第19章 変化球を探して

−1995年 4月−
新学期も始まり斎藤達は無事に進級し今日も野球部で頑張っている。
斎藤「今年はまだいっぱい残っているなあー?」
真田「ほとんどの子が中学でも野球をやっていたらしいからね」
吉田「現在の2年の野球部員は俺達3人だけになっちまったから一時はどうなるかと思ったけど」
斎藤「練習量がハンパになく増えてるからな。しかし何故1年のほとんどがこの練習に耐えられるのかは謎だ?」
相良主将「それだけ今年の新入部員は根性があるんだろう」
真田「そう言う事だね。そろそろ僕達も先輩らしく新入部員に練習を教えてあげねば」
吉田「先輩、ね?」
真田「何か言いたそうだね?」
吉田「いや、1年と並んでも同学年に見えるとか思ってないぞ」
真田「仕方ないだろう。今は3年の先輩が大きすぎるんだよ!?」
斎藤「同感」
吉田「まあな。3年の部員は平均180cmだからな」
真田「僕は170前半と決してチビではないやい!」
吉田「まあな、けど後ろはフォロー出来ないからな」
真田「?」
斎藤「………………」
真田「あっ、斎藤は成長速度が遅いだけだよ。現に去年より身長ノビてるし」
斎藤「そうなんだけどな。嵯峨さん達を見たらなー」
吉田「っても身長で野球する訳じゃないだろう。現に斎藤は1年からエースだし」
斎藤「そうだけど、やっぱりもっと成長したいと思うんだよ」
真田「ま、年頃の男の子の悩みとしては定番だね」
吉田「お前もじゃないのか?」
真田「僕はそこまで欲しいとは思わないよ」
吉田(あの涙は何だったんだ?)

中西監督「あいつらは1年前と変わらないなー」

相川「真田先輩、すみませんが盗塁に……関して……アドバイスをって?」
真田「先輩、良い響きだ〜♪」
吉田「至福の表情をしてるところ悪いんだが後輩が呼んでるぞ」
真田「おっと、そうだった。わざわざ他県から来てくれた即戦力の相川正人( あいかわまさと )君、何か用かい?」
相川「えっと、いい加減その説明口調は止めて欲しいと言うか」
真田「ほほう! 君は先輩に逆らうのかい?」
相川「い、いえ、滅相もない!?」
吉田「先輩としてだが、こいつの言う事は真面目に聞く必要はないと思うぞ」
相川「でも先輩ですから」
真田「それでこそ僕の弟子だ。先輩の言う事は絶対服従、特に僕の言う事はね!」
吉田「けど実力主義なら相川の方が上だな。足はともかくバッティングセンスは真田以上だし」
真田「…………守備位置が違うからいいんだい」
斎藤「お前が相川に盗塁の仕方教わった方が良いんじゃないか」
真田「へ?」
相川「そんな滅相もない!?」
吉田「そうだな。相川は真田の足の速さを知ってても盗塁技術は大して差がないって知らないだろうからな」
相川「そうなんですか!?」
真田「仕方がない。それじゃ向こうで練習しようか」
相川「あ、はい」
斎藤「それじゃ、俺も柚の練習手伝って来るよ」
吉田「ああふっ、どうせ俺には教える後輩なんていねえよ」

おーい、吉田、こっちの後輩にバッティングの手本見せてやれ!
吉田「はい! すぐに行きます!!」

中西監督「あいつらは本当に変わらんなー」
相良主将「ですね」

とキツイ練習が続くが斎藤達はいつも通りだった。
中西監督「と言う訳で明日は休みとする」
相良主将「明日は雷雨ですか」
中西監督「うちの雨天練習場は貧弱だからな。改築するにも金がかかるしな」
相良主将「ま、俺がプロ入りしてもそのままなら寄付させてもらいますよ」
中西監督「お前は本当に出来た奴だな。これで勉強も出来たら文句なしなのに」
相良主将「そこまで悪くはありませんよ!」
真田「何はともあれ明日は練習休みかと言っても雷雨の中、外に出たくはないんだよね」
斎藤「昔は台風になったら外に出たくなると聞いた様な?」
真田「昔は昔、今は今だよ。しかし困ったな」
吉田「困るって?」
真田「実はベイスターズ戦のチケットをもらったんだけど」
斎藤「確かにそれは困るな。スタジアムだと雨で濡れるからな」
真田「と言うか、雨だからチケットくれたんだな。あのクソ親父は!」
吉田「濡れる前に雨天中止の可能性が高そうだな」
斎藤「だな」
真田「結局は無駄になるのか、まあ、それはいいや」
吉田「なら言うなよ!」
真田「うむ」
斎藤「うむじゃねえし」
真田「気にしないでくれたまえ」
斎藤&吉田「お前とは真面目に話しててもダメとは分かってたんだけどな」

