全国高等学校野球選手権大会の一回戦。
夏の暑い日差しが降り注ぐ中、選手達はグラウンドを走り回っていた。
そのグラウンドでは日差しの暑さだけでなくプレーの熱気にも満ちていた。
その甲子園球場の中心には背番号10が立っている。
彼の名は桐生拓真。
帝琉大付属のエースであり、キャプテンでもある。
桐生「…っし…!!」
バシィィィィィ!!!!
『ストラックアウッ!!!スリーアウッチェンッ!!!!』
桐生「っしゃぁぁぁぁ!!!!!」
桐生は大きくガッツポーズして雄叫びを上げた。
グラウンドには整備をしにスタッフが出てきてとんぼでグラウンドの土をならしている。
その間、徳川はベンチの後ろの方で考えていた。
徳川「(…あの3つの窪み…。)」
グラウンド整備が続く中、徳川はまるで考える人みたいに手を顎に添えてずっと顔を歪ませていた。
城「…なぁ…徳川のやつ何を考え込んでるんだ…?」
狩野「俺に聞くな…。中学時代からあいつの考えてることは俺達一般人じゃわかんねぇさ…。」
そう答えた男は顔をしかめてベンチに座った。
この男の名は狩野亮介。
この帝琉大付属高校の四番を一年生ながらつとめている強打者である。
狩野と城、そして徳川は中学の同級生。
三人はシニアでも同じチームに所属していたこともあり仲が良かった。
狩野「あいつは本当に何考えてんのかわかんねぇ…。」
狩野は徳川を流し目で見てそう言った。
城「理解できないって言えば、遼ちんどうしてんのかな?」
狩野「…その呼び方、また遼太郎のやつに怒られるぞ…。」
だって遼ちんは遼ちんじゃんと憎めない笑顔で城は言った。
狩野「ったく…。まぁあいつはあいつでどっかで頑張ってんじゃねぇか?」
藤真「静岡県の夕陽ヶ丘高校。」
狩野&城「えっ?」
狩野と城がその声がした方をパッと振り向くとそこにはアイドル並の容姿をしている青年がグローブを念入りに手入れしてた。
狩野「知ってんのか?藤真。」
藤真「あぁ。徳川に聞いた。」
藤真がそう言うとへぇ〜…徳川が…と狩野と城は徳川の顔を見た。
狩野「徳川ってホントそういう誰も知らないこと知ってるよな…。」
城「そりゃそうでしょ…。まだあの大量のデータ資料持ち歩いてるぐらいだし…。」
狩野のマジで!?という声を尻目に藤真はずっとグローブの手入れをしていた。
桐生「おい…。藤真。」
そんな藤真に帝琉大付属のキャプテン桐生が近づいてきて声をかけた。
桐生「お前、さっき投球練習始めてたな…。」
藤真「はい…。」
桐生「俺が崩れる前に準備しとこうってか?」
桐生はそう言って藤真の横にドカッと座った。
藤真「いや…そんなつもりは…。」
桐生「いやいいさ。どうせ俺はバテて打たれるさ。」
桐生はそう言うとフッと笑ってベンチ裏へと姿を消した。
藤真「………………」
彼は藤真優という少年である。
背番号は1。紛れもない帝琉大付属のエースナンバーである。
彼も中学時代、徳川達と同じシニアに所属していた。
そのシニアでもエースとしてマウンドにあがり相手打線に恐れられていた。
城「なんだよ。また桐生さんに嫌味でも言われたのか?」
城がそう言うと、藤真はいや…と言って首を横に振った。
藤真「別に嫌味じゃないよ…。ただ準備しておけよっていう注意だけさ…。」
それを嫌味ったらしく言われたら嫌味になるんじゃないのかよと狩野は思ったが、今の藤真に何を言っても聞かないと思ったので城は何も言わなかった。
そんなことをしている間にグラウンド整備が終わり、さらには自軍の攻撃も終わり、帝琉ナインがグラウンドに散っていった。
その様子を見て徳川も急いでグローブを手にセカンドの守備位置に小走りで駆けていった。
谷口「(…そろそろ仕掛けるか…。)」
星光学園の監督谷口繁はここが勝負の仕掛けどころだと確信していた。
谷口「(ここまで新チームになってからの帝琉大付属の戦績は二十戦して十九勝一敗。唯一一敗したのは三年生投手桐生が完投した試合のみだ。他の試合は七回からは全て一年生の藤真が出てきている。)」
谷口は視線をライトの藤真の方へ向けてまた頭の中で考えだした。
