マウンド上で大きく深呼吸して矢月はスコアボードを見た。

そこには0がたくさん並ぶ中、1という文字が一際輝いて見えた。

矢月「勝ってる…。」

そう。

俺達は勝ってるんだ。

後、三人アウトにとれば俺達は勝てるんだ。

確かに去年の夏では、諏訪学園を。

そして、去年の選抜ではこの帝琉大付属を相手のエラーであるが敗った。

しかし、いずれも夏は三回戦で天才投手猪狩守を擁するあかつき大付属に完封負け。

春はベスト4に進んだものの、その春の優勝校柳光学園に10-1の大差で負けた。

矢月「(今年は…今年はいけそうな気がする。)」

徳川や藤真達が加わった今年の帝琉大付属高校は間違いなく優勝候補No.1だ。

その帝琉に勝てば、全国でも強豪の仲間入りが出来る。

矢月「…っし!!!!やってやる!!!」

そう言ってロージンバックをマウンドへ叩きつけた。

桐生「あと一回だ…。」

帝琉ベンチ前では円陣が組まれ、その中心にはキャプテンの桐生がもの凄い形相で佇んでいた。

桐生「…俺達は何だ?」

桐生は全員の目を見てそう言った。

全員は一拍おいて一斉に返答した。

『常勝、帝琉学院大付属高校!!!!』

桐生「そうだ!!俺達はこんな所で負けられないんだ!!同じチームに二度負けるなど絶対に許されん!!行くぞ!!俺達の底力見せようぜ!!!」

『おぉーーー!!!!!!!』

円陣から爆発音のような声があがり各人がバラバラに自分のいつものベンチの位置へと帰っていく。

残ったのはこの回の先頭の城と三番の徳川だけである。

柚木「城君。交代です。」

打席に向かおうとする城に帝琉学院大付属高校の監督柚木はそう声をかけると今度はベンチに向かって声をかけた。

柚木「美馬君?出番ですよ?美馬君?」

柚木はベンチにいるはずの選手に声をかけるのだが全く返答がないのに気づきベンチ内を見渡しはじめた。

しかし、どこを見渡しても目的の人物は見当たらない。

柚木「美馬君!?どこに入るんですか!?」

柚木がそう叫んでいると横にいた藤真があることを思い出して柚木に告げた。

藤真「あの、多分美馬さんならベンチ裏の水道のところだと思います。暑いからここで寝てるわ。って言ってましたし…。」

柚木はこれを聞くと溜め息をひとつ吐いて、じゃあ早く彼を呼んできてください…。と告げた。

ベンチ裏の廊下は意外と冷房が効いていて確かにここにずっといたい気持ちもわかるな〜と思いつつ藤真は美馬を探していた。

藤真「あれ?確かここの水道のところで寝てたはずなのに…。」

これは困った。

ここにいないのならどこにいるかなど検討もつかない。

???「ふぁ〜……」

藤真「!?」

急に欠伸をしている声が聞こえたかと思うと後ろから美馬が欠伸をしながらゆっくりと歩いてきた。

藤真「ちょ、ちょっと美馬さん!何してたんですか!?早く来てくださいよ!!」

藤真が慌ててそう言うが美馬はまだ大きな欠伸をしながらまぁそう慌てんなってと言うとキャンディを口の中に頬張った。

藤真「マジで余裕ないんですって!!早く来てくださいよ!!」

藤真はそう言うと美馬の腕を引っ張ってグラウンドへと連れていった。

柚木「…美馬君代打です。」

ベンチへとやってきた美馬の姿を確認すると柚木はそれだけ告げて前へと向いた。

美馬「…はぁ?」

美馬はスコアボードを見てそんな声を上げてはっはっはっと笑った。

美馬「お前ら一回戦ぐらい圧勝してみろよ?俺抜きでよ〜?」

『な、何だと!?』

『もう一回言ってみろよ美馬!!!』

美馬の一言で帝琉ベンチ内が一触即発のムードになる。

そんなムードの中一年生カルテットはその輪に入らずグラウンドから目を逸らさないでいた。

美馬「…ふん!一年坊主しか頼りにならねぇとは帝琉も堕ちたもんだぜ…。」

美馬はそう吐き捨てるとバットを乱暴に掴んで肩に担ぎ、バッターボックスへとゆっくり歩き始めた。

美馬「…おっと!おい徳川。お前の先輩ちょっとはデキるんだろうな?お前が抑えられてるぐらいなんだから。」

美馬がそう問うと、徳川は鼻で笑い、見ればわかるんじゃないですか?と言い放った。

美馬もその答えを受けてそうかと一言呟くとバッターボックスへ足を踏み入れた。

『二番ショート城君に代わりまして…美馬君。バッターは美馬君。背番号18』

美馬は左バッターボックスに入ると足場をならして矢月の方を向いた。

矢月「?」

審判「君。早く構えなさい。」

審判がそう言うと美馬はまた鼻で笑いこう言った。

美馬「構えてま〜す」

矢月&宋「!?」

矢月や宋が驚くのも無理はなかった。

美馬の構えはトップが異常に低かった。というより…

矢月「(杖代わりに使ってるだけ…?)」

そう。美馬は構えているのではなくバットを杖代わりにして立っているだけであった。

『てめぇふざけんなよ!!』

『最終回だぞ!!!』

