第2章 お調子者はトラブルメーカー

−1989年 5月−
日下部達も2年となり新戦力も加わり夏に向かって頑張って行くが部員同士での問題が度々起こり部での空気は最悪だった。その切欠となったのは5月に起こった日下部と久住の出来事だろう。
久住「さすがは俺の弟、ナイスピッチングだったぜ! これで夏も安泰だぜ!」
日下部「(ムカッ!)何言ってんの久住君が打たれたから燕君も頑張ったんでしょう!」
久住「仕方ねえだろう。打たれちまった物はどうにもならないんだから」
日下部「だったらもっと打たれないよう頑張れば良いじゃないか!」
久住「(ムカッ!)頑張ってるよ! 頑張っても結果が付いて来ないだけでい!」
轟「いい加減にしろ!」
日下部「轟君は黙っててよ!」久住「轟は黙ってろ!」
轟「せっかく試合に勝ったのにこんなムードにしてどうするんだ!」
日下部&久住「………………………………」
遠山「ま、ケンカするなら明日にしようぜ。1年に取って初めての試合でせっかく勝ったのにこれじゃ台無しだ!」
日下部「ごめんなさい」久住「悪い」
新入部員達「いえ」

切欠は些細な物だった。先発は久住だったが立ち上がりから調子が悪く四死球を連発し終わって見れば4回を6失点で降板する。次に登板した燕は立ち上がりから調子良くスイスイと抑えて行き打線も調子を取り戻したか爆発し8対6で見事に逆転勝ちした。代打で出た1年なども期待以上の活躍で新入部員を加えた初の練習試合では最高のムードで終わったのだが久住の何気ない一言に日下部が今までの怒りを爆発させた。帰った日下部と久住は猛烈に自己嫌悪に走ると性格的には結構似ている部分もあるらしい。だが時間は残酷で顔を出し辛いが2人は野球部へ向かう。
日下部&久住「あっ!?」

間の悪い事にちょうど同じ時間にたどり着いたか2人は部室の前で鉢合わせとなった。
日下部&久住「………………………………」

予想できなかった出会い方のせいか2人共困り顔で困惑していた。
上条「先輩達、何、お見合い見たいに固まってるんですか?」
日下部&久住「っ――――――!?」
上条「そこまで驚かなくても?」
久住「うっさい! お前は俺の心臓をとめる気か!」
上条「そんなめっそうもない」

そうして部室へ入って見ると
馬場「だったら何度でも言ってやるよ。あの試合エラーしたお前が悪い!」
羽沢「お前なんてノーヒットだったじゃないか!」
久岡「もうやめなよ」

中ではケンカが絶えず殴り合いまでは行かなかったが監督が仲裁するまでは口論が途絶えなかった。
神坂監督「それでケンカの発端はなんだ?」
馬場&羽沢「……………………」
遠山「昨日の試合の事ですよ。日下部と久住のどちらが悪いかで派閥見たいになって」

このままではなんの解決もしないと思い遠山が素直に事情を説明する。
日下部&久住「なっ!?」

この事に一番驚いたのはケンカの発端の当事者達だった。日下部(自身)と久住(自身)の問題と思っていた当事者達だったがこうなると問題は面倒になって来る。
神坂監督「やれやれ、今年は問題が多そうだな。昔からケンカ両成敗と言うしケンカした両方が悪いと言う事で納得してもらいたいがお前らはまだまだ若いし無理だろう」
全員「そんな事は」
神坂監督「それじゃ今すぐ仲直りして普段通りに戻れ!」
全員「うっ!?」
神坂監督「ま、大人だろうが子供だろうがケンカする時はケンカするしすぐ仲直りできるかと言えばそうとも言えんしな。とにかく久住と日下部はこの事態を早急に治めろ。できなければ最悪退部になると思え!」
全員「そんなっ!?」
轟「いくらなんでもそれは厳し過ぎじゃ」
遠山「そうですよ。今日のケンカはあいつらだけのせいじゃ」
神坂監督「だが勝利した後にチームのムードを悪くしこの状況を作ったのはこいつらだ。そもそもケンカなら誰もいないところですれば良いのにわざわざバスの前でするなんて軽率にもほどがある!」
日下部(軽率か、確かに切欠は僕だしやっぱり僕が悪いのかな)
久住(降板してあのセリフは無神経だったかな。俺としては大した事ないと思っていたセリフだけど、日下部には違ったんだろうな)
神坂監督「今日はこれで解散だ。全員家に帰ってチームと言う物がどう言う物か考えろ。こいつは宿題だ。いいな!」
全員「はい」
遠山「とんでもない事になったな」
轟「ああ」

