第1章 年下の師匠

−1991年 10月−
広島東洋カープVS西武ライオンズの7戦続いた日本シリーズだったがエース御影が1失点完投勝利を挙げてチームを日本一へと導いた。
香住「やっぱり敵わなかったな」
御影「良い試合だったよ。そっちの打線は凄まじかったけど、先発が不足していたな。守部さんと叶さんだけじゃ俺達には勝てなかったな!」
香住「いや、僕のリードがもう少し良ければ」
御影「良かったからこそ。7戦まで行ったんだろう。まあ確かに失点は多かったけどな」
香住「それとシリーズMVPも惜しかったね」
御影「ま、あれだけ打てばバッターが選ばれるだろう。ルーキーの浪川とはちょっと意外だったが」
浪川「意外で悪かったですね。新人王狙ってる俺としたらここで活躍して当然ってだけですよ!」
御影「新人王か、俺も獲ったがお前の世代にはライバルが多いからな」
香住「ブルーウェーブの日暮君にホークスの御堂君か、どっちも凄い活躍をしているからね」
浪川「3割30本打ってる俺が負ける訳がない!」
御影「こればっかりは記者投票で決まるからな。まあ明後日には発表されるだろう」
柳生「俺の存在も忘れられたら困るぜ!」
浪川「大丈夫ですよ。柳生さんには打率も本数も勝っていますから間違いなく俺が選ばれます!」
柳生「その通りなんだがもう少し優しく言って欲しかった!?」
御影「年上は敬おうな」
浪川「すみません」
柳生「まあ良いよ。それより日暮は打率がお前より上だな。御堂も弱小チームで13勝と勝っているし本当に微妙だな」
御影「そうですね。ただ御堂とはね」
柳生「御堂ってAクラスのチームには強いイメージが今年でできるくらいうちをカモにされたからな」
丸井「トータルではホークスに勝ち越しているが確かに御堂が当番した時だけは別だったな」
柳生「丸井さん、ようこそこんなせま苦しいところへ」
丸井「今年の俺の成績じゃお前らの方が格上の選手だろう。そう緊張するな」
御影「そう言えば丸井さんも新人王を獲っていますね」
丸井「ああ。俺はドラフトでも年長の方だったからな。年上の意地って奴かな。そんな勢いでやっていたら獲っちまったよ」
柳生「宮本さんや大友さんも一緒に指名された年か」
丸井「ああ。お前と備前みたいな物だな」
備前「呼びましたか?」
丸井「いや、今年の新人王とMVPは誰が獲るかなって話をしてただけだよ」
備前「新人王は浪川でMVPは首位打者獲った俺だと良いんですがね。ま、MVPは最多勝獲った御影か防御率獲った宮本さんのどちらかでしょうね。新人王は話題性から言っても浪川か御堂でしょうが、選ばれるとしたら御堂の方でしょうね」
丸井「今シーズン、御堂と浪川の試合は打率1割程度だからな」
浪川「来年こそ叩き潰してやる!」

備前の予想通りMVPは今シーズン安定感抜群だった宮本が獲得しルーキーながらチームで投手四冠を獲得した御堂が新人王に選ばれるのだった。
守部「5年前の借りは返せなかったか」
常葉「俺達は初めての出場で楽しかったですよ」
道仏「うむ」
雨宮「3割30本が5人いる打線だったのにな」
相馬「全ては俺のせいか」
香住「そんなに気にしなくても」
常葉「しかしお前の同級生はさすがだったな」
道仏「確かに御影も凄かったがルーキーでシリーズMVPを獲った浪川の方が上じゃないか?」
界外「そうっすね。2位指名なのに1位の高野より活躍しましたからね」
香住「そうなんだけどね。ドラフト外で指名された界外君も3割30本打っているからね」
守部「ま、指名された順位なんて関係ないって事だろう。現に一番評価の高かった神代はそこそこしか活躍できなかったからな」
香住「高卒で100試合出場して2ケタ打てば大した物だと思えるんですけどね」
守部「まあな。だが今年は別格の怪物がいっぱい出現したからな」
常葉「俺の時も凄かったな。ライバルはチームメイトだったけど」
守部「俺の1年目は2軍だったな。2年目には初登板が来たが活躍はできなかったな。3年目にタイトル獲ってからエースって言われる様になったけどな」
常葉「へえ。守部さんの世代で新人王獲ったのは誰なんですか?」
守部「知らないのか? ジャイアンツの妹尾だよ!」
常葉「妹尾さんか」
守部「ああ。あいつも高卒でドラフト1位で指名されたな。俺ほど評価は高くなかったが永井と同じくらい評価が高かったな」
常葉「守部さんはMVPや沢村賞も獲ったし永井さんは通算セーブ記録保持者だし妹尾さんもMVPを獲った事もあるし豪華な新人対決ですね」
守部「俺はあの2人に比べると遅かったけどな。ま、当時では新人王を獲った妹尾が一番凄かったんじゃないか、俺が活躍した年は調子が悪かったが」
香住「そう言えば永井さんも肘を壊して今シーズンは登板がなかったんですよね」
守部「ピッチャーやっていたら肘やら肩は必ず痛めるからな。知り合いの医者はそもそも人が物を投げる事は不自然だから故障しても仕方がないって言ってたしな。俺も2年前に手術して復活したしあいつにも復活してほしいよ」

