第2章 周囲の評価

−1992年 4月−
1年目は1軍入りできず2軍でも2割にも届かない打率で久住は終わった。しかし2年目のオープン戦では勝負強さを見せて久住は監督から開幕1軍入りを伝えられた。
久住「絶好調だぜ。それで今日の相手は?」
時雨「開幕戦なんだからマリーンズに決まってるだろう」
久住「俺は何番でしたっけ?」
中尾監督「1番センターだよ。期待しているぞ!」
与那嶺「俺も1番が良いんだがな」
中尾監督「チーム事情だ。つうか3番打って文句言うなよ!」
与那嶺「分かってますよ。しかしドラフト1位の鳴海に打たすと思ったのに久住ですか?」
中尾監督「久住も一昨年の1位だろう。それに足の速さじゃ久住の方が上と見ている」
久住「それに鳴海さんってショートじゃないんですか?」
中尾監督「日暮が弱肩だから他の外野手は強肩にしたいと思ってな」
与那嶺「なるほど、鳴海は久住を上回るほどの強肩ですからね。ショートには時雨がいるし外野にコンバートってのは良い手ですね」
中尾監督「つうかキャンプの時にコンバートさせたんだから知ってるだろう?」
与那嶺「すみません。内野にはいないし2軍だと思ってました」
鳴海「俺って印象がないんですね」
中尾監督「そんな事ないだろう。大学当たり年になるかと呼ばれる今年でお前は1位指名だぞ。知名度は高いだろう」

昨年とは違い今年は高卒より大卒の選手が多く上位指名されていて大器晩成タイプの登場かなどと噂されている年だった。話をされていた鳴海も2球団競合で指名してブルーウェーブがクジを引き開幕スタメン入りしているところからも鳴海への周囲の期待が伝わるかのようだった。ちなみに鳴海は竜崎(阪神)や柳生(西武)の同世代にあたる。
久住「1994年には大学から俺の同期がいっぱい入るだろうしその頃には打倒久住ってくらい言われるほど活躍しないとな」

−1992年公式戦 グリーンスタジアム神戸−
久住 鴉
後攻 先攻
オリックスブルーウェーブ VS
寺井 安人
日暮 雅敏 小森 正
与那嶺 司 テイラー DH
時雨 隆宗 槙原 凍牙
DH ストレイカー クレイン
乃木 大和 松岡 藤月
桑原 敦 鹿山 昴
久保 夏樹 平 明仁
鳴海 和司 不破 烏
八木 春信 望月 光

桑原「あっちの先発は望月か」
久住「望月さんって言ったら一昨年に2位で指名された?」
桑原「そうか、2軍だとリーグが違うんだったな。あいつも2軍だったが昨年の9月に1軍に上がってその時はうちが完投負けしたな」
八木「そう言う意味じゃ負けた俺のリベンジって事になるのか」
久住「あっちの1番は2年連続首位打者の寺井さんか」
日暮「それに9番の鳴海さんと同じくあっちの9番はルーキーの不破君だし久住君とも名前が同じだし面白い組み合わせだよね」
久住「それは関係ないと思うが…………しかし不破は高卒でのドラフト1位だし俺と比べられるのも分かる気もするか」
桑原「久住と言うよりは日暮に縁があるな。望月は先輩だし不破は後輩だろう」
日暮「不破君とは話した事あるけど、望月さんとは話した事がないですけどね」
久住「先輩なのに?」
日暮「1年はスタメンどころかベンチにも入れなかったからね」
久住「俺と同じか」

高校時代に久住と日暮がレギュラーを獲ったのは2年時らしい。

1回裏 オリックス0−0ロッテ 開幕投手は昨年1勝の望月と意外性な起用だった
望月(1番は久住か、2軍じゃリーグが違うから分からんがどんなバッターだ?)

ズバ―――ン!
久住「…………155キロ!?」

久住の1軍初打席だが気付いていたら三振してた最初はそんな感想だったらしい。と言うのは望月の球は速くノビがあるので目が慣れない内はこう言う事が多いらしく日本最速男とも一時期は言われていた。
久住「ってこんなのから打たなきゃならないのかよ!?」

ズバ―――ン!
日暮「ふう」
久住「粘って出塁か、そうか出塁する手もあったか」
望月(チビだから入らなかっただけだ。次を抑える!)

