徳川「……さぁ行くか。」

徳川がそう呟いた時に帝琉大付属高校のキャプテン桐生がそろそろベンチ前に並べと号令をかけた。

一方の星光学園はすでにベンチ前に並んでいて試合開始を今か今かと待ち望んでいた。

矢月「…………」

徳川「…………」

両者は無言で睨み合う。

そして、両チームのキャプテンが「行くぞー!!!」というかけ声をチームメートにかけた。

すると、両チームの全選手がオォー!!!!と言ってホームベース付近まで走ってきた。

ホームベースを挟んで向き合った両チームは互いに礼をして後攻のチームが守備につくために各自、自分のポジションに散っていった。





先攻 帝琉大付属高校(東東京)

1 吉良 中 (3年生)
2 城 遊 (1年生)
3 徳川 二 (1年生)
4 狩野 一 (1年生)
5 榎本 左 (3年生)
6 藤間 右 (1年生)
7 宇久 三 (2年生)
8 田浦 捕 (3年生)
9 桐生 投 (3年生)

後攻 星光学園(静岡)

1 宋 捕 (3年生)
2 金井 中 (3年生)
3 矢月 投 (2年生)
4 木暮 三 (2年生)
5 福石 一 (3年生)
6 斉賀 左 (3年生)
7 鈴川 二 (3年生)
8 川崎 右 (3年生)
9 小林 遊 (3年生)





『プレイボール!!』

今日の主審山崎さんが高らかにそう叫ぶと球場からサイレンが試合開始の合図として鳴り始めた。

そして、マウンド上の投手はサイレンが鳴っている間に第一球を投じた。

バシィィィ!!!

『ストライーッ!!!』

まずはど真ん中のストレートから入ってきたのはやはり性格であろうか。

徳川はベンチでこの球を見てそんなことを思っていた。

マウンドにいるのは矢月悠生。

そんじょそこらのピッチャーとは違う。

今日は真剣にやらねぇと早々簡単にはいかねぇなと徳川は感じていた。

矢月「…しっ!」

矢月の投じた二球目もミットの破裂音が球場に響き渡った。

吉良「(…148kmか…。)」

帝琉大付属のトップバッター吉良は一度打席を外して2、3回素振りをする。

そして、もう一度バッターボックスに入って矢月の球に備えて構えた。

矢月は三度ゆっくりと振りかぶり脚を上げて左腕をおもいっきりしならせた。

ギンッ!!