こうして御影と香住のシリーズ対決は終わった。しかし帰郷したら彼らは幼馴染と仲良く友人として再会していた。
御影「なんつうか今年も終わったって感じだな」
香住「現に終わってるからね」
御影「今年もタイトル獲ったし順風なプロ生活を送っているな」
香住「どうせ僕はまだタイトルも獲れませんよ」
御影「まだ2年目だし気にする事もねえよ。それにしてもここまで来るのは長かったな」
香住「そうだね。なんだかんだ言って夢だったプロ野球選手になれたしあの時は夢にも思わなかったね」
御影「ああ。これもあの時のガキンチョのおかげか」
香住「うん。彼がプロ入りするまで先輩として格好良いところを見せないとね」
御影「そうだな。あのガキンチョは何処で何をやっているのやら?」

御影「ぬぉ―――!」

ズバ―――ン!
香住「うん。良いボールだよ!」
御影「いや、こんなボールじゃダメだ」

今では信じられないだろうが昔の御影と香住は選手としては一流どころか三流と言われるくらい落ちこぼれだった。努力は認められていたが試合で活躍する事もなく彼らは中学3年の頃も全然活躍できなかった。では変わった切欠はなんなのかそれはある少年との出会いだった。
河島(まいったな)
香住「君、迷子?」
河島「違います。迷子は俺でなく両親の方です!」
御影「残念ながら一般的には子供の方が迷子って言われるんだよ」
河島「そうなのか」
香住「まあまあお兄さん達が一緒に探してあげるよ」
河島「いえ。あのー」
御影「気にするな。帰りのついでだ。ガキが遠慮するな」
河島「はい(そう言う意味じゃないんだけどな)」
御影&香住「……………………」
河島「すみません。こう言う両親なんです」

そこにあった物は「悪いが先に帰る。お前は地図に書かれている知人の家に向かえ!」と書かれたメモが缶ジュースと一緒に置いてあった。
御影「普通、こんなガキンチョ残して先に帰るか!?」
河島「今までも結構置いてけぼりは食らってますし慣れてますから」
御影「それにしても適当な両親だな!」
河島「いえ。変人ですがあれでも結構良いところもあるんですよ」
御影「そうか、両親の悪口言って悪かったな」
河島「俺の事を心配して言ってくれたって事くらい分かりますから気にしてないですよ」
香住「あのさ。ここに書かれている家って灯夜の家じゃない」
御影「なんだとっ!?」
河島「お兄さんち!?」
香住「うん。やっぱり間違いないよ。僕の家は隣だしここ灯夜の家だよ」
御影「こんな偶然あるのかよ!?」
香住「まあ結果的には良かったんじゃない」
御影「まあな。仕方ない。しばらく家に住め」
河島「はい!」

こうして御影家は変わった居候も増えた妙な生活が始まった。
河島「そう言えばお兄さん達も野球しているんですね」
御影「ああ。達もって事は京太もやっているのか?」
河島「はい。エースで4番って言いたいところですが控え投手やら6番外野だったりします」
香住「レギュラーなんだ」
河島「うーん、ま、一応は」
御影「ふーん、俺はピッチャーで祐真はキャッチャーだ。こっちは残念ながら補欠だけどな」
河島「そうなんですか意外ですね」
御影「意外?」
河島「俺、こう見えても勘の良い方なんで凄そうな人見ると鼻が利くんですよ!」
御影「ふーん」
河島「全然信じてませんね」
御影「実際補欠だからな」
河島「むう」
香住「まあまあ僕はキャッチャーだし京太君のボールも捕って見たいな」
河島「ふっふっふ、あまりの剛速球にびびらないで下さいよ!」
御影(そう言えば俺にもこんな時期があったな。中学に上がってからはレベルの違いに愕然としたっけ)

御影は河島に昔の自分を重ねて見ていた。せめて河島には自分の様になって欲しくないと思いながら就寝に付くのだった。
河島(シュッ!)

