夕陽ヶ丘高校が夏休みに入って数日が経過した。
各々、自分のやりたいことをやっている。
しかし、部活に休みはない。
グラウンドを見渡す限りサッカー部や陸上部、テニス部など色々な部活の練習をしている。
勿論、野球部も例外ではないのだが…?
羽柴「誰も来ねぇーーー!!!」
羽柴がそう叫んでも帰ってくるのは後輩一人だけのそうですね。たけであった。
羽柴「むぅ…おかしいぞ!!そうですね!は多人数揃って初めて効果がでる言葉だぞ!!タ○リにあっ乱れた!私の勝ちって言われてもいいのかこの野郎!!」
羽柴が壊れたのを見て絡むのを止めて田代は一人素振りをし始めていた。
田代「(まぁ羽柴先輩の気持ちも分かるけど、練習に来れない気持ちもわからないでもないよ…。僕だって無理して立ち直ったって言っても過言じゃないし…。)」
田代は鋭いスイングを立て続けに行い、ふぅと一息ついた。
田代「(でもまさかキャプテンまで練習に来ないなんて…。流石の僕でも心が折れそうだよ…。)」
田代は大きな溜め息を一つ吐いてまた素振りを再開した。
田代「(みんな…早く帰ってきなよ…。)」
ポク、ポク、ポク、チーン!
ポク、ポク、ポク、チーン!
ポク、ポク、ポク、チーン!
明日香「………………」
あ、脚が…。し、痺れてる…。
も、もうひゃめ(駄目)…。
明日香「痛いっ!!!」
脚を崩そうとした瞬間、後ろから木の棒のようなもので肩を叩かれた。
お爺さん「…まだじゃ…。後五分。」
明日香「ふぁ、ふぁい…。」
明日香は涙目になりながら正座を続けてお経を聞き続けた。
もうわかったであろうがここはお寺である。
明日香がお爺さんに連れて来られたのはこのお寺だった。
そしてここに来て3日。
ほぼ丸一日この座禅と精神統一だけで過ごしてきていた。
明日香は私がここに来たのはこんなことをするためじゃない!と言ったのだがこれもさらなる高みへの第一歩じゃ!と言われて納得せざるを得なくなった。
明日香「(で、でも…)」
お爺さん「ほれほれ…。」
お爺さんはそう言いながら杖で正座している足の裏をつついた。
明日香「ひゃあぁぁ!!!」
お爺さん「フォフォフォッ!!」
毎回この行動の繰り返しだった。
明日香「(ま、まさかこのジジイこれがやりたいがために私にこんなことやらせてるんじゃないでしょうね…。)」
明日香が涙目でお爺さんを睨むと今日は終了じゃ。と言って奥の方へ消えていった。
明日香「ほっ…。」
明日香はこの言葉にほっと一息ついて脚を崩した。
明日香「ま、まだヒリヒリするけどさ、流石にだんだん慣れてきたわ。」
明日香がそんなことを言っていると奥の方からお爺さんが出てきた。
明日香「今中さん…いつまでこんなことやるんですか…?」
今中とはお爺さんの名前である。
今中「フォフォフォッ!!さぁのう…。いつまでやら…。」
明日香「はぁ!?」
ふざけんじゃないわよとつかみかかって行きたかったが、如何せん足が動かないので手を床にバンと叩きつけた。
今中「まぁまぁ…そう慌てるな…。お主は着々と高みへと歩みを進めておる。」
今中はそう言うと自分で淹れてきたお茶を口に入れた。
明日香の分も淹れてあるのか二人分の湯飲みが置いてあるが…
明日香「…今中さん?私のお茶…」
今中「自分でここまで取りに来い。お主、年寄りに茶を持ってこさせる気か?」
明日香「(こ、このジジイ…!!)」
明日香が歩けないことをいいことに明日香の前方五メートルほどのところに湯飲みを置いてまたさっさと奥の方へと行ってしまった。
明日香「くぅ〜…と、届かない…。」
何とか足を動かさないで取ろうとしたがまるで届かなかった。
明日香「……私、何してるんだろう…。」
明日香はふとそんなことを思った。
こんなところでこんなことをしているのも野球と、彼と出会ったことが原因なのだろう。
明日香「…ううん。そもそも私がよく調べもせずにこの学校に入ったからだ…。」
そう。私がもし、ちゃんと学校を調べて選んでたら今頃友達と遊びまくって、それなりに勉強もして、彼氏も作って、普通に陸上部で頑張っていただろう。
明日香「…なのに、どこを間違えてこんなところまで来ちゃったんだろう…。」
明日香は一瞬曇った顔を見せたが、すぐに笑顔になった。
明日香「でも…私この学校に来てよかった。野球にも出会って、瑞希ちゃんに出会って、武沢君や田代君、キャプテンや羽柴先輩に出会えたし。それに…」
あいつにも…。
頭の中にあいつの必死に練習してる姿が出てくる。
私の密かな楽しみだったっけ…。
ランニング中に横目であいつがノックでしごかれてる姿見るのが…。
明日香がフフッと笑った瞬間に後ろから若い女性の声が聞こえてきた。
女性「青春ねぇ…。」
明日香「ひゃっ!?」
明日香は飛び上がって後ろを向いた。
するとそこにはいつもお世話になっている女性がニコニコと笑って立っていた。
明日香「椿さん…。びっくりさせないでくださいよ。」