久住の頭にはヒットを打つ事しかなく日暮のような柔軟な考えと言うか普通の考えは当時にはなかったらしい。
時雨「凄い新人が来たもんだ」
与那嶺「さすがに開幕投手に選ばれるだけはあるな」
久住(みんな余裕があるな。1軍ってこんなレベルなのか?)

日暮が出て盗塁を決める物の後続は三振で初回は三振3個と望月はブルウェーブ打線を順調に抑えて行く。

3回裏 オリックス0−0ロッテ
久住(とにかく当てるか見るかしなきゃな。と言っても追い込まれて来るボールは凄いし初球を狙うか!)
望月(小僧が打てる物なら打って見やがれ!)
久住(なんか日暮が出てからは鬼気迫るピッチングだな?)
望月(シュッ!)

スト―――ン!
久住「ストレートって落ちた!?140キロって出てるけどSFFかよ!?」

ただでさえ速くて手が出ないのにこれで速い変化球を混ぜられたらますます打てず久住は1軍の異常なレベルに戦慄を覚えて行った。
日暮「あれは頭にないと打てないし次に打てば良いよ」
与那嶺「だなま、頭にあると返って打てないかも知れないがな」
全員「あっははは」
久住(あんなフォークを見てなんでこんなに楽天的なんだ?)

久住は凄い投手との出会いに戦慄を覚えるが他の野手陣は嬉しそうにしていると彼らの思考が理解できずに久住は呆然と彼らを見ていた。

9回裏 オリックス1−0ロッテ 試合はオリックスが2点リードし最終回へ
高月(シュッ!)

ククッ!
槙原「くそっ!」

試合は投手陣が活躍し1対0で逃げ切ったが結局久住はノーヒットの結果に終わる。
久住「………………はあ」
日暮「何落ち込んでんのせっかく勝ったのに?」
与那嶺「今日のヒーローは八木さんと高月だな」
桑原「俺の堅実なリード力も忘れては困る」
与那嶺「はいはい」
鳴海「しかし俺がお立ち台で良いんですかね?」
八木「構わん構わん。俺様の代わりに行っとけ」

今日のヒーローは勝ち越し点を取ったルーキーの鳴海が選ばれた。お世辞にも良い当たりとは言えなかったがそれでも勝ち越し点を取った事に変わりなく鳴海は複雑そうにインタビューに答えるのだった。

オリックスブルーウェーブ寮 久住の部屋

4月はとっくに過ぎ1割も打てない久住は当然のように2軍落ちをした。
久住「やっぱ才能がないのかな? くそっ!」

2軍では代打として使われ昨年よりは打っているが1軍には程遠いできで今日も久住はくさっていた。
桐生「久住! ゲームしようぜって暗っなんで電気ついてないのよ?」
久住「桐生か」

部屋に来たのは桐生、久住と同期で1軍入りはまだないが2軍で活躍している投手の1人である。
桐生「失恋でもしたの? ずい分落ち込んでるけど?」
久住「お前は不安ってないのか?」
桐生「質問が深過ぎて良く分からん?」
久住「開幕から監督が起用してくれたのに打率1割も打てなかったんだぞ」
桐生「ああ! こっちに戻って来た事で落ち込んでるのかってもう何ヶ月経ったと思ってるんだよ!」
久住「でもなー1軍と2軍じゃ全然レベルが違うぜ?」
桐生「ふーん」
久住「何?」
桐生「いや、久住が羨ましくてね」
久住「すまん」

久住は1軍に上がった事があるが桐生は1軍に上がった事をない事を思い出し謝るのも失礼な気もするが久住は謝った。
桐生「良いよ。実力が足りないから呼ばれないだけだから、だけどその経験は2軍でもきっと役に立つよ!」
久住「…………そうだな」
桐生「気分転換にゲームしようよ」
久住「ああ」

