時は一年さかのぼり2008年10月。秋の過ごしやすさが一番快適な季節だ。

今回はそんな季節に運命を変えたある学校のことを伝えよう。

京徳商業高等学校。

静岡の田舎にあり最近では誰も入学することもなくなってしまったらしい。

廃校を考えていた校長は村の畑などを見るのが趣味だった。

今日も畑を一つ一つ見ていきながら学校のことを考えていた。

校長「(今の生徒はもう全校生徒100人を切りそうな勢いだ。このままだと…確実に廃校だ…。)」

校長は頭を抱えて畑の前に座り込んでしまった。

この体制でしばらくボーっとしていると畑の主が心配になったのか声をかけた。

畑主「どうしたんよ〜!加賀君らしくないよ?」

畑主のお婆さんはそう元気づけるように声をかけた。

校長「ははっ…。お婆ちゃん、もう加賀君って歳じゃないよ…。」

校長は苦笑いを浮かべながらお婆さんにそう言った。

加賀忠宏。それが京徳商業の校長の名前だ。

加賀はもう30年近くこの村にいた。

来たときはまだ22才だったが今年でもう52才。

さすがに加賀君という歳ではなかった。

お婆さんに何かあったのかい?と優しい口調で言われて加賀は自分の悩みを打ち明けた。

お婆さんに愚痴っても何も変わらないが自分の中のもやもやを少しでもすっきりさせたかったのだ。

お婆さんに学校の経営のことを相談するとお婆さんは難しい問題だね〜と言いながら真剣に考えてくれた。

加賀にとってはそれだけでありがたいことだったがお婆さんは何か思いついたみたいにポンと手をたたいた。

畑主「そうじゃ…!この前爺さんがすごい人がいるって言っておったぞ!その人は何かのスポーツで万年市民大会一回戦負けのチームをたった一年で全国大会に出場させたそうじゃ!」

お婆さんの喋り口調に少し圧倒されながらも耳を傾けた。

加賀「あの〜それと学校の経営に何の関係が…?」

畑主「何言ってんの!スポーツで有名になれば自ずと名前が売れてこの学校を希望する人が増えるかもしれないでしょ?」

…なるほど。

お婆さんの見解に感心しつつこんなこともわからない俺なんかが経営出来るんだろうか…と不安を増長させることにも繋がっていた。

お婆さんが確か市民公園にいつもいてるらしいと教えてくれ加賀はお礼を言って一応その人に会ってみようと思い市民公園に向かった。









市民公園は綺麗な緑色の芝生が敷いてあり遊具などもいろいろあるなど設備が非常にいいものなので地元の人間にはわりと評判がよかった。

そんな市民公園であるスポーツで全国大会まで連れていった人がいるらしい。

そんな都合がいいことがあるんだろうか…?

と疑問に思いだしたがお婆さんの言ったことを信じて差がしてみることにした。

しかし数十分間歩いてもそんな人物らしき人に会うどころか人っ子一人いなかった。

やっぱりお婆ちゃんの勘違いだったのかなと思い引き返そうとしたその時甲高い金属音が耳に入ってきた。

加賀「野球…?」

あまりスポーツに詳しくはない加賀でもこの競技は知っていた。

金属音を頼りに市民公園の奥まで来るとそこには野球の練習をしている少年少女達がいた。

中学生ぐらいの子や大人みたいな子、小学校の低学年ぐらいの子もいた。

その練習をベンチで座ってみている監督らしき女。

ん…?女?

加賀「あ、あの〜…。監督さんですか…?」

???「えっ?」

後ろから声をかけたのでびっくりしたのか肩を一瞬ビクッとさせて後ろを恐る恐る振り向いた。

???「監督は…私ですけど…。何か…?」

振り向いた女を見た加賀は心底驚いた。

確かに女の人だったのも驚きだったがもっと驚いたところがあった。

加賀「(…若い。)」

そう。その女の年齢は非常に若かった。

名監督と言われるぐらいだから年齢はそれなりにはいってると思っていたが彼女はどう見ても20代前半…いやもしかしたら10代かもしれない…。

???「あ…あの…?」

中々喋らない加賀に業を煮やして女は口を開いた。

加賀「えっ?…あっ!あぁ…あの…あなたが名監督さんですか?」

???「はっ?」

しまった…。急にそんなこと言われてもわかるわけないよな…。

加賀はそう思い直し私は教師なんですがクラブの参考にしたいんで見学させてくれないかと説明してみた。

???「そういうことならどうぞ。ちょうど今から練習始まるんで。」

女はそう言ってベンチに招いてくれた。

加賀も見学させてくれと言った手前真剣に見ないわけにもいかない。

野球のことはよくわからないがとりあえず目につく選手は何人かいた。

しかし何がすごくて何が悪いのかてんでわからないのだ。

???「よくわからないですか…?」

自分の心の中を読まれたような感じがしてドキッとしたが女はニコニコしてこっちを見ていたので野球を知らないのに見学しにきたことを怒ってるんではなさそうだった。

加賀「…はい。私どうもスポーツというのはよくわからなくて…。」

もうばれているようなので本音を言ってみる。

すると女は意外にも声を出して笑い出した。

???「フフっ…!よく私もわかりませんよ。」

加賀があまりにも間抜けな顔をしていたからだろうかさらに声を出して笑い出した。

よくわからないのになんで監督なんですか?と言うと彼女はニコッと笑いながらこう答えた。

???「だって…スポーツって楽しいものですよね?だから私は第一に野球って楽しいってことを思ってほしいんです。だから本当は試合の結果はどうだっていいんですけど子ども達は勝てなけりゃつまらないと思い出すでしょう?」