と言う訳で斎藤達は後輩が出来ても変わらないままだった。

喫茶店MOON
月砂「あんた達は先輩になっても相変わらずねえ」
結依「じゃな」
斎藤「すみません」
真田「いやあ、照れますなあ」
吉田「照れんなよ」
柚「………………」
結依「いつもの漫才で柚が呆れておるぞ」
真田「いつもの事なんだから呆れなくてもいいと思うけど?」
柚「違う!」
斎藤「あっ変化球の事を考えてたのか?」
柚「(コクッ)色々試したけど上手くいかなかった」
吉田「現状ではストレートの速度を上げるくらいしか出来そうもないよな」
真田「斎藤のカーブを教えてあげたら?」
斎藤「カーブもフォークも教えたけど」
柚「出来なかった」
真田「そっか、それじゃ山中さんのスライダー、スローカーブ、チェンジアップは?」
柚「ダメだった」
吉田「チェンジアップは悪くなかったと思うんだけど」
斎藤「コントロールが悪すぎるだろう」
吉田「確かにな。しかし教えた中で一番良さそうな変化球はチェンジアップだったな」
真田「練習すればコントロールも良くなるんじゃない」
柚「無理、しっくり来ない」
斎藤「ああ。そう言う感じは大切だな」
吉田「だとしたら他校かプロ選手の変化球を参考にするしかなさそうだな」
真田「フォームの同じピッチャーを参考にした方が良いかな」
吉田「おっ! 珍しく冴えてるな」
真田「珍しくは余計だけどね」
斎藤「最初に思いついたのは福井さんのレジェンドシュートかな」
吉田「ふむ。それで握り方は?」
斎藤「さあ?」
吉田「ダメじゃん」
真田「こないだ聞かなかったの?」
斎藤「どうせ俺には無理だと思って聞きませんでした」
吉田「ここはOBの中西さんはどうかな?」
真田「シーズン中だけど」
吉田「むう。どれも無理かって柚達は?」
真田「もう寝るってみんな部屋に戻ったけど」
吉田「先に言えよな」
斎藤「柚が居ないのに話してても仕方ないか……俺達も寝るか」
真田「だね」

こうして柚の変化球はなかなか上手く行かなかったが数日後

赤竜神社
柚「上手く行かない」

午前中で練習は終わったが赤竜神社に変化球の練習をしていた。
神野「それじゃダメだな」
柚「誰?」
神野「(警戒心の薄い娘だな)自分で言ってもあれだけど怪しい者じゃないよ」
柚「そう」
神野「えっと気を取り直して俺の名前は神野紫苑( じんのしおん )、君が変化球習得に困ってたみたいだから手を貸してあげたくなってね」
柚「何で分かるの?」
神野「何でってそばに変化球の本がいっぱいあるし、いちいち握りを確かめて投げてたら気付くよ」
柚「なるほど!」
神野「(はあ、何か疲れる娘だなあ。けど女の子が野球で頑張ってるし手を貸してあげないとな)一応、特殊なストレートとカーブとフォークとシュートなら教えられるけど」
柚「それ全部ダメだった」
神野「へ? いや特殊なストレートってのはね。こう言うふうに投げるんだけどって!?」
柚(シュッ!)

ズバ―――ン!
神野「ジャイロボール!? 君もジャイロボーラーなのか、困ったな。とりあえず今まで試した球種を教えてくれない?」
柚(コクッ!)

頷くと共に柚は神野に今までの経緯を全て話した。
神野「ようするに今はお兄さんに勝つ為に頑張ってるんだ」
柚(コクッ!)

