第1章 未来を夢見て

−1997年 4月 下旬−
ここは小さくもなく大きくもなく結構繁盛しているラーメン屋である。知る人は知っているし知らない人は知らないと言う店主の名は大沢樹生(おおさわみきお)と言う。
大沢「横浜戦も勝ったし斎藤君もチームの顔になって来たね!」
斎藤「いえいえ。まだ1年目で始まったばかりですし」
堺「しかし既に3勝とエースクラスの力を見せているな!」
斎藤「いやいや、まだ俺のボールに慣れていないだけだって」
嘉神「しかし今日の横浜戦も完投勝利と相良も悔しがってたじゃないか」
斎藤「と言ってもタイムリー打たれましたけどね」
マヌエル「9回を2失点の完投勝利なら十分ですよ!」
大沢「しかしチーム順位はヤクルトがダントツと負けているけどね」
斎藤「えっと、すみません」
堺「おいおい。無敗のお前が謝ると嫌味になっちまうぞ!」
斎藤「そんなつもりは」
大沢「まあまあ、既に閉店時間だけど気にせず食べてってよ。今日は僕の奢りにしとくしさ!」
嘉神「まあこんな時間に食うのは俺達くらいだろうからな」
斎藤「威張って言えるセリフじゃないですよ」
堺「まあ俺達のように未成年には行けないところへ行くかも知れませんが」
斎藤「先輩達の何人かは怒るぞ」
マヌエル「まあここのラーメンは美味しいし難しい話は良いじゃないですか」
斎藤「難しいかな?」
嘉神「ま、酒じゃなくラーメンってのも良いもんだ!」
斎藤(あんたも未成年だろうって言うのはまずいかな?)
堺「それに明日は休みだしゆっくりして行こうか」
斎藤「試合日でも変わらないだろうに」
大沢「まあまあ(ちらっ!)美味しい物を食べてる時は笑顔で良いじゃないか!(ちらっ!)」
斎藤「そうですね。しかしさっきから時計ばっかり見てて何かあるんですか?」
堺「バカだな。深夜と言えば」マヌエル「スポーツニュースですね」
嘉神「ああ。何でこんな遅い時間にやるんだって良く思うよな?」
堺「そうそうって違うわ―――!」
斎藤「この人達は放って置いてそれで何かあるんですか?」
大沢「いやいやもうすぐ今日も終わりだって思ってね」
斎藤「……今日は何かの記念日なんですか?」
大沢「記念日と言うか実は僕の誕生日なんだよ!」
嘉神「それはそれは良くお世話になってるし誕生日プレゼントなどああっ、もう今日は終わりじゃないか!?せっかくプレゼントしたいのに何も買えないとは!?」
斎藤「ざーとらしいです」
嘉神「ジョークだよ」
堺「しかしお世話になってるし何かできないものか?」
マヌエル「野球好きな店主さんにプレゼントですか、やっぱり優勝とかですかね?」
斎藤「今日中に優勝は無理だし」
大沢「今日は勝ったしそれで十分だよ。それとね。今日は誕生日以外にも色々な思い出があるんだよ!」
嘉神「ほほう。なかなか面白そうですね。では店長さんのお話を聞かせてもらいましょうか?」
斎藤「店長の誕生日を祝いたいのに俺達の好奇心を満たすってこれで良いのかな?」
大沢「あっははは、構わないよ。人に聞いて欲しい時もあるからねそれに良い思い出だけでなく嫌な思い出もあると、まあ色々だし聞いてくれるかな?」
斎藤「話して楽になると言うなら聞かせてもらいますが」
堺「俺はそう言うのは好きなのでぜひともネタにしたいじゃなくてまずければ他言もしないと結構口も堅いんですぜ」
斎藤「嘘くさいよな」
嘉神「まあ店長にゃ昨年から世話になってるし恩を仇で返したりはしないさ!」
マヌエル「ワタシも興味あります!」
大沢「ありがとう…………まあ僕の名前も知らない君達だろうし名前を言っても分からないかも知れないけど」
嘉神「大山さんでしょう」堺「大川じゃなかったですか?」マヌエル「大村さん?」
斎藤「大沢さんでしょうが!もう本当にすみません!」
大沢「まあまあ」
嘉神「大沢ね。確か雪影高校にも1人いたような?」
堺「確か捕手でしたっけ?」
斎藤「それ今関係ないから」
大沢「まあとにかく僕も昔は野球やっててね」
嘉神「へえ。高校野球ですか」
堺「俺達が知ってる高校なんですか?」
大沢「全国でも名門の無明実業だからね。君達なら知ってるでしょう!」
嘉神「無明実業か、それでポジションは?」
大沢「当時はチームのエースだったよ。当時の後輩の大岡君が今は監督してるんだよね。まあバッテリーを組む事はなかったけど」
堺「ほほう。ちなみに甲子園での優勝経験は?」
大沢「残念ながらなかったね。でもドラフトでは1位、正確には10番目になるんだけど、とにかくその年の巨人へは僕を含めて半分以上が指名拒否と不作な年だったけどね」
斎藤(プロで指名されるほどの投手だったんだ!?)
嘉神「ふむ。大沢さんが指名を蹴った理由は?」
大沢「…………ふう、メジャーに挑戦したかった渡米したんだよ!」
マヌエル「それで結果は?」
大沢「それはこれからゆっくり話して行くよ!」