全員が家に帰りチームと言う物を考えたが当然ながらその答えは各々似た様で違う物であり神坂監督もまたその事を聞く事はなかった。
遠山「うーん、どうも監督のやる事は分からん?」
轟「まあな。それより日下部と久住だよ。ケンカしなくなったとは言え凡ミスを連発するし2人共レギュラーには程遠いぜ」
遠山「他の部員も調子が悪いしな。馬場や羽沢もぎこちない雰囲気だしな」
轟「俺達で何かできないかな?」
遠山「そうだな。でも何をしたら良いのか?」
轟「うーん、監督に聞いて見るとか」
神坂監督「それで俺に相談か、自分達の事くらい自分達で考えろ!」
轟&遠山「うっ!?」
神坂監督「と言いたいところだが、お前らはまだまだ子供だ。青少年を導くのも大人の仕事、教師の仕事だからな。ふう、そうだな。これはまあ一般的だがみんなで盛り上がるには宴会、お前らにはパーティーと言った方が良いか、そうすると盛り上がるぞ!」
轟「みんなで騒いで遊んで」
遠山「飲んで食ってと」
轟&遠山「これなら盛り上がるぜ!!」
神坂監督「最後まで聞け! 確かに盛り上がりはするだろうがそこには仲直りや盛り上がるイベントを入れねばならん!」
轟「そうか、賑やか=盛り上がる=仲直りとは限らないもんな」
遠山「そこで俺達が仲直りのイベントを考える訳か」
神坂監督「そっちはお前達で考えろ。指導者の俺より友人のお前達の方があいつらの喜びそうなイベントが思い付くだろう。ただしあまりハメを外して人に迷惑かけないようにな!」
轟&遠山「はい!!」

轟と遠山だけでは心許ないので他の部員にも協力させて仲直りのイベントが始まった。

近所のカラオケ店 店内個室
久住「絶好調〜♪ もう一曲行くぜ〜♪」
轟「お前1人で歌っていないで俺達にも歌わせろっての!」
遠山「意外に上手いのに驚きだな」
日下部「だね」

まずは選曲は人それぞれだが何人かに分かれてカラオケで歌う。
遠山「しかしロック系とはらしいと言えばらしいのかな」
久住「そう言う遠山がアニソンってのは意外で笑わしてもらったぜ!」
遠山「悪かったな。歌は良く知らないんだよ!」
轟「確かに最近ではなく古い曲ばっかりだったな」
日下部「まあ僕もそんなに歌のリストがある訳じゃないし気にしなくても良いと思うよ♪」
久住「そうそう。俺はてっきり演歌かと思ってたしな♪」
遠山「そっちも良くは知らないんだよな?」
久住「ちなみに俺は演歌もリストに入れてるから今度聴かせてやるぞ!」
全員(意外に多芸なのかな!?)