そのボールに何とか吉良は当てたが、ボテボテのセカンドゴロに倒れた。

矢月「(…やはり帝琉のトップバッターともなると簡単に三振はとらしてくれない…。)」

矢月はそう確信すると、また兜の緒を締め直すようにギュッと左拳を握りしめた。

そして、帝琉大付属の二番打者城猛がバッターボックスへと入った。

城「矢月先輩お久しぶりです〜!」

城は打席に入るなり、矢月に頭を深々と下げて挨拶した。

矢月「おぅ…。誰かさんとは大違いだな…。」

矢月はそう言いながらネクストバッターズサークルにいる"なってない"後輩をジトーッと見た。

当のネクストの後輩は口笛を吹きながら完全に目線を逸らしていた。

矢月はったく…と言いながらバッターの城に意識を集中させた。

城は背丈は低いものの独特の振り子打法から絶妙のバットコントロールでしぶといヒットを打つ印象がある。

投手からしてこんなにも嫌な二番打者はいないだろう。

そういう長所が消えていないからこそ、名門・帝琉大付属高校で一年生からレギュラーなのだろう。

矢月「(…ここは細心の注意を払って…。)」

矢月のオーソドックスで綺麗なフォームが始動しはじめる。

そして、左腕がしなった。

そのボールの行き先は…

矢月「(一番無難なアウトロー…!)」

しかし、そのボールはミットに吸い込まれずバットの先端がボールを捕らえた。

矢月「うっ…!」

そのボールは一二塁間を地を這うように破っていった。

『ナイスバッティン!!城!!』

チームメートからそんな言葉が飛ぶと城はヘルメットの鍔に手を当てて軽く会釈した。








黄瀬「…相変わらず上手い。矢月さんのアウトローのストレートをあんな風にヘッドを返さずに素直に打ち返すとは…。」

黄瀬は病院の食事に一切口を付けず、テレビに釘付けになっていた。

看護婦「あ、あのさ〜…?黄瀬君?」

そんな看護婦の声も全く聞こえていないようで、まばたきすらせずテレビから映る野球を目に焼き付けていた。

そんな様子の黄瀬を見て看護婦は小さな声でご飯も食べてほしいんだけど…と言ったが勿論、そんな声も一切黄瀬の耳には届いていなかった。








甲子園の雰囲気が一気に変わる。

やはりこの男の持つオーラがそうさせるのだろうか。

アナウンス『三番…セカンド、徳川君』

三塁側アルプス席からワァァァ!!という大歓声が聞こえてきた。

一年生にしてこの存在感。

やはり徳川大輝という男は特別なのだろうか。

徳川はそんな大歓声を一切気にせず左投手の矢月に合わせて右打席に立った。

徳川「……………」

徳川の特徴でもある赤みがかった髪がヘルメットの横から少し毛先が出ている。

そんな徳川に矢月は恐怖さえ覚えた。

矢月「(…こいつ…中学の時からさらに進化してやがる…!!)」

矢月は徳川の鋭い目つきを見るだけで背中から嫌な汗が流れていた。

徳川「……………」

徳川はあのミスタープロ野球長嶋茂雄の打撃フォームに酷似しているフォームで矢月の投球に備えた。

矢月はその構えに対してまた嫌な汗が出たが、またアウトローへと速球を投げ込んだ。

カキーーーン!!!!!

矢月「な、何!?」

しかし、またこのボールはミットに入ることなく打ち返された。

真芯で捕らえた打球はまるで火の玉のごとく強烈な打球だったが…

バシィィィ!!!!

徳川「…………」

城「マジですか〜…。」

ボールはファーストの福石のグローブに入っていた。

そして、そこは一塁ベースの上だった。

『スリーアウッ!!チェンッ!!!』

福石「ふぅ…なんちゅう打球を打つんだ…。」

福石はおぉ…痛ぇ。と言いながらベンチに帰っていった。

しかし、当の本人達はまだ一歩も動こうとしなかった。

矢月「…………」

徳川「…………」

二人の間に一瞬の間があった後、徳川が沈黙を破った。

徳川「…まずは挨拶代わりですよ…。」

矢月「…!!」

矢月は驚いて徳川を見ると徳川はすでにベンチへと帰る途中だった。

その背中にお前と俺とは別次元なんだと言われている気がした…。

矢月「(…あいつ…わざとファーストライナーを…?)」

そう考えた瞬間、徳川がこっちを向いてニヤッと笑った。

矢月は背中が凍ったような悪寒に襲われた…。

そんな白熱の戦いがここ阪神甲子園球場で行われている時、この人はというと…







明日香「それーー!!!!」

おもいっきり投げた弓矢は岩の的をわずかに外れて後ろの藪に消えた。

明日香「あぁーー!!!もうっ!!惜しいぃ…。」

明日香は弓矢が外れて地団駄を踏んでいた。

そんな明日香に寺から椿が声をかけてきた。

椿「まだ練習してるの〜?」

ご飯出来てるのに〜とお約束になった爽やかな笑顔を浮かべてそう言った。

明日香「あぁ…もうちょっとやろうと思って…。」

そう言われた明日香は額の汗を拭いながら椿の方を見た。

椿「ふ〜ん…熱心ね。何か今、高校野球やってるわよ〜。」

明日香「高校野球…?私、見るのは興味ないんです。野球始めたのだって強引に…」

椿「でもあなたの地区の高校じゃないの〜?星光学園って?」

椿のその言葉を聞いて弓矢を投げようとしていた明日香の動きが止まった。

明日香「…星光?」

椿「そうよ〜。確かね…高校の名前は長いから覚えてないけどバッターは武将みたいな名前だった!」

明日香「武将…?」

明日香は椿の方を見て首を傾げた。

そして、ある考えが頭をよぎった。

明日香「……徳川!?」

明日香は弓矢をその場において寺に向かって走り始めた。

そして、テレビのある居間に飛び込んでくる。

今中「な、なんじゃ!?急に入ってきおって!」

そこには煎餅を頬張りながらテレビ観戦している今中がいた。

明日香「あぁぁぁ!!!私がお菓子食べようとしたとき、絶対駄目だって言った癖にぃぃ!!!」

明日香の怒りが爆発しかけということを今中は察知し、「そ、そんなことよりお主試合を見に来たんじゃないのか!」と叫んだ。

明日香「あっ…そうだった。」

明日香はそう言うと、テレビの前に正座した。

何とかごまかせた今中はほっ…と一息ついてお茶を一口飲んだ。

明日香「こ、これって…!」

明日香がテレビを見た時、二回目の宿命の対決が行われようとしていた。