柚は非公式で風祭に一発食らったのを未だに根に持ってるらしい。
神野「公式戦での対決は難しそうだけど、練習試合なら返せるかもね。それじゃ、君が試していない変化球を教えてあげよう」
柚(!?)
神野「変化球の中でも特に難しいナックルボールだけどね。ちょっとクセのある握り方でね。後はフォーク何かと一緒で抜いて投げるだけってハハハ、俺には出来なかったけどね」
柚「こう!」

クルッ!
神野「嘘っ!?」
柚「出来た!」
神野「まさか、1球で成功させるなんてとにかく今のがそうだよ。普通のナックルとは違って速度がある分、変化が少ないのが特徴だよ」
柚「ナックル」
神野「俺が習った人はナックルカウンターと呼んでたけどね」
柚「ナックルカウンター?」
神野「球質が致命的に軽いと言う危険もあってね。あるレベル以上の打者になると非常にカウンターを食らいやすいと言う事でね。そう名付けられたんだよごめんね。こんな変化球しか教えてあげられなくて」
柚「構わない。気に入った!」
神野「おっ! 意外に好評だね。俺も教えたかいがあったよ」
柚「ありがとう」
神野「いやいや、それじゃ名前知らないけどサヨナラ!」

こうして謎の少年こと天才児神野紫苑は去って行った。
神野「ふう、緊張した」
樹里「ありがとね。紫苑君」
神野「ま、他ならぬ親友のお姉さんの頼みですからしかし、驚きましたよ。友人に会った後、何となくバッティングセンターに寄ったら樹里さんに出会って野球で頑張ってる女の子に変化球教えてあげて欲しいなんて言われるんですから」
樹里「月砂から聞いてた娘だったから、それに宗崇と重ねてみたせいかな。放って置けなくて」
神野「まっ、こんな事で役に立てるならいつでも言って下さいよ。しばらくはこの近くに居ますから」
樹里「ありがとう」

こうして柚は神野の指導でナックルカウンターを習得した。

赤竜高校
柚(シュッ!)

クルッ!
中西監督「なるほど、これがナックルカウンターか」
斎藤「たまたま出会ったお兄さんに教えてもらったってところには色々とツッコミたいけど」
吉田「実際それで変化球を覚えた訳だからな」
真田「しかしナックルカウンターと言うネーミングはいまいちだね。思い切ってオリジナルの名前を考えたらどうかな?」
吉田「先代のキャプテンみたいな事言うなよ」
中西監督「いや、オリジナル変化球と言うのは一種の夢だからな。俺も良いと思うぞ」
吉田「監督まで?」
斎藤「それで柚は何かないのか?」
柚「シトロンボール」
斎藤「……いや、それはどうかと思うけど」
真田「…………ストームナックル……いまいちかな」
吉田「もう、ナックルカウンターで良いんじゃないか、もしくはナックル改とか」
真田「それいいね!」
吉田「へ? いや、適当に言っただけなんだけど」
柚「却下!」
真田「本人がダメと言ったら仕方ないか」
吉田「別に適当に言っただけだってのに、何だろうこの敗北感は」
斎藤「ナックルスター……シューティングナックル……うーんダメだ」
柚「やっぱりナックルカウンターが良い! いつか作った人にも会いたいしこの名前のままが良い!」
中西監督「個人的にはライジングナックルが良かったんだが本人がこう言うんじゃ仕方ないな。命名『ナックルカウンター』で決まりと」
斎藤「ですね」
真田「無口な柚ちゃんがそこまで言うんならそれでいっか」
吉田「何か俺が一番疲れた気がする」
斎藤「ところで柚なんですが夏の大会には出れるんですか?」
中西監督「そうだな。出す出さないと言う前にレギュラーレベルに届いてなかったからな。変化球習得したからその辺も考えないとな。一応お偉いさんのツテもあるし話して置くよ」
真田「意外にその手の人望もあるんですね」
中西監督「非常にむかつくセリフだが、まあ、良しとしてやろう」
斎藤「柚、良かったな」
柚(コクッ!)
福西「いや大団円、大団円」
真田「あれいつの間に?」
福西「さっきからずっと居たんスけど」
斎藤&吉田&中西監督「全然気付かなかった!?」
福西「酷いっス」
真田「確か福西克明(ふくにしかつあき)君だったね。平凡、存在感が薄いのが特徴なので気付かなかった」
福西「中学の後輩に向かってそれは酷いっス!?」
真田「そうだったんだ!?」
福西「マジで忘れてたんスか!?」
真田「いやあーまさかーそんなーわけーないーだろう」
福西「無茶苦茶怪しいっス!」
中西監督「まあ、安達と同じくバントの上手い奴だ。夏は無理かも知れんが秋からなら十分戦力になる」
福西「頼れるバントの名手っス! 夢は村上さんの様なバントの名手になる事っス!」
真田「誰それ?」
福西「今はスワローズでコーチをしている村上さんっス!」
中西監督「現役ではエラーが非常に少ない守備の名手として有名だったな。現在のスワローズのエラー数が少ない理由は彼の指導のおかげとも言われている」
吉田「うちも相川が加わったせいか守備の穴も少なくなりましたね」
中西監督「ああ。相良や玖珂もエラーが多かった1年に比べればマシになったよ。嵯峨は…………あいつは1年の頃からあんまり変わってないな」
斎藤「まあ、バッティングでは…………頼りになるかも知れない?」
全員「あっははは」
中西監督「と、とにかく今年のうちは攻守のバランスが良い。甲子園優勝だって夢じゃない!」
全員「ですね」

