に乗ってくれればいいが…

瑞希「私は大丈夫だよ!むしろ遼太郎の方がヤバいんじゃないの?」

乗ってきた…!!

黄瀬「いや俺は元々頭がいいから大丈夫だよ」

瑞希「何言ってんのよ。遼太郎は頭がいいんじゃなくて記憶力がいいだけでしょ?まぁそれでこの学校に入ったんだからすごいけど…」

黄瀬「だろ?やっぱ天才だな俺」

瑞希「ってかこの学校の野球部のキャプテンがすごくいい人なんだよ!遼太郎も気に入るよきっと!」

…逃げれねぇな。

もうこうなったら覚悟して言うしかあるまい!!

黄瀬「あっあのさ…瑞希。俺実は…瑞希「あっ!!キャプテン!!」

お前は人が折角勇気を振り絞って言おうって時に…ん?キャプテン…?

黄瀬は屋上のドアの方を振り向く。

そこには確かにガタイのいい男がペットボトルを持って立っている。

黄瀬「…おい。まさかあれが…」

瑞希「野球部のキャプテンだよ!」

死んだ…。俺ってどうしてこうもタイミングが悪いんだ…。

俺が落胆しているのも気づかず無邪気な悪魔(今の俺にはそう見える)は予想通り俺のことを野球部のキャプテンとやらに紹介しだした。

瑞希「これがこの前私が言ってた親戚の黄瀬遼太郎です。」

なんかこいつにフルネーム呼ばれると少し恥ずかしくなる。

俺はさすがに初対面で無視はできないので軽く会釈をした。

…ってあれ?なんか行ってはいけない方向に進んでるような…?

榊原「おぉ!そうか!俺が夕陽ヶ丘高校野球部キャプテンの榊原貴志だ!よろしく」

榊原は満面の笑みを俺に向かってかまして手を前に差し出した。

とりあえず俺もその手を握り返す。

…うん?だからおかしい方向にいってないか?

瑞希「遼太郎はこう見えてすごく野球上手いんですよキャプテン!」

榊原「ほぉ…。楽しみだな。ところでポジションは?」

もう流れに乗せられんぞ!!

黄瀬「いや俺は瑞希「小学生の時からサード一本なんです!」

…あの〜瑞希さん?俺が喋ってるときに入るのは…

榊原「サード!?今めぼしいサードはうちにはいない。君もしかしたら一年からレギュラーで出られるかもしれないぞ!」

瑞希「嘘ッ!?すごいじゃん遼太郎!!」

いやだから…あのね…

榊原「今年は甲子園にいけそうな気がしてきたぞ…!」

瑞希「甲子園…。そんなことになったらテレビに…!頑張りなさいよ遼太郎!」

…もう何も言うまい(泣)

黄瀬が一応主人公なのにといじけてる間も二人の話は終わることはなかった。





カキーン!

心地よくそして懐かしい金属音が耳に響いてくる。

結局俺はあの後話の流れで放課後に野球部見学をすることになった。
もちろん逃走を試みたが気持ちいいぐらいに瑞希に俺の考えがバレておりあっさり捕獲され今野球部のグラウンドに引きずられてきたのだ。

黄瀬「まさか非常用階段を使うことを読まれていたとは…」

瑞希「当たり前でしょ。10年間の付き合い舐めないでよね」

瑞希に無理矢理ベンチに座らせられ野球部の練習をぼーっと眺める。
聞いた話によるとまだうちの野球部は創部して今年で二年目らしい。
やっぱたった二年しかも進学校のやつらがそうそうスポーツが出来るわけがない。
予想通り皆意外とボールを捕球するのは上手いがまだまだ技術的には話にならない。

だが妙に目につく選手が二人いる。

一人はキャプテン。

走攻守すべてにおいて安定しているように見える。

今フリーバッティングのゲージに入っている。

黄瀬「(落合…?)」

その構えは落合博満(現中日監督)の神主打法だった。

バットをピンと立てる打法は特徴的だ。

もう一人はショートを守っていてる人だ。

この人は本当に上手い。

守備だけしか見てないがもしかしたら俺なんかより全然上手いかも…。

瑞希「あのショートの人は羽柴蒼甫先輩。あの人一人だけって言ってもいいぐらいで去年初戦は突破出来たんだけど二回戦は敬遠ばっかりで勝負してもらえなくて敗退したの」

まぁそれは当たり前だ。

こう見た限りでもあの人より上手い人がいるとは思えない。

瑞希「だからね?うちが必要としてるのは羽柴さんの後に打つ強打者なんだよ!」

強打者…。

自惚れかもしれないが俺のことを言っているのだろう。

黄瀬「でも…俺は」

瑞希「野球辞めたんでしょ?」

俺が驚いて瑞希のほうを振り向くとおばさんから聞いたといつもとは違う落ち着いた雰囲気で言った。

こいつ知ってたのか…。

瑞希「私ね…。遼太郎がなんで野球辞めちゃったのか知らないけどまた野球やろうよ!ね?」

黄瀬「……俺は…」

瑞希「本当に野球が嫌いになっちゃったんなら野球部がない高校に行けばよかったじゃない!そんなとこに行かなかったってことは心のどこかに野球をやりたいって気持ちがあるんだよ!!」

黄瀬「………………」

俺は何も言えなかった。瑞希の言うとおりだったから。

俺は何故ここに来たんだ?野球部があるってわかってたのに。

もしかしたら俺は…野球がやりたいのか…?

瑞希「あのね?私思うんだけど大昔の人も今の人も野球をやるのはそこにボールがあるからなんだよ。何にも考えないでただ馬鹿みたいにボール追って…。それが楽しいんだと思う。」

瑞希の言葉が心に響く。

瑞希「ねぇ…野球やろうよ!」

俺は…!

榊原「黄瀬君野球部に入るんだよね?だったらちょっとノック受けてみない?」

榊原が確認するような口調で黄瀬に問うた。

黄瀬「……はい。やります。」

そう言った瞬間榊原と瑞希は満面の笑みを浮かべた。

黄瀬「(ったく…練習試合とかでチームメート達に逢いませんように…。)」

黄瀬「瑞希余ってるグローブ取って。」

瑞希「うん!」

余ってるグローブを探すためダンボール箱の中をゴソゴソと漁っている。

黄瀬はその姿を見ているとポケットから紙が落ちたのが見えた。

黄瀬「ん?なんだこれ?」

瑞希「あっ!それは…」

黄瀬がその紙を開くとさっき瑞希が言っていたことが丸々そのまま書いてあった。

しかも明らかにインターネットから印刷してある。

黄瀬「………………」

瑞希「………………」

黄瀬「…今日の帰りハンバーガー奢れよ…」

瑞希「………うん…」

黄瀬遼太郎の高校野球生活が今幕を開けた。