バシィ!!
明日香「よしっ!!」
乾いたミット音が轟いたあと女の子の甲高い声がグラウンドに響き渡る。
バシィ!!
矢月「っしゃ…!!」
これまた小気味いいミット音が轟いたあと今度は若い男の声が球場を包んだ。
両投手の好投で試合は驚異的なペースで進んでいた。
矢月は三回を投げ終えて明日香へのファーボール一つだけ。
対する明日香もランナーを出しながら何とか無失点で四回を投げおえた。
そして四回裏夕陽ヶ丘高校先頭の田代がなんなく三球三振に倒れて夕陽ヶ丘高校クリーンナップを迎える。
「三番ピッチャー黒木さん」
ウグイス嬢がそうコールすると明日香はゆっくりとネクストバッターズサークルから歩いてきた。
徳川「…さぁここだな…。」
徳川がそう呟くと今まで黙って観戦していた京徳トリオの一人倉持光が疑問を徳川に投げかけた。
倉持「どして…?ここまで完璧じゃない。」
倉持がそう言うと徳川は指を立ててちっちっちっと言ってこれだから素人は…とため息をついた。
倉持はムッとしながらも徳川の言葉に耳を傾けた。
徳川「ここまでのランナーはあの可愛い女の子に出した四球…まぁ敬遠みたいなもんだが…それで出たランナーのみだ。だが少なからずこのバッターは警戒している。」
倉持「…なんでそんなことわかんのよ…。」
倉持が流し目で徳川の方を見ながらそう言った。
徳川「…わかるんだよ…俺には…な…。」
倉持「??」
倉持は徳川の曖昧な答えを一瞬疑問に思ったが徳川の冷たく寂しそうな目を見て視線をグラウンドへと向けた。
宋「(こいつ…か…。矢月、俺には警戒するほどの打者には見えないんだが…。)」
矢月「(いや…この打者は警戒しなければいけませんよ…。次の黄瀬とこの打者だけは…。)」
矢月がそう目で訴えかけると宋は納得して静かに頷いた。
矢月「(…もし本当に"あの"遺伝子を受け継いでいるとしたら…)」
矢月はそう考えながら大きく振りかぶった。
矢月「(この球打てるだろ…!!)」
足を勢いよく振り上げ左腕をしなやかにしならせる。
そして白球の勢いが劣ることなくミットに吸い込まれた。
「ストライーッ!!」
電光掲示板に146kmの文字が浮かぶ。
明日香「(一打席目は見えたけどこの打席は目で追うのがやっとだよ…。)」
明日香はそう言っているが目で追っているだけでもすごいということに本人は気づいてないらしい。
矢月「(…行くぞ…!!)」
矢月は早くも二球目を投げる体制を作ってまた左腕を鞭のようにしならせた。
「ストライッツーーー!!!」
またスタンドが大いにざわついた。
その理由は電光掲示板にあった。
徳川「150km…ふぇ〜…手加減なしかよ…。」
倉持「はやっ…。」
海藤と朱音に至っては声すら出ない。
それだけすごい球だったのだ。
明日香「(…こ、こんな球打ったら手が折れちゃうよ…。)」
明日香は涙目になり完全に弱気になっていた。
そんな明日香の気持ちも知らずネクストバッターズサークルから黄瀬がビビるなよ〜と声をかけた。
そんな黄瀬をきっ!と睨みまた矢月に目を向けた。
一方睨まれた黄瀬は何がなんだかわからないので目をぱちくりとさせて首を傾げた。
そして矢月は三球目を投じるべく大きく振りかぶった。
矢月「(………………)」
矢月は振りかぶった直後、急に頭の中にあることが浮かんできた。
〈四年前〉
矢月は悩んでいた。
この当時から圧倒的なスピードボールを誇り地区では敵なしだった矢月は天狗になっていた。
練習も真面目にやらない。
チームメートともろくにコミュニケーションをとろうとしなかった。
自分一人の力で何とかなると思っていたからだ。
しかしその自信は音をたてて崩れていくこととなる。
四月初旬…。
新2年生になった矢月はもちろんチームのエースであった。
そんな中毎年この時期にある新入団生テストが開始された。
矢月「………………」
俺はそのテストを練習をサボって見に行っていた。
理由はきつい基礎練習をやっているよりテストを見ていた方が幾分かは面白いからだ。
そしてテストが始まった。
最初は毎年のごとく上手い選手だけだった。
確かに上手いのだがそれだけなのだ。
何も感じるものがない。
俺が今まで見た選手ですごいと思ったのは同じ地区のライバルの大石大二郎という投手だけだった。
大石は他の人とは少し違った。
オーラというか何か得体の知れないものがまとわりついている感じだ。
言葉では言い表せないがとにかく"何か"を感じたのだ。
この年の新入生はその何かを感じる奴がいなかった。
もう帰ろうかと思ったその時グラウンドの奥の方にその何かを持った集団がいた。
個人ではない…集団だったのだ。
その三人組は柏木ウォルブスというチームから来たらしい。
その三人がテストの打席に入ったとき俺は身震いした。
素晴らしいオーラ、敵を殺しかねない威圧感、そして何よりも並外れたバッティング…。
どれをとっても俺の野球人生の中でこんな奴らを見たのは初めてだった。
世界は広い…そう思わされた瞬間だった。