次の場所に移動中
燕「どうでした?」
遠山「残念ながら2人の会話はなかったな」
轟「だが雰囲気は少しだけ良くなった気がするな」
遠山「ああ」
上条「こっちでもケンカした何人かは楽しそうに話してましたよ」
轟「順調だな。この調子でケンカした何人かを仲直りさせるぞ!」
全員「おう!」

近所のボーリング店
遠山「ぬぉ―――!」
久住「野郎! 200を越えやがった!?」
轟「俺も自信はあったんだが遠山には届かんな」
日下部「僕なんて今日良い成績なのに最下位だよ」
久住「大丈夫、やっているうちに上手くなるってよ!」
日下部「そうだね。頑張ればきっと」
轟&遠山(上手く行ったか!!)
日下部&久住「あっ!?……………………」
轟&遠山(…………ダメか)

良い雰囲気になりそうだったがどうにも後一歩進まず2人が仲直りする事はなかった。

次の場所に移動中
上条「完全にとは言えませんが雰囲気は良くなって来ましたよ。この雰囲気が続けば前よりも練習の効率とか良くなるんじゃないですかね」
燕「少なくとも僕達1年や3年の先輩達は大丈夫みたいですよ」
轟&遠山「後の問題は俺達の学年だけか」
上条「俺達も協力しますから先輩達も頑張って下さいよ!」
燕「兄さんも頑固ですが、きっと話せば分かり合えると良いなと思いますよ」
上条「そこは嘘でも分かり合えるとハッキリ言うべきじゃ?」
燕「まあ、完全に分かり合えるなんて思ってはいないけど、あの2人なら多分大丈夫ですよ」
上条「多分かよ!?」

励ましの助言なのか内心の不安なのか分からず時間は流れて行く。

近所のファミレス
日下部「みんな遠慮なく食べるね」
轟「一応監督から部費で落としてくれるって言ってるけど」
遠山「けど使い過ぎたと思ったら俺達から金を取るって言われてる事忘れてるんじゃないのか?」
久住「美味いぞ〜♪ やっぱり運動した後はいっぱい食べなきゃな〜♪」
日下部「運動と言うか遊んでだけどね。せっかくだし僕達も忘れて食べようか」
遠山「ま、せっかく盛り上がってるのに水を差すのもな」
轟「ああ。いっぱい食べようぜ」

そして遊んで食って帰宅する事となった。これで完全に雰囲気が戻った訳ではないが前より嫌な雰囲気はなくなりチームのムードも少しは良くなって行くのだろうか?

冥空高校 野球部
久住「俺が外野ですか!?」
神坂監督「ああ。お前はピッチャーとしても才能がありそうだが野手としての才能もありそうだしベンチってのももったいないと思ってな。レギュラーが欲しいならやって見ないか」
遠山「良い話じゃないか」
轟「ああ。監督がこう言ってるって事は直接指導してくれるんだろう」
久住「うーん、燕とレギュラー争いするのも面白いし俺はピッチャーで良いです!」
神坂監督「そうか、まあ嫌と言うなら仕方ない」
日下部「ちょっと待ってよ。せっかく監督がコンバートを奨めてるのに」
久住「けどな」
日下部「みんな必死でレギュラー狙ってるんだしやるだけやって見ようよ!」
久住「うっさいな! 俺はピッチャーが良いんだよ!」
日下部「なっ!?うるさいって事はないでしょう! せっかく人がアドバイスしてるのに!」
久住「うっさいもんはうっさいんだよ!」
日下部「だからなんでそう言う態度なの!」
久住「てめえこそそっちの考えを押し付けんじゃねえよ!」
全員(またかよ!?)
上条「どうにかならんのかね?」
燕「できる物ならしたいけど、ああなったら兄さん頑固だから」
遠山「なあ(俺達でなんとかしようぜ!)」
轟「ああ、分かってる!(それじゃ作戦でも立てますか!)」

