瑞希「ふぁぁぁぁ…。ね、眠い…。」

あっ…!皆さんこんにちは!

私、夕陽ヶ丘高校の一年生。栗原瑞希です!

たった今、二度寝から起きたところです。

今日は日曜日。

だから、私はこうやって二度寝出来るわけで…。

えっ?いつも二度寝してるんじゃないかって…?

…………オホン。

と、とりあえずせっかくの休みなのにずっと寝てるのは勿体ない。

私はベッドから出て一階に降りた。

黄瀬「おっす。」

瑞希「………………」

そこには見覚えのある男がご飯を食べていた。

この男は黄瀬遼太郎。

私の……

黄瀬「ってかお前、下ぐらい履けよ。」

瑞希「えっ?」

遼太郎が持っていたお箸で私の脚の方を指した。

瑞希「きゃ、きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

私はこれ以上ないぐらい脚をフル回転させて二階に登った。

瑞希「な、なんで〜…。私、昨日寝るときはちゃんとパジャマ着てたはずなのに…。」

そう考えた時には答えはもう頭の中に浮かんでいた。

おもむろにベッドの布団をどけてみる。

するとそこには予想通り乱暴に脱ぎ捨てられたズボンがあった。

瑞希「…やっぱり。」

私は大きな溜め息をつきそのズボンを丁寧にたたんで机の上に置いた。

瑞希「なんで…脱いじゃうんだろうな〜…。」

これは私の癖である。

どうやら暑くなると自分が気づかない間に脱いでしまうらしい。

瑞希「あぁもう…!大体、遼太郎が悪いのよ!!普通女の子の一人暮らしの家に勝手に上がる!?」

私はイライラして枕を壁に投げつけた。

瑞希「こんなことならもっと大人っぽい下着着けとけば良かった…って…。」

そういうことじゃなーい!!!!!!!