谷口「(あの一年生がどのようなピッチングをするかはまだわからないがここまでの試合終盤三イニングながら十九試合で僅か一失点。このデータから点をとるのは容易ではないということになる。)」
谷口は今まで腰を下ろしていたベンチからゆっくりと立ち上がりつけていたサングラスを外した。
谷口「(この回、桐生投手が投げている間に点をとる!一点でもとればうちは逃げ切れる。)」
谷口は大きく深呼吸をし、キッと視線を鋭くさせグラウンドを見つめた。
『六回裏星光学園の攻撃は…一番キャッチャー宋君』
谷口「(幸運にもうちはトップバッターから…。宋頼むぞ!)」
バッターボックスに向かうキャプテンの後ろ姿を見て谷口はそう呟いた。
当の本人、宋も谷口と同じことを考えていた。
宋「(勝負はこの回だ…。この回に点をとらないと必然的にこちらが不利になる。)」
そんなことを思われているとは思わず桐生は一球目を投じた。
ボールはアウトコースギリギリに到達したがストライクゾーンからは少し外れた。
宋「(ノーワン…。)」
宋はここでタイムをとり素振りを二、三回行ってもう一度バッターボックスに入った。
宋「(今のは敢えてボールから入ったのか、それともストライクをとりにきて外れたのか…。もし後者ならそろそろ握力が落ちてきてコントロールが乱れだしたと考えられるが…。)」
そんなことを考えながら宋は二球目も見送った。
その球は今度は高めに大きく外れた。
桐生「(くそっ!)」
宋「(よし!間違いない。スタミナが切れてきたんだ。)」
宋はそう確信すると、バットをしっかりと握りなおした。
宋「(バッテリーにとってここで一番嫌なのは四球だ。ツーボールのこの状況なら必ずストライクをとりにくる…。そこを狙う!!)」
宋はそう思いながら大きく構えた。
桐生はランナーがいないながらもセットポジションから三球目を投じた。
その球は宋の思惑通りど真ん中へ向かって進んできた。
宋「(よし!)」
宋はその球を迷わず振り抜いた。
カキィィィィン!!!!!!!
桐生「!?」
打球は甲高い金属音を残しながら左中間を真っ二つに破った。
その打球を処理して内野に戻ってきた時にはすでに宋は三塁に楽々到達していた。
ウワァァァァァァ!!!!!!!
アナウンサー「星光学園六回裏の攻撃!!先頭宋君のスリーベースヒットでノーアウト三塁!!!!」
球場の割れんばかりの歓声をうけて宋は三塁ベース上で大きくガッツポーズした。
谷口「(よし!!来たぞこちらに流れが!!)」
谷口は小さくガッツポーズをして二番金井に初球フルスイングのサインを出した。
谷口「(ここで一気に攻め立てる。)」
桐生は滴り落ちてくる汗を拭いながらキャッチャーからのサインを待った。
キャッチャーからのサインは…
桐生「(インコースにストレート…。)」
桐生はすぐに頷いて三塁ランナーを目で牽制した。
そして脚があがりボールを投じた。
桐生「くっ…!」
しかし、桐生のボールは意図したコースとは全く逆に進んだ。
そのボールを金井はおもいっきり引っ張った。
ボールは遥か高くにあがったがポールの僅か左を切れていった。
金井「(ふっ!俺が二番だからって舐めたら痛い目に合うぜ!)」
金井は鋭いスイングをしてもう一度構えた。
一方、桐生はいまだにボールが消えていったレフトポール際を見つめていた。
桐生「…ふぅ…。」
桐生は溜め息をした後、タイムと審判に告げ、ライトに向かって手を振った。
藤真「えっ…?」
手を振られた藤真は疑問視しながらも小走りでマウンドに向かった。
藤真「あっ痛っ!」
マウンドに向かった藤真は桐生に頭をグローブでバシッと叩かれた。
藤真が何するんですか…と言うと桐生は藤真に指をさして大きな声で言い放った。
桐生「後は任せた!!」
藤真は目を丸くしてキョトンとした後、えっ?と疑問の声をあげた。
藤真「ど、どうして急に…。」
桐生「じゃあ逆に聞くが、俺が投げていて抑えられると思うか?」
藤真「そ、それは…。」
藤真が俯きながら回答に困っていると桐生は藤真の背中を叩いてそういうところがムカつくんだよと言った。
