今でも思い出す…。
あの時のことを…。
俺は小学校の頃からスポーツ万能だった。
自慢じゃないけど今までスポーツというスポーツは全部トップをとってきていた。
サッカーは六年生チームに四年生の時に入り得点王に輝き優勝に導いた。
バスケットボールでは小学生の県大会で殆ど素人の俺がこれまた得点王に輝いた。
他にも水泳や卓球、陸上や体操なんていうのにもチャレンジして全てでトップをとった。
じゃあ何故このスポーツのどれかを続けてやらなかったのか?
それは俺が飽きっぽかったのもあるけど大概のスポーツはすぐに一番になれるのでつまらなかったのだ。
そんな俺はスポーツというスポーツを舐めきっていた。
そしてまだやっていなかったスポーツの中でも有名どころに挑戦してみようと思い立った。
武沢「へぇ〜…これが野球のグラウンドか〜!!」
グラウンドに誰もいないのを確認して柵を登り中に入る。
そしてマウンドのところで寝転がってみた。
予想以上に気持ちいい…グラウンドの中で唯一高い場所だ。
気持ちよくないはずがない。
武沢「よ〜し…!!決めた!俺がこのチームのエースになってやる!!」
武沢は大きな声でそう叫ぶと勢いよく立ち上がりベンチの方へと勢いよく走っていった。
ギュン!!!
そんな音がしたように感じるほどのスピードでベンチに向かっていく姿を一人の少年が見ていた。
???「へぇ〜……。」
次の日…。
武沢はこのチームへ入団しにきた。
武沢「あれ??」
しかしグラウンドには休日なのにも関わらず人っ子一人見当たらなかった。
おかしいな…と言いながらグラウンドの中に入って全体を見渡した。
しかし全く人がいる気配がなかった。
武沢「休みか…?しょうがない明日にするか…。」
???「休みじゃねぇよ。遠征で留守してるだけだ。」
武沢「!?」
武沢は驚いて声がした方に顔を向けた。
そこにはキャンディを舐めている少年がベンチに寝転がっていた。
その少年はよっ!と言いながら立ち上がりゆっくりと武沢の方に歩いてきた。
武沢「(こいつ…いつからいたんだ…?最初からいたなら全く気配がなかった…。)」
武沢が困惑しているのを尻目に少年は目の前まで来てニコッと笑った。
???「君、野球やりたいの?」
少年はニコニコしながらそう問うた。
特徴的な金髪が太陽の光を反射して光り輝いていてまるで少年の周りからオーラみたいなのが出ているようにも感じられた。
武沢「き、君は一体?」
???「うん?俺は別府、別府遼太郎!君は?」
別府と名乗った少年は目をきらきらさせながら武沢に笑顔を向けた。
武沢「お、俺は武沢。武沢篤信!君の言うとおりこのチームに入団しに来たんだけど…。」
別府「そっか!でも今日は無理だよ。監督いないし、それに今日はおっちゃん達の草野球があるから。」
別府に言われて今気がついたが続々とサラリーマン風の中年男達が雑談をしながらグラウンドに入ってきていた。
別府「だからさ〜今日は帰りなよ。」
別府にそう言われて俺は考えこんだがやはりこのままでは帰れない。
今日は両親に友達と遊んでくると言って家を出てきた。
その後、家を空けると言っていたのでどっちにしても外にいなければならないのだ。
その理由を別府に言うとう〜ん…と唸りながら一緒に考えてくれた。
すると別府は何か思いついたのか顔をパァっと明るくさせた。
別府「だったらおっちゃん達の草野球に混ぜてもらう?俺も実はリハビリがてら参加させてもらうんだ。」
そう別府は眩しい笑顔で武沢に提案した。
武沢がリハビリ?という言葉に疑問を持つと別府は手首を怪我しているんだと爽やかに答えた。
よく見ると別府の右手首には包帯がぐるぐる巻きにしてある。
武沢「リハビリがてらってことは君も?」
武沢がそう問うと別府はニヤッと笑いながら肩に掛けていたショルダーバックからグローブとボールを取り出した。
別府「もちっ!でないとこんなクソ暑いのに外に出るわけねぇよ。」
別府は手を団扇に見立てて自分の顔に向かって風をおくる仕草をしながらそう悪態をついた。
武沢「(…それにしても…。)」
武沢は改めて別府の外見を観察し始める。
特徴的な金色の髪の毛が印象深い。
しかしそれだけではなく目つきが鋭い。
こんな爽やかな笑顔がまるで似つかない少年だ。
武沢がそんな風に思っているとは露知らず別府は中年男達が段々集まってきたベンチの方に歩いていった。
別府「おっちゃ〜ん!」
おっちゃん「?おぅ!遼君じゃねぇか!」
別府がおっちゃんと呼んだ中年男はガタイがかなり良く無精髭を生やしていて当時の俺は正直少しビビっていた。
別府「お〜い!武沢君!混ぜてもらえるってよ〜!!」
別府は両手を頭の上で大きく振って武沢にOKの合図を送った。
そして試合が始まると俺は驚愕した。
決して野球の怖さがわかったということではない。
俺はヒットも打ったし無難に守った。
むしろおじさん連中に褒められたぐらいだ。
しかしこの男には適わなかった。
別府「よいしょ…っと!!」
カキーーーーンッッッッッ!!!!