加賀は心底驚いた。スポーツでいい成績を残す人物はたいてい厳しい人間なんだと思っていた。

だが実際この人はこういう指導方針でも結果を残している。

実は加賀はこういうスポーツの名門校はあまり好かなかった。

名門校なんていうのは学生生活を棒に振ってでも練習をするもんだと思っていた。

しかしこの人はそんなに練習を強要していない。

この人なら…

加賀は思い切って学校のことを相談してみた。

加賀の話を聞いた女は一度はびっくりしたもののしばらくして落ち着いて考え出した。

???「でも…私なんかが役に立てるとは…。」

加賀「いや…君みたいな人が必要なんだ。京徳商業のためにお願いします!」

加賀はそう言うと頭を腰あたりまで下げた。

その姿を見て女は慌てて立ち上がって頭をあげてくださいと言った。

???「……………」

女はよく考えたあとおもむろに部員を集めた。

???「監督?なんなんですか?急に。」

背の高いスラッとした少年が初めに口を開いた。

???「二宮…。あんたどこの学校に行こうと思ってる?」

二宮「…は?」

二宮にそんなことをいきなり聞き加賀は困惑していた。

倉持「ユカピー急にどうしたの?」

一際小さくそして青髪が目立つ少女はこの女のあだ名なのか気楽にそう言い放つ。

???「実は私頼まれたの。京徳商業っていうところで野球部の監督をやらないかってね。」

集まっていた少年少女達がにわかにざわつきはじめた。

加賀は結局女に野球部の監督になってくれないかというのを頼んだのだ。

現在野球部は休部中だった。何故なら部員が足りないからである。

京徳商業の野球部は昔非常に強い時期があった。

なんていう名前か忘れたがその年の京徳は100年に1人という逸材をエースに据え甲子園までいったことがあるらしい。

しかしそんな話は昔のことである。今の現状をどうにかしないといけないのだ。

???「私はね?あなた達と高校野球をやりたいと思ってるの。このメンバーで高校野球に挑戦してみたいのよ。」

女は皆の目を見渡しながら淡々と喋っていった。

???「もちろん…強豪チームでやりたいって子は構わないわ。私についてきてくれる人だけ立ち上がって?」

女がそう言うと黙って聞いていた皆は顔を見合わせて笑いながら頷きあった。

倉持「ユカピーについていくよ!当たり前じゃん!」

海藤「俺も行くぜ!このメンバーなら甲子園も夢じゃねぇしな!!」

俺もだぜなどの声がたくさん上がるなか二宮がため息混じりに呟いた。

二宮「あぁ…せっかく野球名門校に入って甲子園のヒーローになろうと思ってたのにな〜…。しょうがないから付き合うよ。このメンバーで全国制覇だ。」

二宮がそう言うとチームメート全員が大騒ぎしだした。

そんな皆を尻目に女は加賀に話しかけた。

???「ということなんで…。このチーム全員が京徳商業に入ったらお引き受けさせてもらいます。」

女は丁寧に頭を下げた。

しばらくして加賀は思いついたように女に名前を聞いた。

高岡「私ですか?私は高岡由香里です。よろしくお願いしますね?加賀さん?…あっでも皆京徳商業に受かるとは限らないか…!特に海藤とか…。」

海藤「そりゃないぜ〜…。」

ハハハと場が大きな笑い声に包まれた。

高岡…由香里…か。

この人にかけてみよう…。

加賀はそう決意して星が出てきている空を見上げた。










二宮「……………」

二宮は決戦前夜眠れず去年まで練習していた市民公園グラウンドにいた。

時刻PM11:00。午前は人で賑わうこの市民公園もこの時間になると誰もいなくなりその静けさは逆に不気味にも感じる。

二宮は明日自分が立つ小高い丘の上に立って空を見上げていた。

倉持「憲ちゃんこんなところで何してんの〜?」

明るい声が後ろから聞こえてきた。

倉持光。青い髪が特徴的な少女である。

実は本人はこの青い髪が嫌いだ。この世で一番嫌いな人の遺伝だからだそうだ。

二宮「…なんだ…。お前だけか…。」

倉持「…なんで?」

二宮「…こういうときってドラマとかだと全員集まったりするだろ?」

二宮はいつもきりっとさせている目を緩めて笑顔で振り向いてそう言った。

倉持「憲ちゃんは笑ってたらモテるのにね〜…。」

倉持は流し目で二宮にそんなことを言うと二宮はいつものクールな声で質問に答えろよ…と言った。

倉持「海藤ちゃんはさっき見たしアカちゃんも見たよ?でもやっぱり皆寝れないんだね…私もだけど。」