藤真があまりの痛さに背中をさすっている中、桐生はこう告げた。
桐生「お前はムカつくが…投手としては優れてるんだ。俺は投手という前にキャプテンだ。どんなことがあってもチームを優先させる。」
桐生は藤真の目を見てそう言った。
藤真「…………わかりました。」
そして、藤真の目の色が変わり桐生からボールを受け取った。
桐生はやっぱりムカつくぜ…と言ってベンチへと姿を消した。
『ピッチャー桐生君に代わって林原君が入りライト。ライトの藤真君がピッチャー。六番ピッチャー藤真君。九番ライト林原君。以上に代わります。』
谷口「想像以上に早かったな…。」
マウンド上で投球練習を行っている藤真を見て谷口はそう呟いた。
谷口「矢月。確かお前はあいつと同じシニアだったな。やつの弱点は?」
谷口にそう言われると矢月はネクストからこう言った。
矢月「…弱点っすか…。」
矢月は少し溜め息をついてから、断言した。
矢月「今んとこ…ないっすね…。」
藤真「よし…!!行くぞ!!」
藤真は投球練習を終えてセットポジションをとった。
金井「(へっ…いくらエースでもたかが一年生。打ってやるぜ!!)」
金井は自信満々に構えた。
しかし、ボールは藤真の右腕がしなった瞬間、ミットに到達していた。
金井「はっ…?」
『ストラーイッ!』
金井はすぐにスコアボードを見る。
そこには140の文字が浮かび上がった。
金井「(ひゃ、140km…?)」
金井は三球目もまるでタイミングが合わず呆気なく空振り三振を喫した。
金井は首を傾げながらベンチに帰ってきた。
帰り際に次のバッターの矢月に金井は声をかけた。
金井「球速表示よりかなり速いぞ。それだけだ…。」
金井にそう言われて矢月はバッターボックスに向かった。
矢月「(速い…?そんなことよりこいつにはもっと恐ろしいことがあるぜ…。)」
矢月はバッターボックスで足場を固めて藤真の方に正対した。
藤真「(矢月さんか…。よし…!!)」
藤真はランナーがいるにも関わらず大きく振りかぶって腰を大きく捻った。
そしてボールはアウトコースギリギリに決まった。
矢月「(やはり…フォームは素晴らしいバランスをしている。)」
谷口「トルネードか…。」
そう。
藤真のフォームは元メジャーリーガーの野茂英夫氏(元ドジャース)を彷彿させる豪快なトルネード投法であった。
矢月「(だが…お前の"ストレート"なら打てる…!!)」
カキィン!!!!!
藤真「………」
『ファールボール!!』
その瞬間、星光のベンチ、応援席から溜め息のようなものが漏れた。
矢月「(ちっ…。引っ張りすぎた…。)」
矢月がもう一度構えた時、藤真は何かを決心したようにベンチにブロックサインを送っていた。
それを見て、帝琉のベンチから伝令が出てきて審判に選手の交代を告げた。
『帝琉大付属高校、選手の交代をお知らせします。キャッチャー田浦君に代わりまして徳川君がキャッチャー。キャッチャーの田浦君がセカンドに入ります。』
矢月「(徳川がキャッチャー…?)」
矢月の疑問をよそに徳川は一旦ベンチに戻り、防具をつけてグラウンドに出てきた。
そして、一言二言藤真と話した後、キャッチャーボックスに歩いてきた。
矢月「投球練習はいいのか…?」
矢月の言葉を聞き、徳川はフッと笑って吐き捨てるように言った。
徳川「どうせ…一球で終わりますよ。矢月さんは…。」
矢月「…………」
矢月はこの時確信した。
"あの球"が来ると…。
藤真はまたおもいっきり腰を捻ってボールを投じた。
矢月「(やはり同じ高めに放ってきた。)」
ボールは高めに向かって進んでくる。
矢月「(そして、ボールはここで浮き上がる…!!)」
矢月の思った通り、ボールは急激に浮かび上がった。
矢月「(捕らえた…!!)」
矢月はボールの軌道を読んで完璧に捕らえた…はずだった。
バシィィィィィィン!!!!!!!!!!!
矢月「そんな…バカな…!」
ボールはミットにきっちりと収まっていた。
徳川「(これがうちの"真の"エース藤真優。そしてこれが魔球"サンライズボール"だ。星光学園さん…?)」