第1章 天才の苦悩
−1991年 9月−
ドラフト1位で始まった久住のプロ野球だが順調には程遠く久住は2軍で頑張っていた。
審判「ストライクバッターアウト!」
久住「………………」
ファンA「だあー引っ込め!」
ファンB「今日もノーヒットかよ。良くこれでドラフト1位で指名されたよな?」
ファンC「ったく同期では大量に活躍してるのに、なんでうちはこんな奴を指名したんだか?」
久住「くそっ!」
今日も代打で出場したが打てず久住はロッカーに八つ当たりの蹴りを入れていた。
バンッ!
水鳥監督「物に当たるな」
久住「あっ? すみません」
いつの間にかそこにいたのか…………2軍監督の水鳥に怒られ急激に冷静になり久住は素直に謝った。
水鳥監督「まあ、ヤジを気にするなと言うのも難しいか、とにかくプロにヤジは付き物だ。いちいち気にしていたら大成せんぞ!」
久住「分かってはいるんですが、俺より評価の低かった日暮が1軍なのに、俺はいまだに1軍にも上がれない」
水鳥監督「それが普通だ。今は高卒で1軍入りする選手が多いとは言われているが無名の選手のほとんどは数年間の下積みを得て1軍へ行くもんだ。現在のお前の実力では残念ながら1軍入りするのも難しいだろうな」
久住「分かってますよ。今日も2軍のピッチャーから打てませんでしたからね」
水鳥監督「そこだよ」
久住「?」
水鳥監督「2軍程度と考えてるからお前は打てないんだよ」
久住「………………それは」
水鳥監督の指摘通り昨年新人王の御影からヒットを打った事もある久住にしたら1軍は当然だと思っていた。
水鳥監督「お前はドラフト1位で指名されるだけあってセンスは良い物を持っている。だがその自信家な性格がお前の短所とも長所とも言えるだろう」
久住「長所とも?」
水鳥監督「お前は結構単純な性格をしてるからな。打つ時はバカスカ打つし打てない時は全然ダメだ。天才にありがちな典型的なムラッ気タイプだな」
久住「自分でも自覚があるだけに傷付くぜ」
水鳥監督「お前は同期の日暮に劣等感を持ってるみたいだが何故あいつが1軍で活躍しているか分かるか?」
久住「分かりませんよ。むしろあんな体格でプロの1流選手相手に良く対抗できるなとは思いますけど」
水鳥監督「日暮は高校時代に活躍したわりに評価は低かった。安打数も打率もお前より上だったのにな。その理由はやっぱりあの体格なんだよ」
久住「プロ選手の中じゃ身長が低いですからね。体重も軽いし」
水鳥監督「体格的に不向きなのに指名された理由は同じ不利な体格で活躍してる選手がいる事やスカウトがあいつの才能に目を付けた事が理由だな」
久住「そう言えばジャイアンツの織田さんもチビでしたね」
水鳥監督「ああ。他にもカープの香住とかもいるな」
久住「そう言えば3人共下位指名でしたっけ?」
水鳥監督「まあな。体格で劣る選手が活躍してるとは言え全体的に観れば活躍している選手の数は少ないからな。それは恵まれている選手にも言える事だが、どっちにしろハンデがある選手は大成しにくいのが現状とも言えるしこの評価も当たっていない事もないんだよ」
久住「結局何が言いたいんですか?」
水鳥監督「だからお前と日暮の違いだよ」
久住「身長に体重?」
水鳥監督「そうだが、正確にはあいつは昔からそう言うハンデと一緒に戦って来たんだ。あいつは名門の黒龍高校出身だぞ。あの名門でレギュラーを獲得したんだぞ」
久住「つまり精神力の差ですか?」
水鳥監督「そうだ。あいつは昔からそう言うのと戦って来てる。だからこそ少し追い込まれたくらいじゃ負けはしない。だからこそお前と違って成功してるんだよ!」
久住「今の話日暮から聞いたんですか?」
水鳥監督「いや、監督の中尾さんからだよ」
久住「ふーん、そう言えば監督も小柄ですよね?」
水鳥監督「まあな。俺は高校の時は指名されなかったし大学では指名されたけど体格からしてプロでやって行けないと思って一流企業の竜崎重工に就職したな」
久住「どうしてプロ入りしたんですか?」
水鳥監督「当時のスカウトや社長の進めでな。自分の実力を試したいなら入団するべきだって言われて我ながらあっさりと入団したんだよな」
久住「それで1年目から新人王を獲得したんですね」
水鳥監督「ああ。もっともケガに泣いて終わったけどな」
久住「それでも4年は持ったんですよね」
水鳥監督「4年しか持たなかったが正確だけどな。コーチの言う事聞いて変化球や投球術を磨いて置けばもっと持ったかもな」
久住「やっぱり後悔してるんですか?」
水鳥監督「してないと言えば嘘になるな。もっとも今は監督業が忙しくて考える暇もないが」
久住「…………どうして俺にそんな話を?」
水鳥監督「お前は才能があるからさ。それも生半可じゃない才能がな!」
久住「俺は2軍選手ですよ」
水鳥監督「2軍から大成した選手も山ほどいるだろう。それにお前は走塁や守備面でも言う事はないしこれで打撃が開けばスーパースターだぞ!」
久住「スーパースターって?」
水鳥監督「とにかく今期中の1軍昇格はないだろうが、ここから少しずつ調子を上げて行け! 新人王なら来年に獲れば良いじゃないか!」
久住「テンション下げて上げてと、どっちなんですか?」
水鳥監督「仕方ないだろう。もうシーズンも終わりだし2軍でも全然活躍してない。お前じゃまず上には上がれん!」
久住「事実だけにグサッと来るな」
このまま2軍戦と言っても控えでスタメンはあまりないが水鳥監督は積極的に久住を代打で使って行くが活躍する事はできなかった。
契約更改
オーナー「と言うわけでこれで良いかね」
久住「はい」
久住が思っていた通り減俸で前年の半額の500万で渋々久住はサインするのだった。
日暮「あっ、久住君!」
久住(ギロッ!)