普通こういう行為をすれば相手チームから野次が飛んでくるものだが今の場合は自チームから野次が飛んでいる。

矢月「(何を考えているのか知らんが…)」

宋「(一番辛い最終回の先頭バッターをただでアウトにとれるんだ。どちらかというと感謝だぜ。)」

バッテリーの考えは一致していた。

矢月はすんなりとアウトコースのストレートでワンストライクをとる。

美馬「…はぁ?」

美馬は宋を睨みつけ一言言い放った。

美馬「まさかこんな遅ぇ球だけじゃねぇだろうな?徳川を打ちとった球を投げろよ。」

宋「(何?いやそれよりもこいつ…)」

この美馬の声はマウンド上の矢月の耳にも入ってきた。

矢月「(遅い…だと!?)」

宋はスコアボードの球速表示を確認した。

そこにはいつもと変わらない149という数字が表示されていた。

宋「(この球が遅いだと…。はったりだ。もう一度ストレートでいい。)」

宋はこの言葉の真意をはったりと判断し、先ほどと同じサインを矢月に送った。

矢月はそのサインに首を縦に振り、大きく振りかぶった。

『監督!何であんなやつを使うんですか!!』

『そうですよ!!』

帝琉ベンチからそんな声が色んなところからあがる。

そんな声を掻き消すように柚木は語りはじめた。

柚木「…君達も覚えておきなさい。スポーツというのは強いものが全てなのです。人格などは関係ない…。」

矢月の左手から白球が放たれる。

ボールが素晴らしいスピードでミットに向かってくる。

宋「(よし!遥かにさっきの球より速い!!)」

宋が確信して白球がミットに到達するのを待つ。

柚木「…力が全てなのです。」

白球の目の前にあっという間に金属バットが現れる。

宋「!?」

美馬「…言ったろ。遅ぇんだよ。」

ヒャンッ!!!!!!!!!!

まるでバットが見えなかった…。

宋はそんなことが頭によぎっていた。

嫌な冷や汗とともに耳には帝琉側のアルプスからの大歓声が入ってきていた。













黄瀬「…矢月さんのストレートをあんなトップから…。」

信じられねぇ…。

黄瀬が感心しているのを尻目に看護婦はすでに食事を諦め落胆していた。

黄瀬「(美馬竜哉…。何者なんだ?)」

テレビの中の三塁ベース上で胡座をかいている美馬を見て黄瀬はそんなことを思っていた。

黄瀬「ふぅ…。何か飲み物が欲しい…。」

黄瀬は何とか自力で車椅子へと移動し、病室を出て行った。

ちなみに看護婦は未だに私なんて私なんて…と言いながらいじけていた。

黄瀬「確かここら辺に自動販売機が…ねぇな…。」

病院内を探し回っても自動販売機がなかった。

黄瀬「普通…自動販売機ぐらい置いてあるだろ…。」

黄瀬ははぁ…と一つ溜め息をついて車椅子を動かした。

そして、角を曲がって…

ドン!!!

黄瀬「って!!!」

角から走ってきた誰かに痛めている足を強打された黄瀬は珍しく涙目になっていた。

黄瀬「お前!!こっちは怪我人なんだぞ!!しかも複雑骨折だぞ!!複雑骨折!!お前のせいでもっと複雑になってたらどう責任とるつもりだ!!」

と少し理不尽なことを言いつつ強打した張本人に文句を言った。

二宮「す、すいません…。」

黄瀬&二宮「………………」

二人はお互いの顔を見て一瞬の間をおいて叫びあった。

黄瀬&二宮「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

黄瀬「な、何でお前がこんなところに…!」

二宮「お前に関係ないだろ!!!」

二宮はそう言い放って黄瀬の横を通り過ぎていった。

黄瀬「…何だよあいつ…。」

黄瀬はそう呟きながら二宮が走っていった方向を見つめていた。













美馬「おいおい。まさかこんな糞Pを打つのに苦労してたんじゃないだろうな〜。」

『…………………』

三塁ベース上で胡座をかいている美馬を見ながら帝琉ナインは静まり返っていた。

徳川「さぁ…行きましょうか。この回一気にひっくり返しましょう。」

徳川の言葉に賛同するのは一年生三人だけで他の生徒は無言であった。

徳川「…何膨れてんすか…。監督の言うとおりですよ…。」

美馬がニヤッと笑って徳川の方に向かって言った。

美馬「さっさと俺を返せや徳川!!!お前は俺と同じ人種…」

徳川「勝てば官軍って言うでしょ…?実力があれば何をやっても許されるんですよ…。」

美馬「…お前もそのコンピューターをリセットさせて本能で野球やってみろよ…。」

徳川「俺も今先輩達に口答えしてますね…。」

美馬「本能…そう野生の本能だ…。」

徳川「でも大丈夫っすよ。俺も結果出しますんで…」

美馬「お前は野生の本能を持ってる。そこに強い奴がいればそいつの首を噛みちぎるまで追いかけまわす。」

徳川「さぁ行こうか…。矢月先輩にトドメを刺しに…。」

今、コンピューターの裏側にある猛獣の顔が目覚める。