大沢(シュッ!)

ズバ―――ン! ククッ! スパ―――ン!
ボス「結構速いな……しかし球威はありそうだし何より変化球のレベルが素晴らしいな。マイナー契約なら十分だろう」
大沢「合格ですか!」
ボス「うむ。最初はマイナーからだからゆっくりと力を付けて行きたまえ!」
大沢「はい!」

マイナーでも最初は敗戦処理だったけど力を認められて2年でダブルAに昇格と良いスタートをしたんだ。
大沢「球速も伸びて来たしこれなら通用するだろうな」
アーチャー「15勝したし当然と言えば当然の昇格だな」
大沢「アーチャーも一緒に昇格だろう」

彼は同期のアーチャー、歳は2つ上だけど当時は一緒にメジャー目指して頑張っていたね。チームメイトの中でも特に仲良くなった1人が彼だったよ。
アーチャー「ああ。まあ次もよろしくな!」

実際、苦労したのは野球よりもチームメイトのコミュニケーションだった。1年の終わり頃にはなんとか普通に話せるようになったと2年で昇格した理由の大半はそれだったね。
大沢「ふう、ダブルAか、次はトリプルAを目指すぞ!」

意気揚々だったのは最初だけで初めて向こうの厳しさを感じた年でもあったよ。

カキ―――ン! カキ―――ン! カキ―――ン!
大沢「ぬぉ―――!?」

この年は何故か思ってたところに変化球が行かないのとあまいボールが多すぎたせいか負けに負けると惨敗の年だった。
アーチャー「5点台の防御率と最悪だったな」
大沢「まあな」
アーチャー「まあ降格しなかっただけマシだろう。来年も頑張ろう!」
大沢「ああ」

感じたのは違和感だった。自信家と言うつもりはないけど本来の力なら抑えられる相手からいっぱい打たれた。3年目はそう言う感覚で終わった感じだった。
アーチャー「別にフォームはおかしくないけどな?」
大沢「だよな」
アーチャー「ひょっとしたらケガかもな」
大沢「ケガ? 別に何処も痛くないけどな」
アーチャー「初期の状況なら痛みも感じないしまあ行って来い」

とりあえずアーチャーの勧める病院へ行ってわずかに肘を痛められていると診断された。
大沢「はあ」
アーチャー「まあ別に大した事がなくて良かったじゃないか」
大沢「まあ安静にしてれば問題ないって話だったからね」