それから天狗になっていた俺は死んだ。
その当時必死に練習をし始めた俺を見てチームメート達は不思議がっていたかもしれない。
それだけ俺は変わった。
あの三人の後輩のおかげで…
その三人の名前は徳川大輝、神下大河、そして黄瀬遼太郎。
この三人は俺の見込み通り入団後即クリーンナップを任されすごい活躍を見せていた。
そんな中俺は朱雀という球をある人から教わることとなる。
この話は長くなるのでまた次の機会に話すとしよう。
そしてこの朱雀で俺はどんどんと全国区に殴り打っていくこととなる。
そして俺の最後の大会が全国優勝という形で幕を閉じたその日の夜…。
深夜二時になってもまるで眠くならなかった。
俺はどっちかというとかなり睡眠をとるほうでありこんな時間まで起きているというのはかなり珍しいことだった。
部屋にいても全く寝れる気配がないので俺はグラウンドへ行ってみた。
眠れない原因はまだ俺の心が興奮しているからだ。
優勝できるなんて夢のようでもう十時間以上経っているにも関わらず興奮していた。
しかしこの興奮はある好奇心へと変化しかかっていた。
矢月「(俺の朱雀は通用するのだろうか…あの三人に…。)」
確かに優勝はした。
だけどこの大会のMVPは神下大河、優秀選手は徳川大輝…。
黄瀬は手首の捻挫などもあって試合には代打としてしか出場しなかったが一応片手一本で結果を残していた。
そんな化け物三人が同じチームにいたのだ。優勝出来ないはずがなかった。
矢月「(試してみたい…!俺の球があいつらに通用するのかどうか…!)」
俺は思い立ったら即行動というタイプなので翌日神下と徳川をサブグラウンドに呼び出した。
ちなみに黄瀬はまだ手首が治ってないらしく病院に通院していた。
徳川「…なんすか?矢月先輩…。」
神下「おい!!徳川なんだその態度!失礼だろ!!」
徳川の態度を神下が注意して無理やり頭を下げさせている。
矢月「…まぁそんなことはいいんだが…。」
矢月は未だ言い合いをしている二人を止め今日ここに連れてきた理由を言った。
矢月「俺と勝負してくれないか?」
俺は二人から目を逸らさずにはっきりとそう言った。
二人はお互いを見ていいですよと神下が代表して言った。
俺は心の中でガッツポーズをして意気揚々にマウンドに向かった。
徳川「…お願いしま〜っす…。」
徳川はやる気がなさそうに構えるとまた神下から怒声が飛ぶ。
徳川はようやく特徴的なミスタープロ野球長嶋茂雄の打法で構えた。
矢月「…じゃあ行くぞ…!!」
いつものようにダイナミックに振りかぶり左腕をおもいっきり振り下ろした。
結果だけは言っておこう…。
徳川に対しては二球で追い込んだものの決め球朱雀をセンター前に運ばれた。
奴が言うには癖があるらしい。
その癖が何なのかを聞くと味方にも大事なデータは見せれないらしい。
そして対神下に関しては一球で勝負が決まった。
神下は初球、裏をかいた朱雀に対して体が勝手に反応したらしい。見事なレフトスタンドへのホームランだった。
完璧に打たれた俺だったが不思議と悔しくはなかった。
いや、むしろ嬉しかった。
こいつらは年下だが俺の目標だからだ。
いつまでも俺の前を走っててもらわないとつまらない。
そして俺は朱雀の改良に踏み切った。
今のままでは全国高校のレベルでは通用しない。
そして俺はその球の改良に成功した。
矢月「(そう…それがこの球だ…!!)」
矢月の左腕がいつも以上に速く動いたように見えた。
ボールは真っ直ぐミットに向かっていく。
先ほどのストレートと同じ様に速かったが今度は明日香の目にはしっかりと見えていた。
明日香「(よし…!これならいける!)」
明日香はそう思い白球に向かっておもいっきりバットをぶつけにいった。
しかし白球は重力に逆らうように上に向かって上がっていく。
明日香「(!?)」
明日香は驚きながらも何とか白球に合わせていく。
しかし白球は浮かび上がった後急激に今度は重力に引き寄せられていく。
そしてその瞬間急にスピードがグンと上がった。
明日香「(えっ!!?)」
バシィ!!!
「ストライーッバッアウッ!!!!」
明日香「嘘…!?」
このボールを見た瞬間黄瀬は勢い良く立ち上がり驚愕の声を上げた。
黄瀬「朱雀じゃ…ない…?」
黄瀬の頭はこの瞬間真っ白になった。
この球の正体が全くわからないからだ。
黄瀬「何なんだ…今の球は…?」
考えている暇もなく打席に向かう黄瀬。
しかしこんな状態では攻略できるわけがなかった。
「ストライッ!バッターアウッチェンッ!!!」
矢月「(これが俺の新しい決め球…フェニックスだ…!!)」
この球にバックネット裏のこの男も資料を落として立ち上がっていた。
徳川「(…さすが先輩…すげぇや…。)」
徳川の目は最早野球をする目になっていた。
徳川「(久しぶりだぜ…こんな高揚感は…!)」
徳川がそう呟くと矢月が徳川の方を見てニヤッと笑った。
不死鳥は死なない。
試合はまだまだ始まったばかりである。