アナウンサー「三振ーーー!!!!!帝琉大付属一年生の藤真君の球に星光の主砲木暮も歯が立ちません!!!!」

木暮はボールがミットに突き刺さった後、微動だにせず唖然としていた。

木暮「な、なんだ…?今の球は…。」

一方の藤真、徳川バッテリーは早々とベンチへと姿を消していた。

城「優!ナイスピー!」

狩野「流石藤真だな。」

チームメートから賞賛の声があがる中、藤真はニコリとしただけで目の色は戦闘態勢を崩していなかった。

徳川「(藤真は流石だな…。全く油断してない。勝って兜の緒を締めよっていう言葉はこの藤真には不必要だな…。)」

徳川は防具を外しながらそんなことを考えていた。

徳川「(これで守りの方は当分心配はないな…。やはり問題は…。)」

徳川はマウンドで躍動する元先輩の姿を目に焼き付けていた。

矢月「(打つ方は当分は期待できない…。こうなったら十回でも二十回でも投げきってやる。)」

まぁ十五回で終わりだけどな…と自分で自分にツッコミを入れてもう一度気合いを入れ直した。

矢月「よっしゃっ!!!!来ーーーい!!!!」

矢月はそうやって大声をあげてワインドアップモーションに入った。

狩野「なぁ…。矢月さんってあんなに叫びながら放ってたっけ?」

徳川「…さぁな?」

徳川はそう適当に相槌を打って尊敬する先輩であり、強力なライバルである者が仁王立ちしているマウンドの方に目を向けた。

???「か〜っ!暑ぃぃぃ…。ったく…なんで俺たちが偵察なんだよ…。こんなもんベンチ外の一年にでもやらせときゃいいんですよ…。」

???「和喜…。前にも言ったと思うが選手の真の実力というのは…」

???「わかってますよ。自分の目で見ないとわからない…でしょ?わかってますけど何も俺達だけで来ることないでしょうよ…。」

そんな声が聞こえるのはバックネットからである。

そこには銀傘と呼ばれる甲子園の屋根のようなものが造られており夏の暑い日差しを遮っている。

その銀傘の真下にこの二人は陣取っていた。

この二人を見て俄かに周りが騒いでいる。

そんなざわめきも無視して淡々と会話を交わしているところを見てもこの二人ギャラリーに慣れているのだろう。

???「だからって全員で来る必要もないだろ。お前は少しは進を見習ったらどうだ。」

またキャプテンの小言が始まった…とげんなりしたもう一人の少年は肩をすくめて帽子の鍔を下げた。

???「聞いてるのか!!和喜!!」

和喜と言われた少年はビクッとして怒鳴った少年の方を見た。

金田「いや、だって…ほら!周りの目もありますしね?ね?」

和喜こと金田和喜(かねだかずき)がそう言うともう一人の少年は一瞬たじろいだ後、ふぅ…と一つ溜め息をついて前を向き直した。

金田「大体、帝王も西強も俺達が偵察なんですよ?ちょっとぐらい誰か他の人が行ってほしいっすよ。」

金田はそう言うと、う〜んといったん伸びてから肩を二、三度ポンポンと叩いた。

そんな金田の様子を見てまた大きく溜め息を吐くもう一人の少年。

この少年を指差して周りの客が騒ぎ出した。

『ね、ねぇ…!!あれって…!!』

『間違いねぇよ!!蒼嶺だ!!あかつき大付属のエース蒼嶺だよ!!!』

ヤバい…。

本能的に身の危険を感じた。

蒼嶺「悪い…和喜。後は頼んだ!!」

金田「えっ!?ちょっと!!キャプテン!!!!」

金田がそう叫んだ時にはすでに蒼嶺はその場にいなかった。

なんという逃げ足の速さだろうか…。

金田「(…自分が進先輩を見習ったほうがいいんじゃねぇのか…?)」

