第3章 憧れの人(前編)

−1994年 5月 中旬−
紅白戦も無事に終わり? 赤竜高校野球部は前にも増して頑張っていた。
大下主将「と言う訳で偵察に行くぞ!」
全員「あの訳が分からないんですが」
大下主将「えっと相手を知れば百戦危うからずだっけか?」
相良「ひょっとして『敵を知り、己を知らば、百戦危うからず』ですか」
大下主将「そうそれ」
斎藤「ようするに偵察に行って相手の事を調べると」
大下主将「その通り監督が行けばどんな野球部でも見学を許されるだろうし」

中西監督は高校球界では有名人で色々な名門校の監督が尊敬している。
全員(ジ―――!)
中西監督(なんか恥ずかしいな)

尊敬の眼差しで見つめられて照れる監督
真田「それで何処に行くんですか?」
大下主将「斉天大附属だ! 八坂め今年こそは勝ってやる!」
全員「……………………」

相良「嘉神と高須! 今日こそは叩き潰してやる!」
全員(…………相良さんまで)

吉田「ひそひそ(おい真田、なんとかキャプテンと相良さんを止めてくれ)」
真田「ひそひそ(ええっ!? 無理出来ないよ。斎藤!)」
斎藤「俺かよ。よしやってやる!」
全員(おおっ勇者だ!)

斎藤「こっほん。それではキャプテンに相良さん、行きましょうか」
大下主将&相良「そうだな」
全員(そんなあっさり)

と言う訳で電車に乗って斉天大附属高校に行く。

斉天大附属高校 2軍練習場
佐伯「うりゃっ!」

ズバ―――ン!
部員A君「140キロです!?」
大島監督「ほう、やるな佐伯、入部してから更に球速が上がったじゃないか」
佐伯「はい!」

それを観てた赤竜高校野球部員
中西監督「あいつは1年の佐伯だな。1年生で140キロなんて大した物だ」
吉田「あれで俺達と同い歳かよ」
大下主将「あの程度の速さで驚いてたら先に進めないぞ」
真田「あの程度って凄い速さでしたよ」
大下主将「中西さんのストレートに比べればあの程度!!」
真田「監督のストレート?」
大下主将「そう監督の――――――じゃねえだろう!!」
中西監督「ほお!」
大下主将「いえいえ監督は凄い投手でしたよ。この近くじゃ監督の名前を知らない人はいないし」
中西監督「ふむ!」
吉田「昨年ドラフトで1位指名された中西宏さんですか?」
大下主将「そうそう開幕からスタメンで頑張ってるんだよ。もはやカープのエースだな!」
真田「へえ、凄い人が居たんですね」
吉田「いやいや、さすがに過大評価だろう。今のところ3番手ってところだな。まあ、新人で活躍してて新人王候補の1人と言われてるけど」

その頃、斎藤はさっき投げていた佐伯に話しかけていた。
斎藤「凄いなー。1年であんな速い球投げられるなんて」
佐伯「へ? ああ、ありがとうございます。ところで貴方は?」
斎藤「俺の名前は斎藤一、赤竜高校の1年だ」
佐伯「同い歳か、俺は佐伯真敏( さえきまさとし )、よろしくな」
斎藤「確認するけどここは2軍だよな」
佐伯「ああ、俺は2軍の選手だよ。来週のテストで1軍入りするつもりだ」
斎藤「佐伯みたいな凄い投手でもやっぱり1年で1軍のエースは無理なのかな」
佐伯「嬉しい事を言ってくれるな。まあ、難しいとだけ言っておくよ。俺も諦めている訳じゃないからな。それで赤竜高校だっけ。確か相良さんのいる高校だよな」
斎藤「ああ、あの人は凄いよ。俺も負けずに頑張るつもりだ」
佐伯「うちも凄い先輩達がいるからね。お前の気持ちは分かるつもりだ。それでポジションは?」
斎藤「ピッチャーだ!」
佐伯「へえ。俺と同じかますます興味がわくなー。ちょっと投げてくんない」
斎藤「いやあ、俺は偵察に来たのであって」
佐伯「そうケチな事を言うなよ。俺のピッチングをみたんだしやってくれよ!」
斎藤「はあ、分かったよ!」

