第1章 夏に向かって

−1997年 4月−
この物語の主人公の中西孝介( なかにしこうすけ )は地元の赤竜高校に入学した。赤竜高校、昨年の夏には全国制覇もした名門高校と有名、それに監督は孝介の父親の中西啓示( なかにしけいじ )と入るのが当然と言った感じで何も気にせず孝介は野球部に入部した。
知也「それでどうだった?」

初日の部活も終わり帰ってすぐに弟の中西知也( なかにしともや )は興味津々に野球部の事を聞いて来る。
孝介「どうもこうも初日と言う事で練習は軽めだったしな。少なくとも1、2週間は退屈と言うと失礼かも知れんがそう言う練習が続くな」
知也「父さんが聞くと泣くか怒るかしそうなセリフだね」
孝介「そんな事はないと思うが?」
知也「そうそう。ご飯は父さんが帰るまでダメだけど、お風呂ならすぐに入れるよ」
孝介「一番風呂取っちまうと後でうるさそうだけどな。ま、先に入らせてもらうか」

その後、中西監督こと中西啓示( なかにしけいじ )も帰って来て家族団欒の食事も始まった。
中西監督「……練習が物足りんか」
知也「そう言えば去年までの練習量と今年の練習量は違うんだよね?」
中西監督「まあ、あれがキャプテンだったからな。正直、いつ身内からやり過ぎって言われるかと冷や冷やしてたな」

あれとはドラフトで指名された赤竜高校の元エースであり去年の夏の覇者と言える男である。
孝介「斎藤さんか」

孝介も知り合いではあるが長い付き合いとは言えるほどでもないと微妙な感じだが似た気質なせいか仲はかなり良く気になる人物ではあった。
知也「そんなにきついんだ」
中西監督「春の大会から練習量を減らし効率の良い練習に切り替えるようにしたな」
孝介「初日の話じゃ基礎的な練習を中心にして行くらしいけど」
中西監督「お前らが入って来たからな。4月は基礎的な練習を多くやってお前らを鍛えて行くらしい」
孝介「らしいって?」
中西監督「練習の方針はキャプテンと一緒に考えてるからな。俺が決めて行く事もあるが意見があれば取り入れる。まあミーティングもあるからそこで学んで行け!」
孝介「ふーん」
知也「そう言えば女性キャプテンだったよね。地元で凄い人気だったけど実力はどんな物なの?」
孝介「さあ?」
知也「さあって?」
孝介「投げるところも観たけど近くで見た訳じゃないしな。それでどうなんだ?」
中西監督「春には142キロを記録してるし斎藤の後輩で風祭の妹でもあるしプロのスカウトも当然ながら注目しているな」
知也「それならプロ入りもできるかも知れないね」
中西監督「それは本人次第だな。結局のところ勝ち上がれる力があるかないかだ」
孝介「そりゃそうだ…………しかし」
中西監督「ん?」知也「どうしたの?」
孝介「いや、天馬がエースナンバーを奪うのは難しそうだなと思ってな」
中西監督「うちの投手陣は良いのが3人いるしちょっとやそっとの実力じゃエースナンバーどころかベンチ入りもできんぞ!」
知也「将も大変だね」
孝介「いや、将が入る頃にはみんな引退してるからな」

将とは武藤将(むとうしょう)で知也とバッテリーを組んでいるチームのエースである。
中西監督「ただ、斎藤ほど完全に抑えられる投手はいないし守備にも1人かなり不安があるのがいるしな」
孝介「村田さんか―――あの人、良い意味でも悪い意味でも全然変わってなかったな」
知也「そう言えば今日の先発は宏兄だよ」
中西監督「ほう。意外にも吉田の奴、スタメンじゃないか」
孝介「しかし最近じゃ珍しくないけど、高卒のスタメンって何気に凄いよな」
知也「うーん、僕も将来兄さん達と一緒にプロ入りしたいけど、広島には香住さんや吉田さんといるからバッテリーを組むのは難しいかな?」
孝介「自信家も結構だけど、プロ入りして考えろよ」
知也「そう言う孝兄はどうなの?」
孝介「そうだな。兄貴と一緒にやりたいとも思ったけど、斎藤さんと同じ球団に行きたいとも思うし難しいな」
知也「裏切り者だ!」
孝介「人聞きの悪い」
中西監督(自信家は家系なのかね?)
知也「そうだ。肝心の孝兄は夏までにレギュラー獲れるの?」
孝介「山口さんと上手い人がいるからな」
中西監督「総合的には見劣りするが打率の高さは買っているからな。多分、こいつがスタメンになるだろうな」
孝介「何で嫌そうに言う?」
中西監督「上手い選手を控えにまわすのが嫌なだけだ」
孝介「長打力と守備力は俺以上にあるよな」
中西監督「ミートは悪いがああ言うタイプは嫌いじゃないんだよな」
知也「他のポジションにまわす事はできないの?」
中西監督「できればやってる」
孝介「それよりキャッチャーだろう。3年にはいないし1年か2年から選ばなきゃならないし」
中西監督「痛いところを…………まあ松本も後逸は少なくなって来たし大丈夫だろう」
孝介「とても大丈夫とは思えんが?」
知也「僕が入れたらスタメン奪うチャンスだったのにな」
孝介「まあ松本さんも野田もキャッチングは悪くないけど、打撃は苦手だからな」