こうして久住のコンバート作戦が始まった。

冥空高校 空き部屋
轟「それじゃ久住を外野手にはどうしたら良いのかを考えようか」
遠山「やっぱり外野の面白さを知る事じゃないかな。あいつは単純だし一度面白いと知ってしまったら後は勝手に頑張って行くんじゃないかな」
上条「問題に1つ気付きましたが俺達の中に外野の経験のある人っていますかね?」
燕「僕はないですよ」
轟「俺もないな」
遠山「俺もだ」
上条「当然ですが俺もないです」
日下部「そんな目で見られても僕だってないよ」
轟「つまり外野を経験した人間でその面白さを伝えられる人がいなきゃいけないのか」
上条「監督のお兄さんを思い浮かべましたがプロアマ規定で面倒な事になりそうですしね。ちなみに監督は内野手出身で守備面のアドバイスはできるが面白さを教えられるとは思いません」
遠山「誰かいないのか!?」
日下部「ここの出身じゃ及川さんを思い浮かべるけど、あの人もプロ選手だしやっぱり先輩達に教えてもらうのが良いんじゃない」
燕「兄さんってミーハーですからね。プロ選手とか活躍している選手が話すとすぐに方向が変わりそうなんですが」
神坂監督「1人思い浮かぶぞ」
全員「監督!?」
神坂監督「ふっ、日下部も一緒とは本当にお前らは友人想いだな」
日下部「僕は久住君の事は嫌いです。けど、ケンカしたいと思っている訳でもありませんから」
神坂監督「そうか、ここで問題だがお前らの世代で一番注目されているのは誰か知っているか?」
轟「やっぱり無明実業の神代かな。他にもいるけど、あいつが一番話題になってる」
遠山「あいつは外野手だしな」
神坂監督「正解だ! 結論から言えば無明実業と練習試合をする事となった。燕を先発させる予定だったがここは思い切って久住を使って見ようと思う!」
日下部「無明実業って言えば全国でもTOPクラスの名門校ですよ!?」
神坂監督「ああ。こっちに良い選手が入ったと言ったら向こうも2つ返事で了承してくれたよ。それに1軍のベストメンバーが相手だぞ。こんな経験はなかなかできん!」
燕「そんな打線に僕や兄さんで通用するでしょうか?」
神坂監督「それを確かめる為の試合だ。抑えれば抑えたで自信になるし打たれたら打たれたでコンバートする気が起きるかも知れないだろう」
遠山「なるほど! 成功しても失敗しても久住の為になるんですね!」
神坂監督「断言はできんがあいつが今より上手くなりたいならやる価値は十分あるな。それにあいつの為だけに組んだ試合じゃない。お前達の為に組んだ試合だ!」
全員「頑張るぞ!」

こうして無明実業との練習試合が始まるのだった。

数日後
大岡監督「それじゃ今日はよろしくお願いしますね」
神坂監督「はい。それとこちらから申し込んだのにわざわざ来てもらってすみません」

芹沢「ういろうとかも良いなーだけどそばも食べたいしな」
御堂「ちゃんと野球もしようね」
芹沢「大丈夫、どうせ俺はベンチだから」
神代「今日の先発はお前って監督が言ってたぞ」
芹沢「マジで!?」
神代「ああ」
芹沢「それじゃ御堂は?」
御堂「一応スタメンだよ。今日は外野だってさ」
神代「監督としたらお前の力でも十分通じると思ってるんじゃないか」
芹沢「冥空高校って言えば全国でもかなりの強さなのに」
高野「なんの俺達の実力なら問題ない相手のはずだ!」

日下部「気のせいか相手の選手からオーラを感じるね」
轟「そうだな。今日は俺がキャッチャーらしいから必死で守り抜く!」
遠山「俺は打って打って打ちまくる!」
久住「俺はなんとか3失点以内に抑えて見せるぜ!」
燕「なんか兄さんだけ器が小さく感じられるよ」
久住「悪かったな」
上条(こんなので大丈夫なのか?)

