第1章 暗雲
−1991年 2月−
2月に入り高校の選手もプロ野球に参加していた。もちろん1位で指名された御堂は実力、人気共に高く1軍キャンプに加わるほど期待はされているらしい。
御堂(年上のルーキーもいるけど僕が1位だからな。ここはビシッと決めるぞ!)
堀内監督「これで俺も監督生活3年目だが昨年は最悪だった。今年はそれを改善する為にも各自頑張ってチームを盛り立てて行こう!」
全員「はい」
監督やコーチ、新人などの紹介も終わり御堂はこれからどうしたら良いのか途方にくれていた。
御堂「それでこれからどうしたら良いんだ?」
川崎「よう。ルーキー!」
御堂「川崎さん」
川崎紀洋
(
かわさきのりひろ
)
は新人の頃から先発として活躍して来たが近年は歳のせいか衰えを自覚し抑えに転向している。昨年は抑えで8セーブとそこそこ活躍した。セーブが少ないのは勝ち星が少ない為であり比較的安定したピッチングを見せた。投手陣の中では信頼が厚く監督の評価も高い。
川崎「何をすれば良いか分からないならあそこの海藤にでも受けてもらえ!」
御堂「あの大きな人ですか」
川崎「まあ知らないのも無理はないか、海藤はお前より1つ上で見ての通りキャッチャーだ。なかなかセンスは良いし今年は開幕からレギュラー獲るかもな」
御堂「そう言えば正捕手は不在でしたっけ?」
川崎「いや、レギュラーのほとんどが決まってない状態だよ。投手陣に至っては昨年2ケタ勝てた奴が1人もいないからな」
御堂「弱小と聞いてましたがここまでとは!?」
川崎「まあな。ドラフトではピッチャーばっかり指名したしな。それに野手陣も良い選手って言えるのは少ないからな」
御堂「近衛さんは?」
川崎「あの人も年齢的に限界だからな」
近衛正義
(
このえまさよし
)
とはホークスの4番として球界でも活躍していて年齢的にも成績的にも衰えを感じているがそれでも4番を任されているチームの看板選手である。
海藤「ま、俺達若手に取ってはチャンスではあるな」
御堂「いつの間に?」
海藤「いや、あの無明実業から指名した御堂のボールを受けられるのはいつかいつかと聞き耳を立ててたんだ!」
川崎「ハハハ、ご指名だぞ。受けてもらえよ!」
御堂「そうですね。せっかくだし受けて下さい!」
海藤「はい!」
御堂(シュッ!)
ズバ―――ン! ククッ!
海藤「すげえ。既にプロクラスのボールだな。ドラフト1位ってのも納得だ!?」
御堂「どうもです」
海藤「俺達でチームを盛り上げて行こうぜ!」
御堂「はい!」
こうして親しい先輩と知り合うなど御堂のプロ生活は順調なスタートとなったがそれはキャンプの時だけだった。
−1991年公式戦 東京ドーム−
右
三崎 寛人
1
後攻
先攻
VS
1
鳥海 新之助
右
遊
野原 終
2
2
野上 憲弘
二
三
香取 望
3
3
下山 隆祐
中
DH
青葉 棗
4
4
近衛 正義
DH
中
神代 一歩
5
5
ノーブル
一
一
小山 力
6
6
高原 竦
三
捕
織田 利夫
7
7
海藤 知也
捕
左
纐シ 史也
8
8
高杉 充
左
二
清川 尚則
9
9
加茂 史虎
遊
投
妹尾 彰人
P
P
御堂 誠人
投
神代「早い再会だったな」
御堂「本当にね。しかしこの凄い打線の中でクリーンナップとはさすがと言うべきか」
神代「そっちこそ最初のオープン戦で先発とは期待されているのが良く分かるな!」
御堂「ドラフト1位だから最初に戦力になるか確かめる為だろうね。期待には応えて見せるよ!」
神代「一度敵としてお前と戦って見たかったし期待してる!」
御堂「ああ!」
近衛「あれが新人王の本命の神代か、いきなり5番とはさすがだな」
御堂「仲間の時は心強かったんですが敵にするとなんか怖いですね」
近衛「それがプロの世界さ。神代もだがジャイアンツのクリーンナップはかなり強力だ。だがここでお前が抑えればエースと呼ばれる日もそう遠くないだろう」
御堂「エースか………………
って近衛さん!?」
海藤「遅っ!?」
近衛「まあ頑張れよ。ルーキー!」
そう言って近衛は去って行った。
海藤「お前、本当に期待されてんだな。まさか近衛さんから話しかけて来るなんて!?」
御堂「僕も驚いたよ!?」
海藤「ま、相手はプロだが俺達もプロだ。俺のリード通り投げてくれよ!」
御堂「はい!」
放送席
類「ご存じ! 知っている人は知っている類です! 今年はホークスを主に担当するらしいです。そして解説にはメジャー経験もあるヤッシーさんに来てもらいました!」
柾木「柾木社です。ヤッシーとは呼ばれてはいません。メジャーの時も普通にヤシロと呼ばれていました」
類「ちなみにホークス時代はMVPも獲っているとかなり活躍していますので解説には適任だと思って来てもらいました」
柾木「まあ、来ちゃったんですけどね」
類「ちなみに注目するところはドラフト1位でチームメイトだった御堂と神代の対決でしょうか?」
柾木「確か同じ高校のエースと4番だったんですよね。こう言う場合はどっちが有利なんでしょうね?」
類「評価では神代の方が上ですが、うーん、なかなか難しいですね」
柾木「残念ながらチームとしてはジャイアンツの方が格上でしょうね。御堂の責任回数が何回かは分かりませんが彼が何処まで抑えるかがポイントになるかも知れませんね」
類「ちなみにジャイアンツの先発は2年連続20勝の妹尾とプロでも最高のピッチャーと対決となりますが」
柾木「大人と子供の対決って感じですね。この2人の投げ合いも注目ですね!」
1回表 巨人0−0ダイエー ジャイアンツの先発はエースの妹尾!