私はハァハァと息を切らしてふとベッドの横に落ちている写真を見た。

瑞希「…!これって…。」

そこには小さな私と遼太郎が映っていた。












遼太郎「お〜い!早く来いよ〜!」

瑞希「ま、待ってよ遼く〜ん…。」

時は小学四年生の夏。

私はお父さんとお母さんに遼太郎の家に無理やり連れてこられていた。

この無理やりという表現はあながち間違いじゃない。

私は当時、今では考えられないほど遼太郎のことを怖がっていた。

一番の要因はなんといっても遼太郎の金髪であった。

当時は金髪なんて一切目にすることはなくイメージ的に悪い人というイメージが子供ながらに頭にこびりついてしまったらしい。

そんな怖がる私を無理やり公園に連れて行きキャッチボールをするのが私がここに来たときの日課になっていた。

遼太郎「よし!構えろよ!」

遼太郎はそう言って振りかぶった。

瑞希「えっ?ちょっと待ってよ!!」

遼太郎「あん?」

瑞希「ひっ…!」

遼太郎が首を傾げる。

たったそれだけのことで私は怯えていた。

瑞希「あ…あの…私、そんなに速い球うけられないから軽く投げてね…。」

遼太郎「えっ…あっ…あぁ…。」

遼太郎は苦笑い気味に頷いた。

後から聞いたのだがその時の私の顔は今にも泣き出しそうだったから遼太郎は何かしたのかと考えて困り果てていたらしい。

遼太郎「うんじゃ…軽く行くぞ。」

そして、再び遼太郎が振りかぶった時公園の入り口から声がかかった。

男「おい!!ここは俺達の野球グラウンドなんだ!!チビと女はさっさと帰れ!!」

遼太郎「チビ…。」

そこにいたのは複数の男達だった。

恐らく私たちより少しだけ年は上だっただろうか。

しかしそんなことより心配だったのは遼太郎のことだった。

私はその時長い付き合いだからわかっていた…。

遼太郎は完全にキレてるって…。

瑞希「りょ、遼く〜ん…。帰ろうよ〜…。」

私はそう言って、遼太郎の袖を引っ張った。

しかし、遼太郎が私の言うことなんて聞くはずもなく…。

遼太郎「ち、チビだ〜…!?」

瑞希「ひぃ〜〜……!」

私は遼太郎のあまりの怒りに怯み、足は震え上がるわ、腰は抜けるわで完全に縮みこんでいた。

男「おい!早くどけよ!」

男がそう言うと、遼太郎はその男の方を睨みつけこう言った。

遼太郎「公園はみんなのもんだろ!!どうしてもここを使いたいっていうなら俺達と勝負しやがれ!!」

そう聞いた男達は笑っていた。

お前みたいなチビに何が出来るんだと…。

そんな大笑いしている男達を尻目に私は遼太郎の言葉を頭の中でずっと繰り返していた。

瑞希「あ、あのさ…遼くん?」

遼太郎「うん?なんだよ?」

瑞希「あ、あの…"俺達"って…?」


私は頭の中のある答えを否定したくて遼太郎にそう聞いた。

しかし、遼太郎の口からは期待していた答えの真逆の言葉が出た。

遼太郎「そりゃ俺が投げて、相手を抑えるだろ?それから瑞希があいつらの投げる球を打てば完璧に勝ちだぜ!」

私はその瞬間に失神したくなったのを今でも覚えている。

瑞希「む、無理だよ!私バットすら持ったことないんだよ?」

私が慌てふためいているのを見て遼太郎はクスクスと笑いはじめた。

遼太郎「ぷっ…!お前そんなに慌てなくてもいいだろ…!大丈夫。教えてやるから。」

遼太郎がニヤリと笑い、私の肩をポンと叩いた。

正直、遼太郎のその顔は嫌な予感しか感じなかった。

男達の中の一番大きい人が面白れぇ!俺にやらせろと言って後ろから出てきた。

その男はまだ小さかった私にしたら化け物のように大きくて私を震え上がらせるには十分だった。

瑞希「…む、無理…。絶対無理…。」

そんな弱腰の私を遼太郎は無理やり引っ張ってバッターボックスまで連れてきた。

涙目の私に遼太郎は耳元でこう呟いた。

遼太郎「(いいか…?お前はボールがはっきりと見えるはずだ。その球を思い切って振り切るだけでいい。わかったな?)」

瑞希「(で、でも無理だよ。振り方だけでも教えてよ…。)」

私がそう言うと、遼太郎はしょうがねぇな…と言って私の手を後ろからギュッと握った。

瑞希「へっ…?」

遼太郎はなんの意識もなかったんだろうけど私はもう"そういうこと"にだいぶ敏感になっていた。

いわゆる思春期である。

遼太郎「だから、こうやって手を弓のように引いて…。」

瑞希「……………」

遼太郎が色々教えてくれているのだが、私は全く何も聞いていなかった。

言い方を変えれば話が耳を右から左に流していた。

手のことが気になって…。

瑞希「むぅ…。」

私が唸っているといつの間にかマウンドには巨大な男。

そして、遼太郎もいつの間にか私から離れたところから頑張れよ〜と私を応援していた。

どうやら私がボーっとしている間に遼太郎の話が終わっていたらしい。

男「よし行くぞ女!!!」

その男はそう言ってボールを投じた。

瑞希「(えっ…?)」

バシィン!!!

後ろの審判をやっている男がストラーイクと元気よくコールした。

男達がビビって手も出ないか〜と野次っている。

しかし、私の心の中では疑問しか出てきていなかった。

瑞希「(…遅い…?)」

私はそう思って遼太郎の顔を見るとなっ?という感じで私に向かって笑みをこぼした。

私もその笑みに対してニコリと笑い、男の方を見た。

瑞希「(これなら…なんとか…!)」

男の手からボールが離れ、そのボールは鋭い金属音と共に遥か遠くへ飛んでいった。









瑞希「でも本当に凄いんだね!遼くんって!」

遼太郎「あん?なんで?」

瑞希「だってあっちの男の子達誰も遼くんの球にカスリもしなかったじゃない!」

結局、勝負は私たちの圧勝だった。

私がホームランを打ち、遼太郎が相手の男達を全員三振に斬ってとったのだ。

遼太郎「う〜ん…俺が凄いっていうかあいつらが大したことなかったんだよ。」

遼太郎は腕を組みうんうんと頷いてそう言った。

遼太郎のそんな様子を私は笑みを浮かべながらそっかと頷いた。

瑞希「でもなんで私打てたんだろう?」

そこが一番の不思議だった。

私が今までバットを持ったことがないのは紛れもない事実だったわけで…。

遼太郎「そりゃ…いつも俺の球うけてるからな…。」

瑞希「えっ?」

遼太郎「つまり、お前は俺の球しか見たことないからあれが普通だと思ったんだよ。だからあいつが投げた球が遅く見えた…それだけだよ。」

何を言ってるのかはよくわからなかったが妙に説得力があった。

いや、遼太郎が言ってるんだからそうなんだろうという印象がこの数時間の間に自分の中で変わってしまったらしい。

遼太郎「ってかお前ってさ〜…。」

瑞希「うん?」

私はチビだと言われてた遼太郎よりも背が低かったので遼太郎の顔を覗きこむようにそう聞いた。

遼太郎「…そんなに笑ったり、喋ったりするキャラだったっけ?」

瑞希「……へっ?」

そう言われて私は気がついた。

自分がこんな風に笑ったり、喋ったりしていることに…。

瑞希「あっ…もしかして…うるさかった…?」

急にオドオドし始めた私を心配したのか慌てていやそうじゃなくて…と言ってから頭をポリポリと掻いた。

そして、ニコリと笑ってこう言った。

遼太郎「そうやって明るくしてたほうが可愛いよ?」

瑞希「へっ…?」

遼太郎がこう言って夕陽がおちかけている道を走っていった。

しばらくして呆然としている私の方を見て早くしないと帰っちまうぞと言った。








瑞希「あの時の遼太郎キザだったよね…。」

子供のくせにマセたこと言ってさ…。

あんなんで私がオチるとでも思ったのかな…。

瑞希「…まぁオチてるんだけどね…。」

私はそう言ってフフと笑ってしまった。

その瞬間に何、写真見てにやついてんだ?と背後から声が聞こえた。

瑞希「…だ、だから勝手に部屋に入ってこないでよ…!」

慌てて写真を隠して後ろを振り向く。

そこには遼太郎が顔をしかめて立っていた。

黄瀬「…なんで隠すんだよ。それって確か昔お前が家に来た時の写真だよな?」

瑞希「こ、これは私が一番可愛く撮れてる写真だから駄目〜!」

私はその写真をポケットに入れて下に走っていった。

遼太郎が後ろから待てよと言って連いてきているのを無視して…

彼の名前は黄瀬遼太郎。

私の唯一無二の大事な人である。





ちなみに…

瑞希「ってかなんで今日来たの?」

黄瀬「お前が昨日の夜呼んだんだろうが!!!」

瑞希「えっ?」

…こういうちょっと抜けてるところが可愛かったり…

黄瀬「しねぇよ。」