野球部部室
相良主将「俺達に取っては最後の夏になるな」
玖珂「今年も出れば1年の頃から5連続とパーフェクトだな」
相良主将「いや、今年は予選でも全勝して本当の意味でパーフェクトを目指す!」
嵯峨「それでこそ赤竜の主将だ!」
3年部員「うむ!」
相良主将「絶対勝つぞ!」
3年部員「おう!」

喫茶店MOON
斎藤「って訳で先輩達は凄く練習を頑張ってるよ!」
月砂「それじゃ、あんた達、後輩も負けない様に頑張らないとね!」
斎藤「うん!」柚(コクッ!)
結依「うむうむ。燃える展開なのじゃ!」
真田「ところで今日のベイスターズ戦はどうなったかな?」
斎藤「相変わらずマイペースな奴だな」
真田「ポチッとなあ」

ドラスポ
霞「プロ野球ですがセリーグはヤクルトスワローズがダントツで首位に立っております!」

真田「だあー! あの外国人投手め!」
斎藤「テレビに突っ込むなよ」

霞「その原動力となったのはやはりエドワード=ライアン投手でしょう。現在投手部門のほとんどを独占しております!」

吉田「ライアンさんか、4月の月間MVPは間違いないだろうな」
斎藤「スワローズは投手陣が良いよな。ライアンさんがいるせいか目立たないけど藤堂さんも活躍してるし」
真田「藤堂? …………ああ! あの地味な人か!」
斎藤「何気に酷いな(確かに存在感が薄いけど)」

霞「そしてパリーグは福岡ダイエーホークスが首位と勢いを見せます!」

斎藤「けど今日の試合じゃ負けて連敗中になってるな」
吉田「しかし平井さんは凄いよな。開幕1軍で現在チーム打点トップだもんな」
斎藤「しかし通用する投手が御堂さん1人じゃな」
吉田「確かに、このまま連敗が続きそうだな」

霞「2軍戦ではベイスターズのルーキー大下選手が大活躍で近い内に1軍昇格になるでしょう」

斎藤&真田&吉田「おおう!」
月砂「大下君、頑張ってるのね」
結依「うむうむ」
柚「………………」
斎藤「大下さんも頑張ってるんだな」
吉田「バッティングセンスはプロも認めるほどだしな。きっと1軍でも通用するさ!」
真田「珍しく前向きな意見だね?」
吉田「人を後ろ向きみたいに言わないでくれっての」
斎藤「けど先代のキャプテンが頑張ってるから応援したいだけじゃない様な感じがするな」
吉田「うーん、まあな。大下さんて周囲の評価が俺と似てる感じがするからその大下さんが頑張ってると俺もプロで通用する気がするんだよ」
真田「スカウト評価、バッティングセンス有りって書いてあったからね」
斎藤&吉田「いつの間にそんな情報を!?」
真田「前に間宮さんのお父さんが来た時にちょっとメモを盗み見させてもらったんだよ」
斎藤&吉田(忍者か、こいつは!?)
真田「ちなみに僕は走塁にセンス有り、斎藤はよう分からん?って書いてあったよ」
斎藤「低いなあ、俺の評価」
吉田「低いのか? とりあえず返答に困る評価だけど」
真田「後、本命は相良さんぽかったな。玖珂さんや嵯峨さんも結構調べてあったね」
吉田「へえ。相良さんだけでなく玖珂さんや嵯峨さんもか」
斎藤「まあ、玖珂さんも嵯峨さんも一芸に秀でてる感じかあるもんな」
吉田「いい加減立ち直れよ」
斎藤「ハハハ、大丈夫だよ」
真田「こうして斎藤を慰めて4月は終わるのでした」
吉田「明日も4月なんだが」

こうして4月も終わり5月へと進む。頼もしい後輩達?が入った赤竜高校の行く末は?