織田(それじゃいつも通りミットに向かって投げろ!)
妹尾(はい!)
ククッ!
鳥海「やっぱり凄いキレだな」
妹尾(シュッ!)
ククッ!
野上(嫌なコースばっかり!?)
妹尾(シュッ!)
ズバ―――ン!
下山「手が出ん!?」
類「1回表は三者三振と妹尾が見事なピッチングを見せました!」
柾木「あのスライダーは超が付くほどの物ですからね。タイガースの竜崎ほどとは言われていませんがコントロールをプラスすれば竜崎以上と言っても良いんじゃないかな!」
類「右と左で違いますがこの御堂も妹尾に似たタイプです。総合力では既に完成されているとも噂されていますがその実力はプロでも通用するのでしょうか!」
柾木「キャンプでは既にその力を見せたと言われていますね。しかしオープン戦ではどうでしょうかね?」
1回裏 巨人0−0ダイエー 御堂も万全の調子でプロでの初登板となった!
海藤(男は直球勝負! ドーンと来いだ!)
御堂(すみません。変化球のサインもそれとど真ん中は勘弁して下さい!)
海藤(OK! じゃあまずはここね!)
御堂(まあ、リードは上手いって聞いてたし信じて投げよう!)
ズバ―――ン!
三崎「良いコースに決めて来るな」
類「最後はアウトコースへのストレートで決めます。意外にも三球勝負でした!」
柾木「初回から145キロ、変化球もキレていましたしドラフト1位の実力を見せますね!」
御堂(シュッ!)
ククッ!
野原「アウトコースいっぱいか」
類「今度はアウトコースへのカーブで決めます。またしても三球勝負で決めました!」
柾木「なるほど、プロ即戦力と言われるだけあって変化球とコントロールも凄まじいですね。まあ問題はここからですけどね」
類「昨年3割30本100打点を達成した香取、今年はもちろんタイトルを狙うと豪語してました」
柾木「ちなみに昨年の二冠の青葉が同じチームと今年はチームでの争いとなりそうですね」
香取「140半ばで変化球もレベルが高いとコントロールに気を付ければ問題なさそうだな」
御堂「一流選手相手に何処まで通用するか、堂々と勝負するぞ!」
ガキッ!
類「平凡なファーストゴロに終わり御堂は三者凡退に抑えます!」
柾木「三者三振とは行きませんでしたが御堂の力は十分に分かりましたね。香取にも通用する様なら本物でしょう。十分、プロでもやって行けますよ!」
香取「良いピッチャーだな」
神代「うちのエースでしたからね」
青葉「今は敵チームって事を忘れるなよ」
神代「ええ。もちろんバッターとしては打たせてもらいますよ!」
海藤「ナイスピッチング! これなら完封もできるかもな!」
御堂「えっ? 9回まで行くの?」
海藤「監督がスタミナなくなるまで続投させろって言ってたよ!(ちなみに9回を3失点以内に抑えたら開幕一軍ってのは内緒だけどね!)」
御堂「そう言う事は先に言って下さい。全力投球でスタミナが途中でなくなるところだったじゃないですか!」
海藤「大丈夫! 後ろには川崎さんもいるし問題ないよ!」
御堂「まあ完封できるほどスタミナに自信がある訳じゃありませんから川崎さんのお世話にはなるでしょうけど」
2回表 巨人0−0ダイエー 1回は両投手3人で抑えると見事なピッチングを見せた!