ズバ―――ン!
部員A君「135キロ!?」
部員B君「おいおい誰だよあれ? 佐伯に負けてないじゃないか」
部員C君「いやいや、佐伯の決め球はストレートじゃないだろう」
部員D君「どっちにしろ。佐伯クラスの投手の出現か」

斎藤「何か注目されてるなー」
佐伯「お見事! お前なら夏からエース奪えるだろうな!」
斎藤「いや、七瀬さんがエースだよ。さすがに変化球じゃ敵わないし」
佐伯「エースの七瀬忍さんか、肘を壊してるんだろう」
斎藤「うん。凄いシュートを投げる投手だったんだけど」
佐伯「春の甲子園で肘を壊してシュートを投げられなくなって並の投手になるか」
斎藤「詳しいね」
佐伯「去年まで俺は七瀬さんに憧れて赤竜高校に入ろうって思っていたのさ」
斎藤「え?」
佐伯「こんな事言うと怒られると思うがあの人は…………俺の目標の人は並の投手になった。その現実をマジマジと見せ付けられる事になる赤竜高校には行きたくなくなった」
斎藤「…………それでも七瀬さんは頑張ってるよ」
佐伯「そうだろうな。でも憧れたあの人はもう観れないんだ」
斎藤(ケガで泣いて悲しいのは当人だけじゃないもんな)
佐伯「つう訳で俺はもう行くな。まだ七瀬さんの顔を見るのは辛いからな」
斎藤「知り合いなのか?」
佐伯「向こうは俺の事なんかは知らないだろうな。一度だけ会って少し話しただけだし」

こうして佐伯と出会って斎藤は佐伯と七瀬の出会いに興味を持った。
吉田「長かったなどんな話をしていたんだ」
斎藤「同じ1年生同士頑張ろうって」
吉田「それにしては長過ぎだろう」
斎藤「まあ、他にもあるけどな。今は話せない!」
吉田「……そっか」

大下主将「お前ら1軍を観に行くぞ!」

吉田「ここ2軍だったのか!?」
斎藤「気付いてなかったのか?」
吉田「だってレベル高いし」
斎藤「確かに2軍と言えど赤竜高校並に強いからな」

斉天大附属高校 1軍練習場
八坂主将「おらっ!」

カキ―――ン!
高須「行けえ!」

カキ―――ン!
嘉神「続くぜ!」

カキ―――ン!

3人が3人共相良並の飛距離を見せる!
新入部員「相良さんが3人!?」
大下主将「上手い表現だな。あの3人は相良と同等いやそれ以上とも言える打者だ!」
新入部員「相良さん以上!?」

七瀬(3人共、春より上になっているなとてもじゃないが俺では抑えられんな)
斎藤「なるほど佐伯の言う通りだな。あれを抑えなければ甲子園には出られないのか」

八坂主将「真二じゃないか、偵察か?」
大下主将「ふっ、その通りだ!」
八坂主将「へえ、赤竜高校で1番へぼい打者の癖に何威張ってんだか」
大下主将「なんだとてめえ! 俺よりちょっとだけ上だからって余裕見せてんじゃねえ!」
八坂主将「野球も勉強も俺に一度も勝った事ないくせに」
大下主将「今年こそは勝ってやる!」
八坂主将「無理だな!」
大下主将「なんだと!」
八坂主将「個人の勝負はともかく試合じゃ無理さ!」
大下主将「そんな事はねえ!」
八坂主将「あるさ。お前も分かってるはずだ。エースの七瀬はもう使えん!」
大下主将「うっ!?」
八坂主将「過ぎた事を言うのは嫌なんだがお前なら止められたはずだ!」
七瀬「大下は関係ない。俺が勝手に壊れただけだ」
八坂主将「―――お前は自分だけが傷ついたと言いたそうだな」
七瀬「何?」
斎藤(佐伯の事、八坂さんも知ってるんだな)
八坂主将「まあいい。ただ今のお前らじゃ俺達には勝てない!」
全員「…………」

高須「キャプテン!」
八坂主将「すまん言い過ぎた。それと他の部員にも嫌な思いをさせてすまない」

そう言って八坂は頭を下げる。
全員「いえいえ」
八坂主将「監督には許可を取っているから好きに見学してくれ」

とりあえず散り散りに分かれる。大下と七瀬は八坂と話を続けている。
七瀬「それで俺だけが傷ついた訳じゃないってのはどういう意味だ?」
八坂主将「俺、そんな事言ったっけ?」
七瀬「惚けるな!」
八坂主将「悪いがそれは話せん!」
七瀬「ふんっ!」

スタスタスタ!