蒼嶺が去っていった通路に目をやりそんなことを思った後、グラウンドに目を向けた。

金田も蒼嶺の言うことを全て煙たがっているわけではない。

特にさっき言ってた真の実力というのは自分の目で見ないとわからないというのはよくわかる。

金田「(特に…あの星光学園のピッチャー…。)」

正直、舐めていた。

いくら凄い凄いと言っても去年の投手達に比べればたいしたことないんじゃないかと思っていた。

去年は好投手が勢揃いの高校野球だった。

うちの猪狩さんや帝王実業の山口さん、アンドロメダ高校の大西さん、西強高校の土方さん、それに二年生だったが諏訪学園の氷神さん、笹川高校の久坂さんなどかなりの好投手が現れた。

そんな中の一人が星光学園のピッチャー矢月悠生だった。

金田「去年はそんなに目立たなかったが…。」

正直、そんなに警戒していなかったが静岡代表星光学園…。

金田「(要注意だぜ…。)」

だが、帝琉が負けるとも思わない。

あかつきと帝琉の新チームになってからの戦績はあかつきの一勝一敗。

前回に書いた帝琉の新チームでの一つの負けはあかつき大付属に喫したものなのである。

あかつきと帝琉は長年ライバル同士でどちらも西東京、東東京では敵なしである。

金田「(特に今年は帝琉の戦略が大幅にアップしたからな…。早くあいつを育てねぇと…。)」

金田はそう決意して試合に集中力を注いだ。

その試合は投手戦の様相を呈していた。

星光の矢月は雄叫びをあげながらの力投で帝琉にランナーを許すもののホームを踏ませない。

一方、帝琉の代わったピッチャー藤真は絶妙のコントロールと浮き上がる真っ直ぐを武器にバッタバッタと星光強力打線を抑えていく。

そして、向かえた八回裏。

この回も簡単にワンアウトを奪われ、打順はトップに帰ってきた。

『一番、キャッチャー宋君』

宋は意を決したような精悍な顔つきでバッターボックスへと向かった。

思えば、ここまでこれたのも矢月が投げてくれたおかげだった。

一年後輩のやつだけにおんぶに抱っこじゃ例えこの試合に勝てたとしてもこの先勝ち抜いてなんかいけない。

宋「(必ず打つ!!!!!!!)」

藤真の上半身が捻れていく。

独特のトルネード投法は意外にも気にならなかった。

いや気にならなかったのではなく視界に入ってこなかった。

ボールに…その白球だけに集中していたのだ。

宋「(勝つのは…俺達だ!!!!)」

ガギ!という鈍い音が鳴り響いた。

明らかに詰まった音だが打球は意外に伸びていく。

そんな打球を見てセンターは急いで後方に走っていく。

徳川「もっと打球伸びるぞ!!!バック!!!!」

キャッチャーの徳川の声が木霊した時にはもう打球はフェンスの金網のところに到達していた。

宋「しゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

星光アルプス、そして球場全体から地鳴りのような大歓声が雄叫びをあげている宋に向けられた。

一死三塁。

正直、打たれるとは思っていなかった。

徳川「すまん…。俺のリードミスだ。あのバッターが初球から振ってくるっていうのをすっかり忘れてた…。」

徳川がマウンドに行って藤真にそう言うと藤真はクスクスと笑いはじめた。

徳川は何がおかしいのか全く理解できないのか首を傾げた。

徳川「…何がおかしいんだ…。」

藤真「いや…だってお前が"忘れてた"だなんて初めて聞いたからさ…プッ!」

徳川「!?」

そう言われてみたらそうだ…。

今まで俺が一度だってデータが頭からとんだことがあったか…?