近衛「来た!」
カキ―――ン!
妹尾「今年も飛ばすなー」
類「ライトスタンド一直線! 決め球のスライダーを完全にとらえると今年も好調振りをアピールします!」
柾木「ルーキーの頃から見ていますがバッティングはいまだに衰えていませんね。こりゃ今年も4番は不動かな」
近衛「遅くなったがプロ入りの祝いだ。こいつで初勝利を取れ!」
御堂「あ、ありがとうございます!」
海藤「渋いぜ!」
鳥海「何故に泣く?」
海藤「感動したからです!」
鳥海「分かりやすい理由だな」
妹尾「後続は抑えなきゃな!」
ガキッ!
ノーブル「やっかいなところに!?」
ガキッ!
高原「ぎゃっ!?」
ズバ―――ン!
海藤「入ってんのかよ!?」
類「後続は三者凡退とあっさりですね」
柾木「まあ近衛以外はあんまり活躍していませんからね」
類「優勝争いにずっと加わってないですからね」
柾木「素質ある選手はいるんですけどね。どうにも勝利への執着心が足りない感じがするんですよね」
類「まあまだ2回ですし点も入った事だしこれからを期待しましょう!」
柾木「そうですね!」
2回裏 巨人0−1ダイエー 妹尾も好投を見せるが近衛の一発でダイエーが1点を先制した!
御堂(1点が入った。後は守って行くだけだ!)
海藤(勇ましいのも結構だけど次は球界の4番だ。慎重にな!)
御堂(はい!)
青葉「良いコースに投げて来るな!」
カキ―――ン!
類「絶妙なコースのストレートですがファーストの頭を越えるシングルヒットとなりました!」
柾木「こう言う流し打ちを見ると4番と言うより3番タイプに見えますね」
御堂(コース付いたのにあっさりと!?)
海藤(青葉さん相手にシングルならマシな方だろう。それで次は神代か、あいつに関してはお前の方が知ってるだろうし自分でリードするか?)
御堂(いえ。これからもお世話になるでしょうし海藤さんのリードに従います!)
海藤(そう言われるは嬉しいけどプレッシャーもかかるな)
神代(あいつなら最初に何を投げる。やはり俺の苦手なコースか?)
ガキッ!
御堂「ふう」
類「わずかに芯を外されたか結果はライトフライで御堂君の勝利ですね」
柾木「ええ。しかしあの飛距離はさすがですね」
神代「思っていた以上に球速が出てたな」
小山「まだまだ成長期って事だろう。もちろんお前もな!」
神代「そうですね」
海藤(すげえスイングだったな)
御堂(まあ10年に1人のスラッガーですからね)
海藤(とにかく次からも一発のある長距離打者が続くし慎重に行こうな)
御堂(分かってはいましたがとんでもない打線ですね)
海藤(まあ昨年の優勝チームだからな)
ガキッ!
小山「結構速いな」
類「ボール球でしたが手を出して打ち上げ2アウトとなります!」
柾木「相変わらずボール球でもガンガン振って来ますね」
類「打てそうなボールならボール球でもガンガン振って来る人ですからね」
柾木「それで数字出してますからね」
御堂(次も長打力のある織田さんだし
って本当に気を抜けない打線だな)
織田(ここまで観てると総合能力の高いタイプだな。この手のタイプは)
カキ―――ン! パシッ!
類「とらえたかと思われましたが思っていたより伸びずにセンターフライで終わりました!」
柾木「うーん、やっぱりパワーも衰えて来てるんですかね」
織田(……やはり伸びなかったか)
御堂(しかしタイミングは合ってたしもっと慎重に行かないとダメかな)
その後も妹尾や御堂は好投を続けて行き8回に入る。
8回表 巨人1−2ダイエー あれから1点ずつ入り試合は8回を迎える
藤咲「少し早いがとっとと終わらせよう!」
ガキッ!
鳥海「打たされたか」
類「早くも守護神に代わり鳥海は軽く料理されて1アウトです!」
柾木「料理ね。まあプロ3年目なのにベテランクラスのピッチングを見せてますからね!」
藤咲「しかし……いや、今は抑えて行く事だけを考えるか」
ズバ―――ン!
野上「嫌なところに!?」
類「あっさりと見逃し三振ですね」
柾木「まあ低めギリギリだしあのコースじゃ手が出ませんか」
藤咲「ふう」
ガキッ!
下山「打たされてるな」
類「高めのシュートを打ち上げて3アウトチェンジと完全に抑えられましたね!」
柾木「目立ったとこはないですがやっぱり藤咲はコントロールが良いですね。しかし打撃陣はたんぱくと言うかもう少し粘りが欲しいですね」
8回裏 巨人1−2ダイエー ここまで御堂は1失点と新人離れしたピッチングを見せているが
御堂(さすがに疲れて来たけど、後2回だ!)