どう聞いても話さない態度にむかついて七瀬は去った。
大下主将「俺にも話せないのか?」
八坂主将「悪いな。プライベートの事なんでな」
大下主将「そうか分かった。それと言い訳になるが七瀬の事は止められなかった。あいつも俺と同じく中西さんに憧れてその中西さんからエースナンバーを譲られたからな。その責任感は俺にも良く分かる。あいつは中西さんに追いつく為にケガを堪えてずっと頑張ったんだ!」
八坂主将「……ああ、分かってるよ。あいつにも憧れている人がいるんだよな」
大下主将「あいつにも?」
八坂主将「こっちの事だ。七瀬には言い過ぎたと謝っておいてくれ。今の状態じゃ素直に聞いてくれそうもないからな」
大下主将「ああ」

そして相良は馴染みの顔ぶれと話し込んでいる。
相良「しかし、八坂さんがあんなに感情的になるところは初めて見たな」
嘉神「実際結構あるぜ。あの人はああ見えて感情的だからな」
高須「それだけ責任感が強く部員想いなんだろうな」
相良「ふーん、お前らも理由知ってるのか?」
嘉神「ああ、正直俺には理解できないけどな」
高須「俺には少しだけ分かる気がするな。良い事と悪い事は表裏一体なんだろうな」
相良「難しくて分からん?」
嘉神「俺にも?」
高須「そうだな。コインの表と裏があるだろう。表にしても裏にしてもコインはコインって事さ」
相良「余計分からん?」
嘉神「俺はちょぴっとだけ分かったような」
高須(結局、佐伯が気付くしかないのさ。いや気付いてるんだろうな。だからあんなに感情的になっているんだ)

斎藤は吉田や真田と一緒に練習を見学していた。
部員E君「だあっ!」

カキ―――ン!
部員F君「通さん!」

パシッ!
部員G君「とりゃ!」

タッタッタッ!
真田「やっぱり凄いね。実はプロ選手と言われても納得しそうだよ」
吉田「確かにプロに近い物があるかもな」
斎藤(佐伯は帰ったのかな?)
真田「どうしたの?」
斎藤「いや、何でもない。それより監督は?」
吉田「ああ、お前が佐伯だっけかなと話してる間に向こうの監督に誘われてお茶しに行った」

そして偵察も終わり帰る。
大島監督「それじゃあ中西さん、夏の大会でお会いしましょう」
中西監督「ああ、その時は全力でぶつからせてもらおう!」
八坂主将「それじゃあ真二、七瀬、またな」
七瀬「……ああ」
大下主将「ああ、夏に会おう」
嘉神「それじゃあな相良」
高須「また来いよ」
相良「ああ」
斎藤「佐伯はいないな」
吉田「らしいな」
真田「また会えるよ」
斎藤「もう少し話したい事もあったんだが、そうだな。次に会った時に話そう」

