現在は八回裏、夕陽ヶ丘高校の攻撃中。

しかし、球場は未だにざわついていた。

それは仕方ないと言えば仕方ないだろう。

何故なら、今まで右投げだった投手が左投げなっただけでも驚きなのにその投手が157kmを計測したのだ。

普通はガンの故障だと思うのだが、今回の球は誰が見ても明らかなぐらい速かった。

『スリーアウッ!!チェンッ!!!』

そのざわめきがおさまらない間に八回裏の攻撃が終了した。

そして、そのざわめきは大声援に変わり一人の投手へと向けられた。

『黄瀬!黄瀬!黄瀬!黄瀬!』

『後、一イニングだぞー!!頑張れぇ!!!』

もはや、球場全体が夕陽ヶ丘高校の応援団であった。

木暮「こりゃ完全にあっちのペースだな…。」

矢月「負けそうな時によくそんな余裕ぶれるな…。」

木暮「お前だって同じようなもんじゃねぇか。」

木暮はそう言うとヘルメットをかぶってネクストサークルへと向かっていった。

矢月「(余裕なわけねぇよ…。まさかあいつがまだ利き腕で放れるなんて思わなかったからな…。)」

矢月はそう呟いてマウンドで軽く投球練習をしている後輩を見た。

矢月「(…天才、別府遼太郎健在か…。平成の江夏と謳われた速球…俺もバッターとして対戦してみたかったよ…。)」

矢月はベンチにドカッと腰を下ろして恨めしそうにスコアボードを見つめた。

矢月「こんな時に限って…九番かよ…!」

『九回表、星光学園の攻撃は三番斉賀君。バッター斉賀君。』

斉賀「っしゃーーー!!!こーーーいっ!!!」

斉賀は気合いを入れると右バッターボックスで大きく構えた。

黄瀬「………」

黄瀬はその気合いの声にも一切怯むことなくむしろ無表情で田代のサインを覗き込んだ。

田代「(いける…!勝てるぞ…。今の黄瀬君は信じられないぐらいの集中力だ。ベンチでもまばたき一つしなかった。行けるぞ、甲子園に…!)」

田代はインコース真っ直ぐのサインを出した。

黄瀬はこのサインにゆっくりと頷き、ゆっくりと振りかぶった。

黄瀬「…っし!」

黄瀬のうなり声と共に白球が飛び出し、あっという間に田代のミットに飛び込んだ。

バシィィィィィン!!!!

『す、ストライーッ!!』

電光掲示板に表示された156の数字にまたも観客がドッと沸く。

もうこの球場の観客達は黄瀬のピッチングに魅了されていた。

斉賀「(は、速い…!)」

思わず審判もあまりの球威に怯むほどのボールであった。

田代「(痛い…。けどこのボールを死んでも最後まで受け続ける…。なんで黄瀬君がこんなボールを放れるのかなんて今はどうでもいい…。とにかく今は勝ちたい…!勝って甲子園に行くんだ…!)」

バシィィィィィン!!

『ストライッツーッ!!』

矢月「…くっ!」

またもミットがはちきれるほどの音がホームベース上から聞こえてきた。

矢月「(まさしく豪速球だ…。俺なんかの速球より遥かに速い。)」

そして、斉賀の打席三度目の破裂音が球場全体に響き渡った。

それと同時にスタンドからあと二人!!というコールがあちらこちらから聞こえてきた。

星光アルプスから聞こえてくる木暮への応援はその大歓声にかき消されていた。

木暮「(黄瀬遼太郎…か。やっぱり俺の目に狂いはなかった。こんな面白い勝負…去年の春の柳光戦以来だぜ…!!)」

バシィィィィィン!!!

『ストライーッツーッ!!!』

木暮「…っ!!」

意を決してフルスイングしたが、むなしくバットは空を斬った。

そして、三球目…。

木暮の目には白球の残像しか映っていなかった。

アナウンサー『か、空振り三振ーーー!!!!星光の四番木暮君もまるで歯が立ちません!!!そして、今の球速なんと159km!!信じられません!!日本最速レベルの速球がこの高校野球で披露されています!!!」