ガキッ! ポロッ!
ノーブル「あっ!?」
類「何でもない当たりでしたが新外国人のノーブルはエラーし出塁します!」
柾木「まあ芝も違いますしこう言う事もあるかも知れませんね」
御堂「大丈夫です。次も抑えて行きますからよろしくお願いします!」
ノーブル「ああ!」
野原「何とか出塁はできたな……しかし8回でもあまい球は来ないと大したルーキーだな」
御堂「ここからクリーンナップか」
香取「何度も同じ手を食うか!」
カキ―――ン!
御堂(綺麗に打ったけど野上さんなら届くはず!)
類「セカンドの頭を越えてランナーは2累でストップ、ノーアウトでランナーが得点圏まで行きました!」
柾木「今のは頑張れば捕れた気もするんですがね?」
野上「すまん」
御堂「いえ。次はお願いします!」
野上「おう!」
海藤(不運だ。次をきちっと抑えよう!)
御堂(はい!)
青葉(ルーキーでこの場面は厳しいだろうがこれもプロの洗礼として思いこの後の糧にして頑張れよ!)
カキ―――ン!
御堂(完璧に打たれたか…………いやセンターだし下山さんの足ならギリギリ追い着けるはず!)
類「ホームランにはならなかったがセンターの頭を越えてランナーを一掃しました! 読売ジャイアンツ、主砲の一振りで逆転です!」
柾木「あれは確かにヒットですね(…………だけどな)」
海藤(交代のサインは出ていないけど…………大丈夫か?)
御堂(打たれたのは仕方ない…………だけど?)
青葉(ルーキーとは思えない良いボールだったが……スタンドまで届かないとは面白い奴だな!)
完全な狙い打ちでスタンドまで届かなかった事に素直に驚くと青葉が御堂に興味を持ったのがこの1球だった。
神代(逆転したがランナーは得点圏だ。後ろには小山さんや織田さんもいるしルーキーの俺を敬遠する事はないだろう!)
御堂(まだノーアウトだ。ここで断ち切らないと!)
カキ―――ン!
この回で試合は決まり御堂の初先発は敗戦投手として終わるのだった。
福岡ダイエーホークス選手寮
海藤「俺もお前も開幕1軍と1軍の中じゃトップクラスの若手だな」
御堂「そうですね」
海藤「最近の若いもんはクールだね」
御堂「そう言う訳じゃなくて…………最初の試合を覚えてますか?」
海藤「ああ。お前の初登板だろう。あれで開幕1軍勝ち取ったんだよな。特に青葉さんに打たれた後は見事なピッチングで抑えて行ったよな。監督の評価もあれで一気に上がったと俺が1軍入りした理由の大半はそれかな。その後の試合での登板も悪くなかったしさすがはドラフト1位だねと俺は思ったね…………それから」
御堂「いえ。それで十分です!?」
これ以上放って置くと際限なく喋り続けそうなので慌てて御堂がストップをかける。
海藤「そうか、とにかく俺はお前に感謝してるぞ!」
御堂「とにかく! 最初の試合で思ったんですか先輩達は覇気がないと言うか勝つ気がない感じがするんですが?」
海藤「まあオープン戦だから調整がメインだ…………
と言いたいところだが正直俺も同じ感想だったよ」
御堂「高校時代のチームメイトに比べてもちろん技術は高いですけど、執念と言うか勝利への執着心は感じませんでした。プロと言ったら精神的に強い人が多いと思ったんですが…………」
それ以上の言葉は言えなかった。御堂も自分が正しいとは断言はできなかった。自分はまだ1年目でプロのシーズンの経験もないのだ。それにルーキーがベテランに強く言える訳はないと言うよりは相手は自身の夢であるプロ野球選手なのだ。こんな事を言うべきではないのかも知れないとそう感じたのかも知れない。
海藤「お前の言いたい事は分かるよ。ただ、俺が1軍に上がった時はもうシーズンも終わりで消化試合だったし俺が出たのは最後の試合でみんなケガしないように試合をしてた」
御堂「消化試合ですか?」
海藤「まあ良い言葉とは言えないかも知れないが俺達若手に取っては来年に向かえて試してくれるテストとも言えるしチャンスでもあるから一概に否定はできないな」
御堂「すみません。ルーキーが生意気な事言って」
海藤「いや、さすがに開幕からやる気はないと思いたくはないし先輩達も開幕では大丈夫だろう。ちゃんと勝利に向かって頑張るさ!」
御堂「そうですね。なんか話したらすっきりしました!」
残念ながらすっきりしたのはこの時だけだった。御堂の波乱の1年はまだ続くとプロはある意味高校よりも難しいと知るのだった。