−練習試合 冥空球場−
3年 尾上 駿
後攻 先攻
冥空高校 無明実業高校
投手力 機動力 投手力 機動力
打撃力 守備力 VS 打撃力 守備力
意外性 経験値 意外性 経験値
総合力 総合力
伊賀 浅人 3年
2年 日下部 美能留 才木 和知 3年
3年 金本 晴己 遊佐 陰流 3年
3年 桜庭 慶一郎 神代 一歩 2年
2年 遠山 章太 御堂 誠人 2年
2年 轟 賢太郎 高野 稔 2年
3年 福元 恭司 名村 想雲 3年
1年 上条 響 角川 幸太郎 3年
2年 久住 鴉 芹沢 夏輝 2年

1回表 冥0−0無 冥空高校の先発はベンチ入りもしていない久住だが無明実業を抑える事ができるのだろうか?
久住「まずは1回だ。しっかり捕れよ!」
轟「分かってるよ!」
伊賀「知らない顔だな。冥空の先発だしかなりできると思った方が良いか」

カキ―――ン!

カウントを取りに良いコースへスライダーを投げるが簡単に打ち返されノーアウトランナー1塁となる。
久住「俺のスライダーをいとも簡単に!?」

才木「続かせてもらうよ!」

カキ―――ン!

続く才木もストレートをライト前に落とし久住は初回からノーアウトランナー1、2塁のピンチを迎える。
久住「今日は調子が良いはずなんだけどな?」
轟(今まで戦った相手とはレベルが段違いだな。コース付いてるのに易々と打ち返されるし久住の実力じゃ通用しないのか、いやここは俺のリードで!)
遊佐主将「それじゃよろしく頼むぜ!」
轟(この人が今年のドラフトの本命の1人と言われている遊佐さんか、強打と巧さを持っている人だけど、どちらかと言えば中距離打者だしやっぱりコース付いて行くしかないか!)

カキ―――ン!

アウトコース低め抜群のコースへ投げるが右中間に飛んでランナーは2人返ってノーアウト2塁とまだピンチは続く!
久住「くっ!?」
轟(コース付いてもダメか、しかも次は神代ってまずいな)
神代(ストレートは130後半とまずまず速いが球質は軽そうだな。それに変化球もまずまず良いとバランスも整っている。ま、コントロールも悪くなさそうだし短所はなさそうだな)

カキ―――ン!

神代の一振りは久住のボールを真芯でとらえ打球は場外へ消えると結局久住は1アウトも取れず降板する事となる。
久住「ぬぉ―――!?」
神代(リアクションの激しい奴だな…………ま、逆に言えばこれと言ったボールもない。こう言うピッチャーには恐怖心を感じない。良いバッターと良いピッチャーではそう言う恐怖心が物を言う場面もある。こいつでは俺達を止められない!)

神坂監督「久住はここまでだな。燕、行けるか!」
燕「はい!」
久住「………………」
轟(もっとリード力をみがかないとな!)

芹沢「先発だってのにあっさりと交代させられましたね」
大岡監督「迷いもせず代えるところに監督としての強みを感じるな」
芹沢「いえ。向こうの監督ではなくピッチャーの事ですよ。見た感じ悪くなかったのに簡単に代えられたなと思って」
大岡監督「確かに才能はありそうだけどな。決め球がなければうちの打線は抑えられんよ!」
芹沢「うへー、俺、無明に入って本当に良かった」

燕(シュッ!)

ガキッ!

御堂も続こうとするがスライダーを打ち上げてようやく1アウトとなる。
御堂「打てないほどじゃないけど、なかなか変化するスライダーだったね。それと決め球はストレートかも知れない」
高野「ん? 見た感じ先発と変わらない速度だったと思うが」
御堂「ノビやコントロールも同じだと思う。僕にも上手く説明できないんだけど」
高野「説明になってねえよ!」
御堂「ごめん。先発したピッチャーと対戦していればもう少し上手く説明できたと思うんだけど」
高野「仕方ないな。ま、1年みたいだし打てなくはないだろう」

燕「最後はこれで!」

ククッ!

自信満々で打席に立つ高野だったがスライダーを空振り三振し2アウトとなる。
高野「笑いたければ笑え」
御堂「笑えないし、けど良いピッチャーだね」
高野「だったら最初から先発で来いってんだよ!」

燕「むんっ!」

ガキッ!