………ふっ…どうやら自分でも気づかない間に必死になってたみたいだ…。

徳川「…悪い。お前の言うとおりだ。今日の俺は少しおかしい。」

藤真「いや全然悪くない。むしろ良かったぜ。」

徳川「…どういうことだ?」

藤真「だってお前も普通の人間なんだなと思ってさ。」

徳川「…人のことどういう風に思ってたんだ。」

藤真「ふっ…。とにかくお前も人間なんだってわかっただけでも収穫収穫!さっ帰った帰った!」

藤真は徳川の肩をポンポンと叩いてそう言った。

藤真「なぁ…徳川。」

徳川「なんだ…?」

藤真「大分前に俺が言ったよな…。"そんな野球で楽しいか?"って…。」

徳川「………………」

藤真「徳川、野球楽しいか?」

藤真は眩しい笑顔で徳川にそう言った。

徳川「…さぁな。」

徳川は少し笑みをこぼして藤真にそう言った。

藤真はその返事をうけて満足したのか大きく頷いてニヤリと笑った。

『二番、センター金井君』


徳川「(一死三塁…。外野フライでもボテボテの内野ゴロでもスクイズでだって一点が入る…。もちろん、バッテリーエラーでもだ…。)」

徳川は右バッターボックスに入った金井をジッと見た。

徳川「(やはりここはバットに当てさせては駄目だ…。)」

徳川は高めにミットを構えた。

そして、藤真の決め球のサインを送った。

藤真はそのサインに大きく頷き、そしてゆっくりと腰を捻っていった。

そして、鋭く右腕がしなった。

バァン!!!!!!!!!!!

『ストライーッ!!!!』

金井「(う、浮いた!?)」

バッターの金井はその驚愕の現実を受け入れるためにボールが入ったミットを見つめた。

徳川「(やはりこの球は誰にも当たらない…。)」

あの神下ですらこのサンライズボールは打てなかったんだ。

読者の皆さんはもう気づいているかもしれないが、サンライズボールは決して本当に上空に変化していってるわけではない。

ボールというのはミットに進んでいくにつれ、減速していく。

故に重力に伴って落ちながらミットに到達する。

よくプロ野球で150kmという表示がされることがある。

これは決してミットに到達する時の速さではない。

この球速表示はボールが手からリリースされた瞬間のスピードである。

テレビで野球を見ている時、解説者がこんなことを言っているのを聞いたことがないだろうか?

『速いですけど空振りがとれないですね。』

これは要するにボールがリリースされた瞬間、つまり球速表示で出る球速である初速とミットに到達する時の球速である終速の差がかなりあるということである。

話を戻すと藤真のサンライズボールはこの初速と終速の差が恐ろしいほど少ないというのがボールが伸びて見える秘密である。

何故、ボールが伸びて見えるか…。

その答えは単純明快。

下に落ちないからである。

人間は下に落ちるのが普通と頭から考えているので下に落ちないで真っ直ぐミットに到達すれば目の錯覚により伸びて見えるのである。

このストレートをプロ野球で確認するなら、阪神タイガースの藤川球児投手の真っ直ぐを見れば一目瞭然だろう。

恐らくテレビ画面からは上に変化しているように見えるだろうが、横のカメラから見た時には真っ直ぐミットに向かっているはずだ。

藤真のサンライズボールは初速が140km、終速が139kmという恐ろしいボールなのでかなりボールが変化したように錯覚を起こすのである。

ドバシィィィィン!!!!!!!!!!!

『ストライーッバッターアウッ!!!!!!!』

金井「!?」

三球連続サンライズボール。

金井は3つ全てスイングしたがバットにかすりもしなかった。

藤真「っしゃ!!!!!!!!!!!」

徳川「(この球は完全無欠だ…。もし当たったとしても前に飛ばすには上から叩かなければならない…。そんな芸当が高校野球ではほぼ不可能だ。)」

『三番、ピッチャー矢月君』

徳川「…」

矢月「…」

今日四度目の対決…。

徳川「(…矢月さん悪いがサンライズボール三球連続で終わりだ…!)」

徳川は初球またも高めにミットを構える。

そして、これまたまたも腰を大きく捻って送り出されたボールはバットをかいくぐってミットに到達していた。

『ストラーッイ!!!!』

矢月「っ!!!?」

矢月はボールが入ったミットを凝視して再び藤真の方を正対して構えた。

徳川もこの回五度目の同じサインを藤真に出し、藤真がそれに頷いた。

そして、またもボールは鋭く自分にぶつかる金属の棒を見事にかわしミットに破裂音をもたらした。

徳川「(よし…!!やはり当たらない!!勝った!!!!)」

…………………。

無。これが無なのだろうか?

