アナウンサー『せ、先制ーーーー!!!!なんと先制点は夕陽ヶ丘高校ーーーー!!!!!』
武沢「っしゃーーーー!!!!」
武沢が本塁上でガッツポーズをしながら吠えた。その姿を見て夕陽ヶ丘ベンチからも大歓声が聞こえてきた。
榊原「やってくれたぜ!!あいつの脚は本当に全国レベルだ!!」
田代「はい!!キャプテン!!」
場面は六回裏。一死から武沢がバットに当てた打球はサードの前にボテボテと転がった。
このサードゴロを木暮が素早く捕球し、一塁へ送球するも白球は一塁手の頭を大きく越していきライトファールフェンスまでを転々と転がっていった。
そして、ボールはライトのグローブに…入らなかった。
ライト「あっ…!」
クッションボールが思わぬ方向に転がっていく。
武沢はこれを見て二塁を蹴って三塁へ。
普通はこれで終わりだが、武沢は…いやこの黄金の脚はそれでは満足しなかった。
矢月「ライト!!バックホームだ!!!」
ライト「何!?」
ライトがボールを処理するとちょうど武沢がランナーコーチの制止を振り切ってホームに突入するところだった。
ライト「舐めるなーーーー!!!」
ライトが懸命にバックホームする。
しかし、武沢の脚は想像を遥かに超えていた。
武沢「舐めてるのはそっちだぜ!!!」
宋&ライト「!?」
ボールがホームに着いた時にはすでに武沢はホーム上に仁王立ちしていた。
球場全体がこの武沢のプレーにより雰囲気がガラッと変わった。
今まで絶対王者星光学園の勝利を疑わなかったものが今は武沢のスーパープレー。
そして、試合の中盤を終えて夕陽ヶ丘高校がリードという現実が観客の心を変えてきているのだ。
もしかしたら奇跡がおこるのかもしれないと…。
黄瀬「やったな!黒…木?」
盛り上がっているベンチではいつも冷静な黄瀬も興奮の最高潮へと達していた。
しかしそんな黄瀬が声をかけた少女はその場にはいなかった。
黄瀬「…?なぁ瑞希?」
瑞希「キャーキャーーーー!!!!!」
黄瀬「(…駄目だこりゃ)」
全く聞いていない瑞希は放置しておいて黄瀬はベンチ裏へと歩を進めていく。
黄瀬「そういえばあいつ…六回が終わった時に…。」
黄瀬はベンチ裏を歩いている間、六回の投球を終えて明日香が言ってたことを思い出していた。
明日香「…はぁ…はぁ…。」
明日香はこの六回もランナーを出しながら何とか無失点で切り抜けていた。
しかし、球威が落ちているのは誰の目にも明らかであり、明日香も肩で息をし始めていた。
黄瀬「(またか…。)」
黄瀬は試合を重ねていくうちにある気掛かりなことがあった。
黄瀬「(こいつ…こんなに体力なかったっけ…?)」
そう。気掛かりなのは明日香の異常な疲れ方であった。
明日香は確かに野球を初めてまだ数ヶ月。
しかし、彼女は練習や紅白戦などでは平気で完投並みの投球数を放っている。
なのに、実戦。つまり、公式戦では六回80球を越えたあたりで直ぐに肩で息をし始めるのだ。
黄瀬「(まさか…な?)」
黄瀬は頭の中に浮かんだある考えを否定してベンチへと帰った。
黄瀬「(……そんなはずはないんだ…。)」
黄瀬は自分に言い聞かせるようにそう言いながらも足は早くなっていった。
黄瀬「(もし…もしすでにあいつが…俺みたいになってたら…。)」
そう言って黄瀬は自分の左肩を押さえた。
黄瀬「………あいつは天才だ…。」
黄瀬は感慨深げにそう言うとポツリと呟いた。
黄瀬「…こんな化け物みたいな球を投げるんだからな…。」
苦笑い気味にそう言うと明日香のものと見られるグローブが水道のところに落ちていた。
黄瀬「?…あいつ水でも飲んでたのか?」
それにしては遅いなと水道の奥を見た。
そこには………
黄瀬「……寝てる…。」
そこには小さな寝息を立てながら横たわっている明日香がいた。
明日香「う〜ん…。」
黄瀬「…唸ってる…。」
黄瀬ははぁという呆れた溜め息をついてお〜いと体を揺すった。
しかし、全く起きない。
それだけでなく全く反応しなかった。
黄瀬「…?」
黄瀬は不思議に思い、明日香の頬を触った。
『ピッチャー黒木さんに代わりまして黄瀬君。ピッチャーは黄瀬君。』
武沢「お、おい!遼!どういうことだよ!」
榊原「黄瀬?」
羽柴「…??」
チームメートのほぼ全員がいきなりの交代に疑問の声を投げかけた。
それはそうだ。何故なら一点とってさぁ行こうというところで肝心のエースの突然の交代。
しかもそれに加えて、今まで投球練習をしている姿すら見ていなかった黄瀬に代わったのだ。
武沢「おい遼!」
武沢がそう言って黄瀬の肩を掴んだ。
しかし、黄瀬は振り向かず小さな声で呟いた。
黄瀬「…起…すしか…い…。」
武沢「はぁ?」
武沢はよく聞こえなかったのかもう一度黄瀬に聞き直した。
そして、今度はしっかりとした口調で言い直した。
黄瀬「奇跡を起こすしかない!!」
武沢「………」
はっきり言って何を言っているのかはわからなかった。
しかし、黄瀬の真剣な目を見て全員がゆっくりと頷いた。
黄瀬「…熱っ…。こいつ…。」
黄瀬が触れた頬は通常の体温では考えられない熱さだった。
黄瀬「…バカ。お前が無理したって勝てるかどうかもわかんねぇのに…。」
そう言いながら明日香の体を抱きかかえようとした時、小さな呟きのような声が聞こえてきた。
明日香「…どうして…?…あなた…は…力が…ある…のに…。」
黄瀬「………黒木?」
黄瀬が明日香の顔を見た時、明日香は涙目になって黄瀬の方を見つめていた。
明日香「…あなたは…勝負に…こだわっていない…。私は…スポーツマン…を数多く見て…きたけど…みんな…自分が勝つために…全力でプレー…してた…。」
明日香のか細い声が重く胸にのしかかってきた。
黄瀬「お前…!」
明日香「…スポーツは…真剣に…やらない…と…つまんないよ…?」
黄瀬「…!!」
−−あんたさ〜!!自分のためにスポーツやらないでどうすんのよ!!
−−バッカねぇ…。スポーツは真剣にやらないとつまんないじゃない!
黄瀬「…碧さん…?」
黄瀬がそう呟いた時には、もう明日香は静かな寝息を立てていた。
黄瀬「…バッカじゃねぇの。こいつが碧さんなわけねぇだろ…。」
そうさ…。
こいつは碧さんじゃない…。
だって碧さんは…。
黄瀬「勝つしか…奇跡を起こすしかねぇんだ!!」
黄瀬は振り返ってもう一度そう言うと全速力でマウンドへと駆けていった。
何やら最初は不思議がっていた連中も俺の言葉に触発されたのか気合いの声があちらこちらから聞こえてくる。
黄瀬「(黒木…わりぃ…。やっぱ俺は…他人のためでしか…野球はできないんだ…。)」
プレイ!!という大きな審判の掛け声と共に黄瀬は大きく振りかぶった。
黄瀬「ウォォォォォ!!!!」
バシィ!!!
『ストライッ!!』
いよいよ試合は終盤へと向かっていく。