続く名村はストレートを打ち上げてしまい3アウトチェンジとなる。
名村「打てないボールでもなかったんだけどな?」

久住「なんで燕は三者凡退に抑えられるんだ?」
神坂監督「ボールのキレだよ」
久住「キレっすか?」
神坂監督「お前も良いボールを投げるが、お前のボールはお前の性格と違って素直すぎるんだよ」
久住「一言余計ですが続きを」
神坂監督「まあ決め球がないってのもお前の欠点だが、球質が軽くまるでバッティングピッチャーの投げるボールに近いってのが最大の欠点だな」
久住「そんな!?」

その一言は久住に取って最大級に傷付く言葉だった。1年の頃からエースになる為の努力を否定されたのだから当然と言えば当然だ。
神坂監督「俺もできる限りお前の練習指導をしたんだがな。残念ながら結果は出ていない俺の力不足だ。その事は謝ろう」
久住「なんでもっと」
神坂監督「お前が諦めない以上、俺も最後まで付き合おうと思ったんだがお前のセンスじゃ野手の方が大成すると思ってな」
久住「…………俺がピッチャーとして大成はできないんですか?」
神坂監督「ゼロではないとだけ言っておこうか、いまさらだが何故ピッチャーにこだわる?」
久住「意地です!」
神坂監督「意地?」
久住「人に言ったら笑われるかも知れませんが俺には兄としての意地があります。燕はこんな俺に憧れてピッチャーになりたいって言ってくれました。だから俺はあいつより良いピッチャーにならなきゃいけないんです!」
神坂監督「分かった! そう言う事なら俺もお前の面倒を最後まで見てやるよ!」
久住「笑わないんですか?」
神坂監督「笑える訳ないだろう。俺にだって目標にしてた兄がいた。もっとも俺は兄に追いつく事はできなかったがな」
久住「すみません」
神坂監督「謝る必要はない。今の生活は結構気に入ってるからな。とにかくお前はずっとピッチャーだ!」
久住「っとその事なんですが、この試合の終わりまで見て答えを出したいと思います!」
神坂監督「そうか、分かった!」

燕「兄さん、勝手に僕のゲームやマンガを人に貸したりして恨んでいたけど、やっぱり良い兄さんなんだね」

兄弟の中でも色々とあるらしいが今の話を聞いて兄への尊敬度が上がったらしい。ちなみに久住達の話をこっそり聞いているのはベンチ入りしている全員だったりする。
遠山「だとさ」
日下部「僕が悪かったよ」
轟「しかし試合が終わるまでに答えを出すって事は?」
上条「コンバートも頭に入れているって事ですかね」
日下部「ダメだよ! 久住君はピッチャーで頑張るべきだよ!」
轟「意見が180度変わったな」
遠山「これじゃ久住がコンバートしたくなってもまた一波乱あるんじゃないか」
上条「燕も意見を変えそうですしね」
轟&遠山「はあ、本当に面倒な奴らだよ」

1回裏 冥0−4無 久住はアウトを1個も取れず降板した冥空高校はこの点差を引っくり返せるのだろうか?
芹沢「残念ながら2番手だけど、まあ頑張って抑えるぞ!」

ズバ―――ン!

最初は様子見か1番の尾上はあっさりと見逃し三振に終わる。
尾上「球速は140キロ前後で変化球もなかなかだな。それと無茶苦茶コントロールが良さそうだ」
日下部「2番手と言っても無明実業のピッチャーですね。打つのは難しそうだな(けど、あんな話聞いちゃったからな。久住君の為にもこの点差をなんとか引っくり返したい!)」

カキ―――ン!

初対戦で打つには難しいタイプだがそれでも日下部は合わせてなんとかセカンド後方へヒットを打つ!
芹沢「なかなかやるな」
日下部「やった!」
金本「ふん!」

カキ―――ン!
芹沢「げっ!?」
神代「オーライ!」

パシッ!