今までこんなに集中したことはなかった。

ここまでボールだけに集中したことはなかったのだ。

だけど、今…。

間違いなく俺はボールしか見えない。

矢月「(この二球の空振りで球の軌道は読み切った。後は、どうバットを出すか…。)」

だが、そのバットの出す角度が非常に難しい。

こうやってボールがよく見えても、わかったことはボールの軌道とこのボールが如何に凄い球かということだけだった。

矢月「(上から叩こうにもあんな変化で上に浮き上がったら腕が伸びない限り届かない…。)」

読者達にも言った通り、この球は初速と終速の差がほぼないに等しい。

その差がないほどボールは上へと大きく浮き上がったように見えるのだ。

矢月「(…待てよ…。バッターの俺から見てここまでこのボールは浮き上がっているように見える。なのに何故だ…?何故…)」

何故…キャッチャーは捕れるんだ?

矢月「………」

藤真はすでにサインの交換を終えて投球モーションに入っていた。

独特の腰の捻りが今日はいつも以上にゆっくりに見える。

そして、音が聞こえそうなほどしっかりと指にかかりボールが異常な速さでスピンし始める。

このボールのもう一つの秘密。

藤真は通常の投手より三倍多く回転してミットに到達するのだ。

その綺麗にスピンしてこっちに向かってくるボールをしっかりと見て矢月は一歩前へ出た。

藤真「!?」

徳川「(あ、歩いた!?)」

矢月「(キャッチャーがボールを捕れるってことはどのコースに来ても変化幅が一緒ってことだ…!!つまり…。)」

バットの最先端部分が白球を捕らえる…!!

矢月「(変化する場所は常に一緒!!)」

ビリッと一瞬にして両腕に痺れがくる。

しかし、矢月は両手をバットから決して離さなかった。

矢月「ウォォォォォォォォ!!!!!?」

そして、バットを振り切った。








明日香「…………………」

明日香はテレビにかじりつくように正座して映し出されてる画面を食い入るように見つめていた。

そして、何かが爆発したような大きなざわめきは大歓声へと変わり甲子園球場を包んだ。

明日香「……今中さん…。」

明日香はテレビから目を離さず、呟くようにそう言った。

今中「なんじゃ…?」

明日香「私…なりたい…。」

今中「?」

明日香「この球場をこんな大歓声で包めるような…そんな選手になりたい…!!」

明日香はそう言うと眩しいほどの満面の笑みで今中の方を向いた。

今中「!?」

今中は一瞬、驚いたような顔をしてふぅと一息ついた。

今中「(本当に…"やつ"そっくりじゃわい…。まぁ似てて当たり前かの…。)」

今中は小さな声でそう呟くと、最高のパフォーマンスを見せてくれているこの試合のクライマックスを見届けるべく、テレビに目を向けた。







???「……………」

ここ…覚えてる気がする。

確か…

???「商店街…。」

少女は手にグローブとボールを持って商店街の中に入っていく。

???「??」

歩いていく途中、人集りが出来ているところがあった。

店の名前はよくわからないが電気という漢字が見えるので多分、電気屋さんだろう。

その人集りから大きなどよめきが起きた。

そこから『うわぁついに点が入った』とか『なんだあの打ち方!?』など色々な声が飛び交っている。

少女はその人集りに歩みを進めていった。

そして、テレビから映る画面から見覚えのあるスポーツが流れていた。

???「…………や…きゅう…?」

少女から一筋の涙がこぼれ落ちた。