喫茶店MOON
月砂「それでどうだったの?」

練習を観に行った事を斎藤は月砂に話した。佐伯と七瀬の事はやはり内緒にしている。
斎藤「うん。やっぱり凄かったよ。どの選手もプロで通用するんじゃないかって感じだった」
月砂「あはははっ、それはないわよ。やっぱりプロってのは一握りの才能を持っている人だけが行けるんだから」
斎藤「野球を知らない。姉貴に言われてもな」
月砂「ルールくらい知ってるわよ」
斎藤「まあ、野球ゲームもしてるからね。プロ選手の事も少しは知ってるか」
月砂「まあね。あんたは昔からカープの福井選手のファンだったわよね」
斎藤「うん。三振奪うあの人に憧れて俺も野球を始めたんだ(そうだよな。あの人がいたから俺は野球を始めたんだ!)」
月砂「現役じゃ誰のファンなの?」
斎藤「えっと? 今はライオンズの柳生さんとタイガースの竜崎さんかな?」
月砂「はっきりしないわね」
斎藤「福井さんはこないだまで現役だったし」
月砂「4年も経ってるでしょうが」
斎藤「詳しいね(誰だ野球知らないって言ったのは、あれ?)」←汝だ!
月砂「どうしたの?」
斎藤「なあ、姉貴、今妙な声が聞こえなかった?」
月砂「ここに居るのはあんたと私だけ、聞こえたとしたらあんたが病気なのか後は六感的な物なんじゃないの?」
斎藤「………………」
月砂「どうしたの?」
斎藤「うん。昔、福井さんと天野さんが言ってた言葉があるんだ」
月砂「へえ。なんて言ってたの?」
斎藤「そういや姉貴は天野さんのファンだっけ」
月砂「まあね。私、投手より野手の方が好きなのよ」
斎藤「弟に向かってそういう事言うかなえ!?」←汝は投手なり!
月砂「どうしたの?」
斎藤「あっ! また何か聞こえた気がする」
月砂「そんな事はどうでも良いからさっきの話の続きしてよ」
斎藤「そんな事ですか…………はあ、まあいいか、まず姉貴、五感は知ってるよな?」
月砂「視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の事でしょう!」
斎藤「うん。六感ってのはそれ以外の事を指す。一般的には虫の知らせとか予知の一種と言われているらしいよ」
月砂「それくらいは聞いた事があるわね」
斎藤「福井さんと天野さんはこう言ったんだ。五感を研ぎ澄ました選手は一流だ。そこに六感が加わった選手は超一流だ。つまりどれだけ五感を高めようとも超一流にはなれない。私は六感を高めたからこそあの成績を残せたのだってね」
月砂「ふーん。だけど六感なんてどうやって鍛えるのよ?」
斎藤「五感を禁じれば良いんじゃないかな」
月砂「五感の全てを禁じるってのは無茶じゃないの?」
斎藤「全部じゃなくともどれか1つを禁じれば良いんじゃないかな」
月砂「それで六感を鍛えられるの?」
斎藤「さあ?」
月砂「え?」
斎藤「あの人達は気がついたら六感を覚えてたって言ってたからどうやって鍛えるのかは?」
月砂「先天性の才能みたいな物がなければ無理って事か」
斎藤「少なくとも今のところはさっき俺が言った事を試してみるくらいしかないかな」
月砂「成功例のない事を言われてもね」
斎藤「仕方ないだろう。俺の頭じゃそれくらいしか思いつかないんだから、ただ福井さん達は野球で対決した時に六感を良く感じたって言ってたな」
月砂「そう言えば武術の達人同士が戦う事で変わった現象が起こるってのも聞いた事があるわね」
斎藤「競い合う事で何かが起こりやすいって事?」
月砂「うーん、武術じゃ生きるか死ぬかだからね。野球とは違うと思うけど、どっちかと言うと死が迫る時に人の力が100%開放されるってのが近いかな」
斎藤「火事場の馬鹿力って奴、そう言えば天野さんが言っていたな集中力が極限に高まった時は時間が超スローに感じるって」
月砂「時間を超スローに感じるか、確かに六感みたいね」
斎藤「けど天野さんの言ってたのとは少し違うか能力的にはこっちの方が凄そうだけど」
月砂「予知と超スロー感覚のどちらかが優れるって言われてもね」
斎藤「両方共経験のない俺達には分からないよな」
月砂「それに実際そんな事があるのか」
斎藤「あの2人が言っていたから間違いなくあるよ!」
月砂「私はそこまで信頼出来ないわね。ただ、どっちも運動能力よりも脳の方が発達してるから出来るんじゃないかって思うけどね」
斎藤(なるほど)

こうして斉天大附属高校の偵察は終わった。斎藤は自分自身のルーツを思い出し佐伯の事を何とかしたい気持ちになって行くのだった。


後編に続く