快音が響くが思っていたより打球は伸びず神代の守備範囲で2アウトとなる。
金本「おのれー!」
芹沢「驚いた。しかしさすがは3番だな。コース付いたのにあっさりと合わせて来た」
名村(バッティングの良いチームだからな。次は一番警戒しなきゃならん4番の桜庭だ。荒いが一発はあるしセンスもある。警戒するぞ!)
芹沢(了解!)

ガキッ!

4番の桜庭も初回で打つ事はできず結果はライトフライで3アウトチェンジとなる。
桜庭主将「良いコントロールだな」
日下部「………………」

芹沢「ふう、無失点には抑えられたけど、結構レベルが高いんだな!?」
御堂「だからこそ監督も練習試合する事に決めたんだろうね」
芹沢「4点の援護があるとは言え初回でこれじゃ完投は無理そうだな」
遊佐主将「元々、お前は完投向きじゃないし御堂にチェンジすればまず勝てるだろう」
芹沢「キャプテンは投げないんですか?」
遊佐主将「憧れてくれるのは嬉しいけどな。高校じゃピッチャーはやらねえって決めた」
御堂「キャプテンがピッチャーなら夏春ももっと上位に行けただろうにな」
遊佐主将「春はいきなり準優勝だったじゃないか、天才御堂の名は全国に轟いているぜ」
御堂「そう言われると照れますけど」
遊佐主将「まあ、夏には野手として力になるから安心しろ」
芹沢「あの剛速球に憧れて無明に入ったんだけどな」
遊佐主将「まあ俺にも色々あんのよ。1位指名じゃなきゃプロ入りしないくらいのプライドもあるしな」
芹沢「スケールが大きいですね」
神代「俺なら何位でも入りますけどね」
遊佐主将「ふっ、まあ選択は個人の自由だな」

目は口ほどに物を言うと言うが神代が遊佐を見る目は侮蔑に近い物があった。遊佐は気にせず口元に笑みを浮かべながらおかしそうに神代を見ていた。
高野「ちっとはキャプテンと仲良くしろよ」
神代「あの人は確かに野球選手としては天才だがアスリートと言えるとは思えない」
高野「うーん、練習にだって出てるしそんな事はないと思うんだけどな」
遊佐主将「構わねえよ。神代が俺を嫌っているのなんて周知の事実だし俺は気にしてない」
芹沢「大物だな」
遊佐主将「ま、代わったピッチャーは対戦してねえからなんとも言えねえけど、まあ1年だしすぐに底も見えて来るだろうから問題ないだろう」
高野「そんな楽観的に」

試合はこのまま続くが冥空高校は芹沢、御堂の前に得点はできず結局打線は沈黙したまま8対0と名門の実力を見せつけられる結果に終わった。

試合後
日下部「結局、無得点で終わった」
轟「ヒットは出るんだけど、ランナー出してのピッチングも凄かったからな」
遠山「特に御堂は凄かったな。145キロのストレートに変化球、コントロールと文句のないエースだった!?」
燕「甲子園のレベルって凄いんですね!?」
上条「代わった燕も4失点と打たれたし手強いな」
神坂監督「春の準優勝校だからな。当然と言えば当然だろう」
大岡監督「準優勝だから上に1校いるって事だ。夏はリベンジだな!」
御堂「総合的にはうちが上だと思っていたんですけどね。上には上がいるもんです」
遊佐主将「御影の実力は本物だからな。さすがの俺もあいつほどのストレートは投げられん」
神代「完封負けと完敗だったからな」
遊佐主将「俺の世代で一番評価の高いのは流球の御影だろう。赤竜の星野も評価は高いがあいつは甲子園に出ていないからな」
芹沢「優勝して遊佐キャプテンこそ世代随一と評価を変えさせてやりましょう!」
遊佐主将「だな!」
久住「これが全国レベルの高校か」
遊佐主将「先発してたガキだな。悪かねえけど良くもない。お前はバッターになった方が成功すると思うぜ!」
全員「っ!?」
神代「また初対面で失礼な事を!」
遊佐主将「本音なんだから仕方ねえだろう。まあ決めるのはお前だ。好きにすれば良い」
久住「監督?」
神坂監督「俺は何も言ってないぞ」
遊佐主将「ふーん、そう言う事か、ならとっととコンバートするんだな」