桐生のおかげで少しずつ元気が出て行き久住は2軍でも頑張って行く。結局は昨年よりは成績が良いと言うだけで誉められた内容ではなかったが久住は契約更改を迎える。

契約更改
久住「現状維持ですか?」
オーナー「うむ。素質はあると監督から言われているが開幕から不調だったし現状維持としてもらう」
久住「…………分かりました」

不満な結果だったが活躍していないんじゃしょうがないと思い久住は渋々サインした。
日暮「ふふん〜今年は7000万〜♪」

と帰宅中に日暮の独り言を聞き軽く殺意が湧いたが久住は気にしない事にした。
久住「…………俺の14倍かよ。自信なくすなー」

訂正、やっぱり気にしてるようで怒りは一瞬にして悲しみに変わったらしい。
桐生「あまり気にするな」
久住「お前だって俺より年俸上じゃないか」
桐生「まあな」

1軍登板はなかったが桐生の印象は良く750万でサインしたらしい。
久住「俺の1.5倍かよ」
桐生「だから気にすんなっての…………それよりこれから飯でも食べに行く。まあ年俸は俺が上みたいだしおごりでも良いけど」
久住「嬉しいけど、実は予定があるんだ。お前も用事がないなら来ても良いけど」
桐生「用事って?」
久住「実は実家に帰って自主トレする約束してるんだ」
桐生「契約更改が終わったばっかりなのにかよ!?」
久住「別に練習ばっかりってわけじゃないんだけど」
桐生「どっちにしろ俺は実家に帰るつもりだから行けそうもないな」
久住「ま、仕方ないよな。それじゃ来年に会おうな」
桐生「おう!」

こうして実家に帰った久住は母校にて自主トレなどをしていた。

冥空高校
遠山「お前らも苦労人だな」
久住「なんでお前だけ活躍してんだよ」
轟「ま、俺達も来年になれば活躍できるかもな」
久住「お前も立派な成績じゃなかっただろうになんで余裕あんの?」

久住と話してるのは高校時代のチームメイトの遠山と轟、2人共プロ選手で遠山は既にスタメンで5番を打っているし轟も代打ながら1軍で活躍していると久住より格上の選手らしい。
轟「手応えは感じたからな」
遠山「後半のシーズンじゃ結構良いところで打ってたしな」
轟「フォームチェンジで一気に緩い球にも強くなったからな」
久住「そういや、一本足に変えたんだっけ?」
轟「コーチが言うもんでな。正直、一か八かって感じだったけどな」
遠山「と言っても正捕手の光宗さん相手じゃスタメン獲るのも難しそうだがな」
轟「だからサードにコンバートされてんだけどな」
遠山「ま、相手が相手だし出場機会を増やす為には仕方ないな」
轟「でも悔しい物は悔しいんだよ!」
久住「分からんでもないけどな」
遠山「お前の方はどうなんだ? 外野って内野や捕手に比べて出場機会に恵まれてると思うんだが?」
久住「機会があっても打てなければ意味はないんだよ。1軍じゃ1割も打てなかったよ」
遠山「すまん」
轟「俺らも3割打てなかったしそう言う意味じゃまだまだ一流には遠いな」
遠山「俺は3割を諦めてるからな」
轟「お前は振り回すタイプだからなと言っても界外だって振り回して3割打ってるし狙えるんじゃないか?」
久住「確かに1年目も2割後半と打ったし狙えそうだな」
遠山「そこまで言われたら俺も黙ってられん。今年は3割30ホーマーだ!」
久住&轟(相変わらず単純バカだな)
日下部「そこにいるのはプロの選手ではないですか」
久住&遠山&轟「日下部っ!?」

いきなり久住達に話しかけて来たのはチームメイトの日下部だった。
久住「なんでお前がここにいるんだ?」
日下部「監督がここで練習してる事を教えてくれたのさ」
轟「そもそもお前の実家は香川だろう」
日下部「それを言うなら遠山君も実家は香川だし轟君も長野じゃないか?」

冥空高校は名門で他県から来る生徒も珍しくなく選手達の出身地は基本バラバラらしい。
遠山「俺達は連絡して一緒に自主トレするって話になったから来たんだよ」
日下部「僕はお世話になった監督に店を開く事を話してただけだよ」

正確には電話で話して伝えて久住達が自主トレをしている事を知り日下部はここに来たのだった。
遠山「ついにやったのか」
轟「おめでとう。俺も食わせてもらうぜ!」
久住「っても四国だからな」
日下部「まあ材料持って来てるし年越しそばならぬ年越しうどんってのも良いもんだよ!」
久住「まあ美味ければなんでも良いけど」
日下部「オッケー! 僕の腕の見せどころだね! 早速作ろうか!」
遠山「まだ年越してないってか、12月は始まったばかりだし」
日下部「それじゃ夕食って事で」
轟「美味ければなんでも良し!」
久住(適当な奴らだな)