ズバ―――ン!
香住「これが小学生のボール!?」
御影「つうかそのモーションはなんだ!?」
河島「ふっふっふ、これが俺の必殺技マグナムトルネードです!」
御影「マグナムトルネードって?」
河島「俺の必殺ストレートです。あいつらには絶対必殺にするなよと青い顔して言われたりもしましたけど俺は気にしません!」

あのメンバーに聞かれたら全員に突っ込まれそうだが河島は気にせず自画自賛する。
香住「それにしても110キロは出てたし球威も凄そうだしと凄いボールだったよ!?」
御影「ああ。コントロールはダメそうだが本当に凄いボールだった!」
河島「コントロールの事は言わないで下さい」
御影「……なあ京太、そのフォームを教えてくれ!」
河島「俺の投法をですか」
御影「頼む!」
河島「別に良いですけど、キャッチャーには嫌われるフォームですよ。監督にも散々止めろと言われましたし」
香住「モーションが大きいからね。それにセットだとどう言うふうになるんだろう?」
御影「しかしボールの威力は凄かった!」
河島「分かりました! 俺はとにかく走って走ってフォームを固めました! まずはランニングからです!」
御影「オッケー!」

御影は初めて自分が目標にするピッチャーを見た。年下だったがそのピッチャーは御影の憧れとなった。
河島「こうやって力をためた後に渾身のボールを投げます!」
御影(こうか!)

ズバ―――ン!
香住「凄い。120キロは出ているかも!?」
河島「凄いボールを投げますね!?」
御影「(待てよ)祐真、落とすぞ!」

スト―――ン!
香住「なっ!?」

トルネードで投げたフォークも落差は凄まじく香住も後逸する。コントロールに問題があるが確かにボールの威力は上がっているらしい。
河島「やっぱり俺の勘は当たるな。きっと2人共凄い選手になる。あいつらにも教えてやろうっと!」
御影「やっぱり変化球の威力も上がった。このフォームなら俺は誰をも超えるボールを投げられる!」

香住「あれから僕も灯夜のボールに慣れたせいかキャッチングを買われてプロ入りもできたけど」
御影「ああ。切欠はガキンチョだったな。それにフォームチェンジだけで全てが上手く行った訳じゃないけど、切欠と言えばやはりあれだったからな」
香住「そうだね。やっぱりクイックは最悪だったし四死球で自滅した試合もあったからね」
御影「ああ。けど最高のボールを投げられる様になったんだ。それで十分さ!」
香住「ちなみにあの子はシニアで大活躍している見たいだよ」
御影「そうなのか?」
香住「うん。怪物勢揃いの世代らしく彼が入るとしたら4年後のドラフトだね」
御影「つうかあのガキンチョなら今からでも通用するんじゃね?」
香住「さすがに過大評価だけどね。だけど既に140キロを出すって話だし」
御影「マジかよ!?」
香住「うん」
御影「ははっ、いずれは球速で抜かれそうだな。まったく大したガキンチョだな」
香住「彼が入るまでに僕らもチームで主力にならないとね」
御影「俺はもうなっているけどな」
香住「どうせ僕はまだですよ」

時は流れて4年以上経った。御影も既にチームのエースとして活躍し河島も既にノーヒットノーランを達成とルーキーとは思えない力を見せている。
御影「今年はこの日が一番の楽しみだったぜ。お前と投げ合える日をな!」
河島「パリーグのエースと言われる御影さんにそこまで言われるとは光栄ですね!」
御影「じゃあそのエースの座を奪われない為に今日の試合でも勝つかな!」
河島「ルーキーだろうがベテランだろうがプロはプロだ。今日の試合は俺がもらいます!」
御影「ルーキーのくせに良い度胸じゃないかプロのエースって物を教えてやるよ!」

恩人に尊敬する投手と今や2人共プロ野球選手となった。師弟とは違い友人と言った方が良いのかも知れない。これからも彼らの関係は続いて行くだろう。