こうして団欒は野球の話ばかりだが終わって1ヶ月後となる。

赤竜高校
柚主将「今日からは基礎だけではなく実戦に向けた練習を追加して行く!」
堀田「ようやくかよ!」
野田「楽しみにしてたかいがあったぜ!」

昨年の夏の覇者で春でもベスト8と活躍した赤竜高校に来るのは即戦力の選手が多く。基礎練習には飽き飽きしてた。それは孝介も例外ではなかった。
孝介「ようやくか!」
柚主将「静かに! 最初は軽く走ってそれから打撃、守備、走塁と順番に回って行ってもらう。監督とマネージャーにはその記録をお願いする!」
中西監督「分かった!」灯子「はい!」

返事をしたのは孝介の父親の中西啓示と今年からのマネージャー東山灯子(ひがしやまとうこ)だった。そして打撃で凄さを見せたのは孝介だった。
孝介「お願いします!」

カキ―――ン!
矢吹「おいおい。相川さんや篠原さんよりミート上手くないか?」
小田切「あの二人よりスイングスピードは既に上だな。変化球投手にはかなり強そうだ」
矢吹「今年こそは3番と思ってたんだけどな……いや、俺も今から打つぜ!」
小田切(まあやる気が出るのは良い事だな)

守備や走塁でも特に目立った選手はおらず結局孝介の1人舞台で終わるのだった。
桐島「行きますよ!」

ズバ―――ン!
松本(悪くないがどれも中学レベルだな。ただ現時点での話だし将来性はありそうだな)
村田「昨年のお前くらいには上手いな」
工藤「ああ」
村田「しかし決め球もなさそうだし1年で使うのは難しそうだな」
工藤「いや、秋までには時間があるし秋にはベンチ入りはするかも知れん」
村田「まあキャプテンも抜けるしな」

5月は4月と比べて厳しく新入部員も何人か退部して行くが野球経験者の大半は残っており今年は昨年に比べて層が厚くなって行くのだった。
福西「減って来たな」
相川「いやいや嬉しそうに言う事じゃないから」
篠原「それでも昨年と同じくらい残ってるんだ。大した物だと思うけどな」
木下「今年の1年じゃ監督の息子以外は大した事ないしスタメンはもらったな!」
相川「確かに質では昨年の方が勝ってるね!」
福西「おっし! 今年も甲子園だ!」

こうして赤竜高校は昨年にも増して勢いを付けて行き甲子園優勝を目指すのだった。

中西家
知也「と言う訳で明日から夏の大会です。何か早かったね?」
孝介「そんな事もないだろう」
知也「そうかな。とにかく孝兄も1年目でレギュラーでしかも3番とはさすがだよね」
孝介「まあバッティングを買われてだからな。打って打って打ちまくるぜ!」
知也「しかし打撃力や投手力が高いけど、キャッチャーはいまいちだね」
孝介「そりゃ斉天の中尾さんとかと比べると落ちるけどさ。キャッチングのレベルは高いしリード力も悪くないと守備力は高い方だと思うぞ」
知也「悪くないけど良くもないと僕がレギュラーを奪うチャンスだったのにな」
孝介「それが言いたいだけか」
知也「やっぱり最大の敵は静兄のいる……」
孝介「……斉天だな。あいつならエースナンバー奪っても不思議じゃないけど……」
知也「……不思議とエースの座にはこだわらない人だからね」

こうして夏から3番を打つと孝介は期待されているがその期待に応えられるのかとにかく孝介の夏は始まるのだった。