予想外の友人が来た為か久住は調子を狂わされたが日下部がプロ入りを蹴ってまで叶えたい夢を知る事には興味があり久住は自分の家にみんなを連れて行くのだった。

久住家
燕「僕も一緒で良いんですか?」

ここにいるのは久住の弟で燕と言い現在は冥空大学でピッチャーをやっている。
日下部「構わないよ。それよりドラフトに指名されなくて残念だったね」
轟「プロ入り意思があれば下位で指名されただろうにな」
燕「元々、プロで通用する自信がなかったので進学予定でしたからね。せっかくのドラフトだし僕より入りたい人を指名した方が良いですよ」
遠山「相変わらず自信があるのかないのか分からん発言だな?」
久住「こいつはただの天然だ」

燕は久住達が3年の時に全国制覇した投手として2年生ながら話題になった。だが春、夏と甲子園出場は逃しスカウトの評価は一気に落ちたらしくプロからの指名はなかった。
久住(妙なとこで抜けてるのも、らしいっちゃらしいか)
燕「天然って…………まあ兄さん達も苦労してるみたいだし大学で頑張って見ますよ」
轟「ま、将来の事考えると進学が当然だろうな」
久住「まあな」

冥空高校に通っている者は近くにある冥空大学に進学するのが普通で大卒の資格を手に入れる為に進学する選手も多かった。
轟「ま、冥空高校だけでなく冥空大学からプロ入りしてる選手もいっぱいいるしその選択も悪くないだろう」

ちなみに冥空大学も野球では名門で全国にも何度か足を運んでいるらしい。
燕「それに大学野球って高校の時と違って練習なんかは自由ですからね。マイペースでやれて良いですよ!」
遠山「そう言うところは兄弟だな」
久住「うっさいな」

高卒の久住達に取っては大学での話は面白く燕の話で盛り上がって行く。
日下部「できたよ」
燕「見た感じは美味しそうですね」
遠山「美味い! 久し振りに食うが故郷の味って感じだな!」
轟「確かに麺も美味いが汁も美味いな」
日下部「鴨を使ってるからボリュームもあります!」
遠山「つうか鴨鍋食べた後にうどんを入れて食べるのと変わらん気も?」
日下部「美味ければなんでも良し! 鴨でダメなら別の具にしても良いけどね。僕が開く店ではいわゆるセルフサービスって奴だからね」
久住「セルフって事は自分で取って食べるのか?」
日下部「うん。その方が好きな具も出汁も自分で選べるでしょう。こっちとしても楽で良いしどうせなら自分の好きな物を食べてよろこんで欲しいしね」
轟「へえ。面白いアイデアだな」
遠山「他県じゃあまり見ないけど地元じゃセルフうどんってあったな」
日下部「いやー楽ですしね。師匠からも合格点を出されたし良い物件も見つかったしお金がちょっと厳しかったけど、なんとかなりそうだよ」
遠山「何故に俺を見る」

気が付くと全員が遠山に視線を送っていた。理由は言うまでもなくプロで一番活躍しているのだから一番稼いでいる。
久住「お前が一番金持ちだから」
遠山「確かに成績からして年俸は俺が一番高いだろうけど」
日下部「とりあえずオフか、もしくは近くに来たら寄ってね。サービスさせてもらうからプロ選手の来る店と言ったら宣伝にもなりそうだしね」
遠山「ちゃっかりしてやがる。まあ俺は地元だし寄らせてもらうよ」
轟「俺も行く事があったら寄らせてもらうな」
燕「僕も予定があれば寄らせてもらいます」

そう言って全員の視線が久住に集まる。
久住「はいはい。俺も行く事があったら寄るよ」
日下部「うんうん。それでお味はどうだった?」
久住&燕&遠山&轟(グッ!)
日下部「オッケー! 自信が出たよ。頑張るぞ!」

日下部への複雑な思いなど、うどんを食べた瞬間どうでも良くなったと自分は結構単純だなと久住は思ったが美味しい物の前では笑顔のままである。知った顔を見るのは落ち着くらしく心身共にリラックスし久住は3年目のシーズンを迎えるのだった。