日暮「どうだったって聞くまでもないよね」
久住「そう言うお前はどうだったんでい?」
日暮「来年の期待料込みで3500万だったよ」
久住「俺の7倍かよ。そういやお前の入団時は500万だったから7倍ってすげえな!?」
日暮「500万は期待料で追加って良いフロントだよね」
久住「活躍している奴に取ってはな(無理もないか評価を圧倒的に上回る活躍をして3割も打ったんだから)」
日暮「っと久住君は減俸だったんだよね。ごめんね」
悪気はないと分かってても腹が立ったが久住はなんとか怒りを抑える。
久住(やっぱり体格もだが性格も少し日下部に似てるよな。あいつどうしてるかな?)
日下部と言うのはドラフト2位で指名された高校時代のチームメイトの日下部美能留の事である。久住は日下部がプロ入りを蹴った事をいまだに怒ってるらしい。
日暮「久住君?」
久住「おう。日下部
じゃなかった日暮か、どうした?」
日暮「日下部君か、懐かしいよね。そう言えばプロ入り蹴ったけど、彼、大学か社会人でも野球してるかな」
日暮は同期だが同じ高校ではなく久住達の近況は知らないらしい。
久住「いや、あいつは四国行ってうどん屋をやっているらしい」
日暮「うどん屋って…………そっか野球を辞めたんだ」
久住「少なくともプロ入りする気はないらしい。前に手紙が届いていたけど、見て見るか?」
日暮「見る見る!」
そう言う事で手紙を見に久住は日暮を連れて自分の部屋に戻った。
オリックスブルーウェーブ寮 久住の部屋
日暮「着替えとか出しっ放しだね。ちゃんと整理整頓しようよ」
久住「寝る為かゲームするかくらいしかいないからな。それに面倒くさいし」
着替えが出しっ放しとは言え私物は少ないので久住にはそんなに部屋が散らかってるように見えなく素っ気なく返す。
日暮「はあ…………それで手紙は?」
久住「大丈夫だ。私物は少ないし手紙は引き出しにしまっているから」
久住君へ
拝啓、初夏に負けずと頑張っていますからって面倒くさいから普通に書くね。
うーんとね。こっちは現在修行中ってそう言う意味じゃそっちと同じく頑張ってるよ。
しかし夢とは言えまだ叶ってないし疲れるし第一の夢を叶えた久住君達が羨ましいよ。
僕も第一の夢に向かって頑張ってますが現在は困難の連続です。
けど親方に誉められるとやっぱり嬉しいしそう言う意味じゃ野球でファインプレイをした時とあんまり変わらないかな?
何時になるか分からないけど、店を開いた時には来てね。そんじゃまたね。
日暮「フランクな手紙だね」
久住「さあな。俺も手紙ってのはあんまり縁がないし基準が分からん?」
日暮「野球やってないのは寂しいけど、同期の子が頑張ってるとこっちもやる気が出るな」
久住「まあな」
久住も手紙が届いた頃は即発されてやる気が出たが結果は出なかった為か素っ気なく返事する。
日暮「どうしたの?」
久住は無言で落ち込んでるらしく日暮が心配そうに尋ねる。
久住「いや、お前のとこは活躍しているけど、うちは遠山以外は2軍だなと思ってな」
久住の母校は冥空高校で3人がプロ入りしたが遠山(中日)だけが活躍したらしい。
日暮「まあね。僕達は出来過ぎてたね。高岡君は新人王を獲ったし界外君も新人離れした成績を残したしね。しかしそう言う意味じゃ2年目はきつそうだけどな」
日暮の母校の黒龍高校でこちらも3人がプロ入りし1年目から1軍で主力級の活躍と凄まじい活躍を見せた。
久住「そう言う意味じゃ一番評価の高かった神代を食っちまったんだから大した物だよな」
神代はドラフトの目玉として1位競合でジャイアンツに指名されたが実力からしたらいまいちのできだったと世間では言われている。
日暮「と言っても新人で100試合以上出てるし2ケタ打ってるし十分だと思うけどね」
久住「界外や浪川なんざ3割30本打ってるぜ。土丸屋も100打点打ってるし」
久住の言う通り球暦でも高卒最高の当たり年として歴史に残るほどに今年はたくさんの高卒選手が大活躍した。そして久住は1位だろうがドラフト外だろうが指名される選手のポテンシャルは凄まじい物があると1年目から思い知らされたのだった。
日暮「そう言う意味じゃ来年は久住君達が活躍して僕達が不調なシーズンになるかも知れないね?」
久住「どうだかな?」
シーズンなんて物は始まらないと分からない物だと1年目で久住は悟り素っ気ない返事で返した。こうして久住の1年目が終わり2軍でも到底実力が足らないと不安だったがすぐに2年目のシーズンを迎えるのだった。久住の才能が開く事があるのだろうか?