そんな金属音と共に白球はぐんぐんと伸びていき今日三回目の柵越えとなった。
武沢「…」
おっちゃん「おぉ!!!流石遼君だ!!」
野球をやったことがない俺でもわかる圧倒的な実力差。
別府はもの凄く長いバットを自在に操っていた。
そして右に左にセンターに計3ホーマー。
全て弾丸ライナーで柵を悠々と越えていた。
別府「おっちゃん達今日はありがとう!!!」
別府がそう言うと中年男達は手を振ってまた頼むぞ!と言いながらグラウンドを後にした。
別府「ふぅ…。やっぱ久しぶりの野球は疲れるぜ…。」
別府は流れ出る汗を手で拭いながら白い歯をこぼしてそう言った。
別府「でも…」
武沢「?」
別府「やっぱ野球は楽しいよな!」
武沢「(何なんだよ…こいつ…)」
武沢は驚いた。
別府の屈託のない満面の笑みに。
自分はどんなスポーツをしてもこんな清々しい顔にはなったことがない。
武沢「(こいつは心から野球が好きなんだ…。)」
未だ自分に向かって笑顔を向けてくる少年が武沢にはとても輝いてみえた。
そして、同時に自問自答を始める。
武沢「(俺は…どんなスポーツをやってもこんな風にはならなかった。俺はスポーツを心から好きじゃないのか…。)」
別府の笑顔をじっと見つめる。
その顔は夕陽をバックにしていて、まるで神様のように武沢の目には映った。
武沢「(…俺も…俺もこいつみたいに楽しくスポーツをしてみたい…!)」
武沢はその時、誓ったのだ。
こいつ…別府遼太郎を超えてやろうと…。
一生かかってでもこの大きな目標を超えようと…。
武沢「(あの遼が二打席連続三振…。)」
今、目の前でそんな信じられない光景が広がっていた。
それは今まで遙か先の目標だった黄瀬だからこそ大きかった。
確かに矢月先輩は当時から凄かった。
だけどまさかここまで力の差が大きいとは思っていなかった。
武沢「(打てるはずがない…。遼や明日香ちゃん、キャプテンや羽柴先輩だって手も足もでない…。)」
俺なんかに打てるはずがない…。
黄瀬「おい!武沢!!」
武沢はこの声に我にかえるとハッと黄瀬の方を見た。
黄瀬はお前の打順だぞっと言ってグラウンドの方を指差した。
どうやら武沢がボーっとしている間にかなりのイニングを消化していたらしい。
スコアボードを見ると六回裏までゲームは進んでいた。
武沢は急いでバッティンググローブを着けてヘルメットとバットを持ってベンチから飛び出した。
黄瀬「なぁ、武沢」
その直前、武沢は黄瀬に呼び止められ、声をかけられた。
しばらく話し込んだ後、武沢はバッターボックスに入ってきた。
そして、いきなり振りかぶった矢月に合わせてしっかりと構えた。
そして、矢月の左腕が鞭のようにしなる。
すると、白球がもの凄い速さでミットに到達していた。
『ストライーッ!!』
『ワァァァァァ!!!!』
一球一球ごとに星光側の観客席が大いに盛り上がる。
それもそのはず投げているのは今や日本一の高校生と言ってもいい矢月悠生。
しかも、彼は一球ごとに騒がせられるこの直球がある。
武沢「(151km…。)」
速すぎる…。
武沢の心の中はすでに敗北の二文字で埋め尽くされていた。
今、言われた黄瀬の言葉を忘れるほどに…。
黄瀬「(武沢…!)」
―打席に入る前―
黄瀬「なぁ、武沢。」
武沢「な、なんだ…?」
やっぱり緊張してやがる…。
目の前のこいつは顔が真っ青になり手足も小刻みに震えていた。
黄瀬「…期待なんかしてねぇよ。」
武沢「…はっ?」
俺は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている武沢に捲くしたてるように言ってやった。
黄瀬「だからお前なんかに誰も期待してねぇって言ってんだよ。」
武沢「…!」
そう俺が言うと武沢は少しイラっときたのかムッとした顔をしたが自分でもそう思っていたのか俯いて黙ってしまった。
黄瀬「…お前に期待してんのは棒の方じゃねぇよ。」
武沢はその言葉を聞きこちらを向いた。
黄瀬「…その黄金の脚にはちょっぴしだけ期待してる…。」
黄瀬「(武沢…お前の脚がこの試合の鍵だぞ…!)」
試合は六回裏明日香は何とか無失点できているものの徐々に押されてきている。
この回あたりで一歩前にでないと…
黄瀬「(負ける…!)」
矢月「(ツーナッシング…。武沢、悪いがこの試合お前なんかには構ってられん…!!)」
大きく振り下ろされた左腕からまるでミサイルのように白球が放たれた。
―お前の脚にはちょっぴしだけ期待してる…。
武沢「(見せてやる…!!!)」
コンッ
矢月「!?」
武沢は大根切りのような型で叩きつけた。
いや当てたと言ったほうが適切だろうか。
格好は不格好だったが執念でボールはフェアゾーンギリギリを転がっていた。
矢月&宋「サード!!!」
その声を聞いた時にはサードの木暮はもうすでに白球に追いついていた。
木暮「刺…す!?」
しかし木暮がモーションに入った時にはすでに武沢は一塁ベース付近まで来ていた。
この時、球場の誰もが思った。
速い!…と。
矢月「くっ…木暮投げるな!!」
しかし矢月がそう言った時にはもう木暮の手からは白球が放たれていた。
白球をしっかりと握れないままで…。
ワァァァという大歓声が後ろから聞こえてくる。
そりゃそうだ。私は今ベンチ裏にいるんだから…。
何だろう…。この不思議な感覚は…。
いや、前にもこんなことがあった。
そうだ…。
確か…。
明日香「……………」
グラウンドの熱気が最高潮に達した時、ベンチ裏は微かな少女の吐息と共に時間は止まった。
『ピッチャー黒木さんに代わりまして黄瀬君。ピッチャー黄瀬君。』
静岡県大会決勝戦、試合はいきなり風雲急を告げた。