元々、頭の回転は早く勘のするどい遊佐はそれを見ただけで状況を悟った。
大岡監督「すみません。なんと言うか初対面でもハッキリ言う奴なんで」
全員(無茶苦茶するどい人だな!?)
神代「まったく礼儀くらい覚えて欲しいよ」
遊佐主将「これでも精一杯努力してるんだけどな。ま、礼儀知らずならそれでも良いか、それとそこのチビはセンスあるけどボールはもう少し見て行った方が良いぞ!」
日下部「僕?」
遊佐主将「ああ。その方が出塁率も上がるしな。ま、インコースだと力む癖があるみたいだし夏までには修正するんだな」
日下部「あっ!? はい!(今でも練習はしているんだけど、本番になるとダメなんだよな)」
遊佐主将「そっちのキャッチャーも悪くないリードだがもう少しバッターのタイプを読んだ方が良い。強打者だから積極的に振って行く訳じゃないし巧打者だから慎重って訳でもないぜ」
轟(確かに俺は決めてかかるところがあるかな。もう少し慎重になるべきか)
遊佐主将「そっちのファーストは言う事はねえや」
遠山「今か今かと思っていた俺の立場は!?」
遊佐主将「誉めてんだよ。お前はうちの4番と比べても見劣りしねえよ」
遠山「5番なんですけどね」
遊佐主将「センスの事だからな。実力的にはまだ4番の桜庭の方が上だ。ま、夏までには追い抜くんだな!」
遠山「いや先輩達の前でそんな話!?」
桜庭主将「いや、うちは実力主義だ。年下に抜かれるのは気に入らんがチームが強くなるならそれも仕方ない」
遊佐主将「そう言う事だ。俺達は実力を試されている。応えたところで何も気にする事はねえよ!」
遠山(これが無明の遊佐さんか、色んな意味で凄そうな人だな)
久住(そうだな。俺も『みんな』の気持ちに応えないとな!)

翌日
神坂監督「本当にそれで良いのか」
久住「はい! 俺は日本一の外野手を目指します!」
神坂監督「そうか、それじゃ日下部!」
日下部「なんですか?」
神坂監督「久住が外野の練習をするからノックを頼む」
日下部「なるほど…………久住君が外野手!?」
久住「そんなに驚く事かよ!?」
日下部「久住君は本当にそれで良いの?」
久住「ああ。俺の1つの夢は弟に託す事にした! 俺は新しい夢を頑張って行く!」
日下部「うーん、でもあれだけピッチャーにこだわってたのに」
久住「正直心残りはある。でも、あの試合で思ったんだ。今の状況でピッチャーにこだわるよりみんなの期待通り外野手で頑張って行こうってな。ま、お前らも色々やってくれたみたいだしな」
日下部「知ってたの!?」
久住「隠れてもそんなリアクションしてたら普通気付くって」
日下部「そうかも僕にできる事ならなんでも言ってよ。僕だけじゃなくみんな協力してくれると思うけど」
久住「おう! それじゃ早速金を貸してくれ!」
日下部「っていきなりそれか!」
久住「やっぱりお前はそうでないとな。まあこれからもよろしく頼むぜ!」
日下部「協力する気がなくなってくるよ」
久住「すみません。お願いします。教えて下さい!」
神坂監督「やれやれ色んな意味で問題児だな。まあ期待できる物を持っているだけ可愛げもあるか」
上条「なんだかんだ言って仲良くなっていますね」
遠山「なかなか難しい評価だな」
轟「まあ冗談を言えるだけ良い雰囲気なんじゃないか」
燕「なんとしても夏までにエースの座を奪って見せるぞ!」

これは久住が主点となった出来事だったが日下部達や他の部員もやる気が上がり夏への期待が深まる冥空高校、いよいよ日下部の2年目の夏が始まる。