倉持はそう言って二宮の近くに歩いてきた。

二宮「そりゃ…明日はいよいよ準決勝だからな…。あの人との約束まで…あと二勝…たった二勝なんだ…。」

二宮は空を見上げながら倉持にそう言った。

倉持「大丈夫だよ!うちのチームなら甲子園に絶対いけるし!現に去年の準優勝校にも勝っちゃったんだよ?敵は星光だけだよ!」

満面の笑みを浮かべて倉持は二宮にそう言った。

しかし二宮はニコリともしないで真剣な表情で語り出した。

二宮「…明日の夕陽ヶ丘戦。恐らく今までの野球人生で一番しんどい試合になる…。夕陽ヶ丘は正直強いよ。だが…」

二宮が真剣な表情で話しかけてる時はいつも明るい倉持も真剣な面もちで聞いていた。

二宮「…俺達は負けるわけにはいかない。監督のためにも…朔也さんのためにも…。」

倉持「…うん。そうだね…。」

倉持は大きく頷き二宮に返事をした。

倉持「…それにあいつを見返すためにもね…。」

今度は倉持が真剣な表情で語り出した。

倉持「…あいつだけは絶対に許せないんだから…。」

倉持はいつもの明るい表情の時の穏やかな目とは違い鋭くまるで獲物を射ているような目をしていた。

二宮「…光…お前の気持ちもわかるけどさ…。」

倉持「ふふっ…。久しぶりに聞いたな〜憲一が下の名前で私を呼ぶの。」

二宮「…俺も久しぶりに聞いたよ…お前が俺の下の名前をちゃんと言ったの。」

二宮は言いたいことがありそうだったが倉持の異常な威圧感を感じ倉持の話に乗った。

倉持「…とりあえず…明日を勝つしかないね…。」

倉持が改めてそう言うと二宮は爽やかな笑顔を浮かべて倉持にこう言った。

二宮「なんか光がご褒美くれるなら頑張るけどな〜…。」

倉持「…え…?」

倉持がそう言って固まってるのを見て二宮は小さく呟いた。

二宮「…冗談だ。」

倉持「…その顔で冗談言わないでよね…。」

二宮「……………」











こちら夕陽ヶ丘高校の選手も前夜は眠れないのか寮の外に出て素振りをしてるものがいた。

黄瀬「…っ!」

黄瀬の口から漏れるような音が鳴ると空を鋭く斬る音が聞こえてくる。

今日学校に帰った後ミーティングが行われた。

陵芭学園が負けたことは帰ってきたスコアラーに教えられビデオもそのスコアラーが撮った今日のビデオしかなかった。

しかしどこを見ても弱点がなかった…。

特にエースの二宮憲一。彼の球は驚愕だった。

実際対戦してみなくちゃわからないが恐らく…いや間違いなく苦戦するだろう…。

黄瀬「だが…負けられないんだ…。絶対に…!」

黄瀬は気合いを入れるとまたバットを力いっぱい振り抜いた。








羽柴「しかし…こんなところまできたんだな…。去年までなら考えられないよな。」

羽柴はしみじみとここまでチームを引っ張ってきたキャプテンにそう言った。

羽柴は寝られず榊原の部屋に遊びに来ていたのだ。

榊原「そうだな…。まさかここまでこれるなんて思わなかったよ…。だけど…ここまできたら甲子園…行きたいよな…。」

羽柴「当たり前だろ?行きたい…じゃなくて行くだろ?」

羽柴はニヤッと笑って榊原にそう言った。

榊原「…そうだよな…。絶対に行こう甲子園!」

決戦前夜改めてそう誓う夕陽ヶ丘二年生コンビだった。








明日香「はぁ…はぁ…はぁ…落ちないなぁ…。」

こちらは夕陽ヶ丘のエース。

明日香は明日に備えて早く寝ようと思ったが目をつぶるとどうしても今日の京徳商業の試合を思い出してしまった。

明日香「私のストレートだけじゃあの打線は抑えられない…。」

明日香はあの八谷工業で見せた落ちる球を練習していた。

明日香「この球をマスターしなきゃ…。」

明日香はまた目をつぶった。

すると頭には青髪の女の子と大きい男の映像が出てくる。

この二人だけじゃなく京徳打線は振りが非常に鋭かった。

明日の試合は今までのどの試合よりもきつい試合になるのはわかっていた。

それだけになんとかあの落ちる球をマスターしたかった。

この夜明日香は深夜まで投げ込みを続けた。















AM11:00。静岡市営球場のホームベース付近に準決勝第一試合で行われるカードの両チームの選手が並んでいた。

「今から静岡県予選準決勝第一試合京徳商業対夕陽ヶ丘高校の試合を始めます。お互い例!」

『お願いします!!』

今、熱戦の火蓋が切って落とされようとしていた。