4年目はシーズン前にケガが治り普段の投球をしたんだけど……

カキ―――ン! カキ―――ン!
大沢「何故だ―――!?」

……昨年よりマシとは言えブランクがあるせいか良く打たれたんだよね。
アーチャー「結局防御率3.64、9勝8敗と後半は良かったなそれと」
大沢「アーチャーは来年からトリプルAだな。頑張れよ! なーにすぐに追い着いてやるっての!」
アーチャー「ああ。防御率のタイトルが獲れたのは出来過ぎだったがな」

友人に先に行かれると悔しいよりは寂しかったかな。でもすぐに追い着いてやると言う気持ちで来年へと望んだんだけど……
大沢「っ!?」

……5年目のシーズン中に肘ではなく肩を壊して投手生命を終えて僕の挑戦は終わった。

大沢「まあこんなところだね」
嘉神「やっぱり大打者とかもいたんですか?」
大沢「まあ将来なった人とも試合したね。数は少なかったと思うけど」
マヌエル「それでアーチャーさんはどうなったんですか?」
大沢「アーチャーもメジャーに上がったけど残念ながら活躍する事はできなかったねでもこっちに来て活躍するとやっぱり才能はあったんだろうね」
斎藤「アーチャーと言うとクリス=アーチャーですか?」
大沢「そうあの速いボールを投げるのが彼です!」
堺「そう言われるとガキの頃にそんなのがいたようないなかったような?」
嘉神「どっちだよ?」
堺「と言うか良くそんな昔の事覚えているな?」
斎藤「外国人投手でタイトル獲るなんてあんまり聞かないから今でも覚えてたんだよ」
マヌエル「なるほど! こっちでは通用するとやっぱりメジャーは凄いんですね」
嘉神「他人事見たいに言うなよ」
斎藤「アーチャーさんとは今も連絡取ったりしてるんですか?」
大沢「あいつはカープの海外スカウトやってるよもうこっちが故郷だって最近じゃ日本人より日本人らしい気もするかな。たまにだけど来る事は来るね」
マヌエル「メジャー経験もある先輩ですし話が聞きたいです?」
嘉神「バッターとピッチャーじゃ参考にならないんじゃないか?どうせ目指すならファウストかモーガンが良いんじゃね」
斎藤「それは難しいかと」
堺「ちなみに今言ったのは三冠王獲った外国人選手だぞ!」
マヌエル「それはさすがに無理です!」
大沢「とにかくアーチャーなら何日かすれば来ると思うよ」

巨人も良い新人が入ったが5月に入ってからはチームは下向中と良いところはないが大沢は応援しながら時間は過ぎて行く。
アーチャー「我らがカープも連勝したけど、スワローズがダントツだな」
大沢「ルーキーの滝沢が凄まじいからね。それで良い選手はいたの?」
アーチャー「うちのチームは飛ばし屋が多いしピッチャーを探したんだけど、正直、不作だったね」
大沢「別に長打にこだわらなくても器用な選手とか探したら」
アーチャー「性格的にこっちに向きそうもない選手も多いしね。良い選手はもっとギャラの多いところに行くしなー」
大沢「何となく耳が痛いね。まあマヌエル君はそんなに活躍してないけど」
アーチャー「最近は外国人の助っ人も少なくなって来てるし日本の力もメジャーに近づいて来てるのかな」
大沢「もしそうなら嬉しい事だけどね」
アーチャー「白銀君見たいに活躍する選手がドンドン出れば良いのにな!」
大沢「名雲君や与那嶺君も活躍してるし未来ではそうなって日本人選手が少なくなって行くなんてなったら怖いよね」
アーチャー「まったくだな!」

未来は誰にも分からないが現実は普通に進んで行く。彼らの夢は敗れたかも知れないが未来の選手達はそれを知って頑張って行くだろう。それは決して無駄な事だとは思えない。そして彼らはそんな未来を夢見て頑張って行くのだった。