木暮「くそーーーーっ!!!!!」

木暮はバットを叩きつけてゆっくりとベンチへと帰っていった。

『あっと一人!!あっと一人!!!』

球場は興奮のるつぼへと化していた。

そんな中、そんな声も周りからの檄を飛ばす言葉も一切聞こえないほど今の黄瀬は集中していた。










黄瀬「ここは…無の世界か…。」

周りは全て白。

まるで夢の世界へと来てしまったみたいな感覚だ。

黄瀬「ここって…?」

周りを見渡すが、何もない。

目につくのはこの世のものとは思えない綺麗な白色だけだった。

黄瀬「なんなんだここ「俺にもわかんねぇ…。」

黄瀬がそう言いかけた時に背後からそんな声がした。

黄瀬「うわぁぁぁ!!!!!」

黄瀬は急に後ろから声がしたので驚き、いきなり走って後ろを見た。

するとそこには同い年ぐらいの少年が中腰でこちらをニヤニヤしながら見ていた。

黄瀬「な、なんだお前!?何者だ!?」

少年「う〜ん…まぁここの住人かな…?」

黄瀬「…住人?」

その言葉を聞くと今まで離れていた黄瀬が一気に近づいてきて胸倉を掴んだ。

黄瀬「…俺を早くここから出せ!!!」

少年はこれ最近二度目…と苦しそうに呟きながらはなじで…と言った。

黄瀬はしょうがなく離すと咳こんでいる少年をジッと見ていた。

黄瀬「後、ここはどこだ。」

苦しんでいる少年を無視し、自分の聞きたいことだけを聞く黄瀬。

そんな黄瀬に若干呆れながら少年はオホンと言って説明をし始めた。

少年「ここはね〜究極の集中力を持ったものしか入れない…極限の間って言ったほうがいいかな。」

黄瀬「極限の間…?」

黄瀬が疑問の声を発するとすかさず少年はこう言った。

少年「そう。まぁなかなか人が訪れない場所で退屈してたけど最近は立て続けに二人だもんね。ビックリしたよ。」

二人…?と黄瀬が言ったがその疑問の声を完全にスルーされて話は続いた。

少年「まぁ超一流の選手は必ず通る登竜門さ。前に来た子もこの登竜門を通過した。数年後にはそりゃ君みたいな子は手の届かないところに行っているだろう…。」

黄瀬はそう言われるとカチンと来た。

それはそうだろう。

何を言っているのかはいまいちわからないがお前はダメだと言われているような気がした。

黄瀬「ちょっと待てよ!ここに来るのが一流へと登竜門だとしたら俺も一流になれるんじゃねぇのかよ!」

黄瀬がそう言うと少年の雰囲気が見違えるほど変化した。

少年「…一般的にはね…。しかし、例外がある…。」

黄瀬「例外…?」

少年「…その人間に備わっていない力が爆発した時、身体が悲鳴をあげている時だ。」

黄瀬「……何?」

黄瀬はそう言って少年を睨みつけた。

しかし、少年は全く怯むことなく逆に睨み返してきた。

少年「…ロウソクは消える直前に最後の力を絞り出す。そして、最後に一番火力が増す。人間の力も同じようなものなんだ。」

黄瀬はその冷徹な目を見て、完璧に怯んでいた。

そして、背中に嫌な汗をかいている時、少年は黄瀬に質問した。

少年「…君の力…見せてもらったよ…。だがなぁ…君の筋肉レベル、細胞、骨格ではあんなボールは投げられないはずなんだがな…。」

そう言って不思議そうに黄瀬の左腕を触った。

少年「…ふぅ…こりゃダイジョーブのジジイにいじられたか…?」

黄瀬「??」

聞き慣れない言葉ばかりで黄瀬の思考回路はショートしかけていた。

少年「…まぁどっちにしろ…君とはおさらばだ…。」

少年はそう呟くと、今度は悲しそうな目でこちらを向いて小さな声でこう言った。

少年「…恨むんなら野球に出会ったこと…あの娘に出会ったことを恨むんだな…。」

黄瀬「恨むってどういう…!」

黄瀬がそう聞こうとした時にはもう少年はいなく、自分もマウンドの上にいた。

黄瀬「(何だったんだ…。)」

黄瀬は不思議に思ったが今は試合中…。

しかも大事な大事な決勝戦だ。

黄瀬「(色々考えるのは、この試合が終わってからだ…!)」

そう自分に言い聞かせ左腕をしならせた。






ブチッ!!!!!






黄瀬「!!?」

ボールは田代が捕れるボールではなかった。

バックネットにそのまま突き刺さった。
矢月&武沢&瑞希「!?」

田代「黄瀬…君…?」

田代のそんな声は今の黄瀬には届いていなかった。

背中が冷たかった。

いつの間にか雨が降り出していた。








明日香「…う〜んっ…。」

背伸びをして周りを見る。

そこは見慣れない部屋だった。

明日香「…私どうしてこんなところに…。」

明日香は不思議に思いベッドから降りて部屋を出た。

明日香「医務室…。そうか、私確か水を飲んでてボーっとしててそのまま…。」

そういえば…遼が来てたような気が…。

そんなことを考えていて、一番不思議なことを思いついた。

明日香「静か…ね…。」

そうなのだ。

ここは球場の医務室だというのに物音一つ聞こえてこないのだ。

明日香は思い立ったら即行動のタイプなので、グラウンドの方へ恐る恐る歩を進めていく。

明日香は何か不気味だな…と思いながら歩いていく。

歩いているうちに嫌な予感がだんだん大きくなってきていた。

明日香「…ま、まさかみんな私のこと忘れて帰っちゃったんじゃないでしょうね…。」

しかし、そんな予感は外れることになる。

グラウンドが見えてきた。

どうやら雨が降っているようだ。

もしかして中断しているのかなと思い走ってグラウンドに近づいた。

しかし、そこには…

明日香「…え…?」

マウンド上で左腕を押さえてうずくまっている遼の姿があった。

黄瀬「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」






今、一人の野球選手の寿命が最後の盛大な炎とともに鎮火した…。


一年生夏編 完