椿と呼ばれた女性はハハッごめんごめんと言って爽やかに笑った。
この女性は今中椿。今中の娘である。
年齢は27歳。
最初は今中の娘にしては若い人だなと思ったが再婚相手の連れ子だと聞いて納得できた。
そして、この寺に来てからというもの彼女にはかなり世話になっていた。
何から何までお世話してもらって申し訳ないほどである。
明日香「…あの…どこから聞いてたんですか?」
明日香がそう聞くと、そうねぇ…そもそも私がちゃんと調べて学校選んだらみたいなところからかな?と微笑みながら言った。
明日香「…ようするに最初から聞いてたんですね…。」
明日香がそう言って肩を落とすとそうとも言うわねとまたフフッと笑った。
椿「それにしてもそんなことになってるなら言ってよ!」
明日香「…はい?」
明日香が素っ頓狂な声をあげると椿はあら?違うの?と言った。
だから何がですか?と明日香が聞く。
すると椿はまた爽やかな笑みを見せて言った。
椿「彼氏と会えてよかった〜あぁこれって運命…?みたいなこと言ってたじゃない。」
明日香「はぁぁ!!?」
明日香はそれを聞いた瞬間、一瞬のうちに顔が真っ赤に染め上がりバッと立ち上がった。
明日香「わ、私は別に遼なんかのこと何とも思ってないんです!!!ってか彼氏じゃないです!!!」
ハァハァと息を切らして明日香がそう言うのを見て椿は三度爽やかな笑みを見せて照れちゃって可愛いと言った。
明日香「て、照れてなんか…!」
椿「はいはい。それより立てるようになったんなら父さんがあなたのこと呼んでたわよ?早く外に来いって。」
なんか軽くあしらわれた気がして腑に落ちなかったが、これ以上弁解しても聞いてくれそうにないので早く外に行くことにしようと明日香は思った。
だが去り際に…
椿「頑張ってね!彼氏もあなたがレベルアップすることを願ってるわよきっと!」
この言葉を聞いて明日香は転けそうになりながら、だから彼氏じゃなーーい!!と反論した。
今中「遅いっ!!何をしとったんじゃ!!…ん?顔が赤いが風邪でも引いたか?」
明日香「な、なんでもないです!さぁ練習練習…。」
明日香の慌てっぷりに今中は疑問を抱いたが、本人が何もないと言ってるのだから追求する必要はない。
今中「では、今からこの弓矢をあの大きな岩に当ててもらう。」
今中はそう言っておよそ30メートルぐらい先の大きな岩を指差した。
その岩には弓道の的みたいなのが色ペンで描かれていた。
明日香「この弓矢を…あの岩の的に当てるんですか?」
今中「そうじゃ。お主に出来るかの?」
明日香「こんなの!簡単ですよ簡単!」
明日香は自信満々に胸を張って今中から弓矢を受け取った。
明日香「(フフッ楽勝楽勝!こんなの槍投げと同じ要領でしょ?陸上部の時にたまにやってたんだから!)」
そんなことを考えている間に今中に早く投げるように促された。
明日香はわかってます。と答えて、勢いよく弓矢を投げた。
だが…
明日香「あ、あれ〜…?」
勢いよく投げた弓矢は思ったところと全く違うところに飛んでいった。
明日香「えぇ!?なんで??私はちゃんとあの的に向かって投げたのに!!」
明日香がそう叫ぶと後ろからフォフォフォッ!!という聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。
今中「お主はちゃんと腕の力が伝わってないんじゃよ。勿論、これはボールを投げたときも同じじゃ。」
今中はそう言うとおもむろに弓矢をもう一本取り出して明日香と同じフォームで的に向かって弓矢を投じた。
明日香「!?」
弓矢は真っ直ぐ的に向かっていき見事に真ん中に突き刺さった。
今中「どうじゃ。ちゃんとしたフォームで放ればああやって弓矢は真っ直ぐに行くのじゃ。」
明日香「…………」
明日香は未だに唖然として今中の姿を見ていた。
この寺に来て、初めて見る今中の凄さであった。
明日香「どうやったら…」
今中「??」
明日香「どうやったら…あんな綺麗に投げれるようになるんですか?」
そう言った明日香の目はもう今中の投げた弓矢の残像しか残っていなかった。
今中「…それを教えるのがわしの仕事じゃわい…。」
今中はそう言ってニヤリと笑った。
黄瀬「あっち〜…。夏はこれだから嫌いだ。」
黄瀬が最近まで高校球児とは思えない台詞を言っていると看護婦が今日の昼食を持ってきた。
黄瀬「飯…。」
看護婦「あら?お腹空いてない?」
黄瀬「いや…なんか夏バテ気味っつうか…。」
看護婦「…あのねぇ。クーラーガンガンの個室にいて夏バテはないでしょう?」
看護婦はそう言うと、おもむろにテレビをつけてこう言った。
看護婦「ほら!高校球児でも見て元気出しなさい!」
そう言われて黄瀬はテレビの方を向いた。
黄瀬「……なんでこのタイミング?」
そのテレビ画面に映し出されていたのは、初日第二試合の組み合わせであった。
一塁側 星光学園(静岡)
三塁側 帝琉大付属高校(東東京)