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柚「まだ投げる!」
中西監督「ダメだ! スタミナが落ちてただでさえ球威の軽いボールが更に軽くなってるんだぞ!」
柚「……この試合にコールドはないからずっと投げ続けて逆転を待つ!」
中西監督「そう言う問題じゃなく下手すれば投手生命がここで終わりになるぞ!」
柚「ここで勝てなければ私に次はない。だから投げ続ける!」
斎藤主将「監督、柚の好きにさせてくれませんか」
中西監督「なっ!? 斎藤、お前まで」
斎藤主将「柚の言う通りここで負けたら柚に次はないんですよ!」
中西監督「違う。次はある。大学でも社会人でもプロでも壊れなければ次はあるんだ。俺は身を持ってそれを知っている!」
柚「私は構わない。負けるくらいなら諦めるくらいならここで全てを出し切る!」
斎藤主将「多分、同じですよ。監督と」
中西監督「………………」 中村「もうその辺にしとけ。投げ込むのも良いがやり過ぎると肩を壊すぞ?」中西監督の時代ではピッチャーは500球とボールを投げ込んで肩を作るのが当然の時代だった。練習も科学的とは言えず精神論に基いた練習がほとんどだ。だから中西監督も当時は毎日500球と投げ込み3年になったばかりの頃に肩が壊れた。昔の時代にはアマでもプロでもこんなふうにケガに泣いた選手は多かったらしい。 中西「壊れたらそれまでの肩だったって事だ。こんな練習で壊れるようじゃ日本一の栄冠は手に入らん!」 中村「ったく」中村も言いたい事はあったが長い付き合いのせいか何を言ってもムダだとは分かってるので何も言わなかった。しかし彼はこの時の選択を終生悔いる事になった。 この日に中西の投手生命は終わった。少なくとも以前の様な剛速球は終生投げれる事はないと医者に告げられた。 中西「所詮、俺はここまでが限界なのか?」 結依「ふっ!」背後からの結依の不意打ちで地面に投げ付けられて引き摺られる。 結依「冷たいではないか、人が待ってるのに全然店に来ないとは?」 結依「少しは元気が出たか?」 結依「と言うかこの近くの連中は全員知っとるぞ」 結依「赤竜高校が誇る大投手、この辺じゃ将来のプロ野球を背負う男とまで言われておるからな。お前のケガの事はみんな知っとるよ」 結依「何を謝る必要がある。お前だってケガしたくてケガした訳じゃあるまい」 結依「それでお前は何をしとるんじゃ?」 結依「仮にも主将のお前が練習に出なくてどうするんじゃ!」 中西「あっ、そうだ。俺は主将だ。俺が練習に行かないでどうするんだ!」 結依「あいつらはお前を信じて練習しとるんじゃぞ。ま、お世辞にも良い顔をしてるとは言えないがの」 中西「くそっ!(タッ!)あいつらが必死で夏を目指してるのに俺はこんなところで何をやってたんだ!」 結依「うむ。それでこそ男の子じゃ!(しかし単純じゃな。ま、そう言う奴が好きなんじゃが)」 |
中西監督(何度あの頃に戻ったとしても俺は同じ選択をするだろうな。壊れたらそれまでの肩だったか―――呆れる事に壊れた今でもそう思うんだよな。しかし赤竜高校のピッチャーってのは何でこう言うタイプばっかり集まるのかね?
中西監督「っと、はあ、選手がそこまで覚悟を決めたんだ。俺も覚悟を決める!」
吉田「続投ですか!?」
中西監督「腹は決めた。こうなったらこの試合は柚と心中だ!」
柚(コクッ!)
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霞「長いタイムも終わり試合はまだ5回表、1アウトランナーなしでバッターは服部!」
霞「風祭さんはここで負けたらもう公式戦には出れませんからね。意地でも降板はできないんでしょう」
柚(シュッ!)
霞「服部選手はライト前に打って1塁へ!」
武藤「やっぱり厳しいな」
ジャクソン「ここで終わらせる!」
霞「ライトフェンス直撃の打球! 篠原君の判断が良かったかランナーは3塁でストップ! しかしまたしてもランナー2、3塁のピンチです!」
武藤「敬遠するのも手ですけど、なさそうですね」
柚(シュッ!)
霞「追い込んだ後は130キロのストレートで空振り三振!」
霞「ようするに自分でも半信半疑だからどう言うふうに言えば分からないんですね」
柚(シュッ!)
霞「望月選手はエアナックルを打ち損じてセカンドゴロで3アウトチェンジ!」
中西監督「ギリギリ望みはあるな」
斎藤主将「ええ、これからも失点するでしょうから本当に小さな可能性ですけど」
中西監督「この裏で4点か―――きついが頼めるか!」
真田「柚ちゃん、僕、相川君が出て吉田がホームラン打つのが理想だね」
ここまで来たら俺も覚悟を決める。どんなピッチャーが来ても打ってやる!」
真田「そう言えばピッチャーは誰だろう?」
相川「あっ、出て来ました。木崎さんの様ですね。球速は140キロ後半、変化球、特にスライダーは定評があります」
中西監督「さっきの高岡に比べて穴の少ないタイプだが今年の防御率は高岡より悪い」
真田「とにかく誰が相手でも打たなきゃダメだね。次は柚ちゃんからか」
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霞「試合は5回裏、赤竜高校、代打は出さず表情からは分かりませんがバテバテの風祭さんが打席に行きます!」
柚(さすがはプロ、これをヒットにするのはきつい)
霞「期待の風祭さんでしたがスライダーを打たされピッチャーゴロ!」
霞「どうかしましたか?」
霞「147キロのストレートを何とか当てますが結果はピッチャーフライ!」
霞「今日ヒットを打っている相川君でしたがスライダーを打ち上げ3アウトチェンジ!」
霞「そして9回にはセーブ王の樋川選手、確かに絶望的ですね」
相川「やっぱりプロの主力ピッチャーからはそうそう打てませんね」
真田「監督、何か良い打ち方ありませんか?」
中西監督「ないな!」
中西監督「プロの決め球だ。普通に考えてもアマに打てるボールじゃない」
中西監督「打つとしたらスライダーを捨てて別の球を狙うか、スライダーを狙うなら予想以上に変化すると思って強振で狙うかだな」
中西監督「何度も言う様にあっちはプロ、打てなくて当然なんだ。こうなったら打てると思って思いっ切り振れ!」
相川「四死球も期待できないしコースも抜群なところに決めて来ますからね。確かにそれしかないかも」
真田「やっぱり相川君でもヒット打つのは難しいの?」
相川「ええ、あの変化でコース付いて来ますからね。当てるのがやっとですよ!」
中西監督「相川ほどのバッターでも当てる事がやっとだからな。やはり一発を狙うか打てそうな斎藤の前にランナーをためるかだな」
中西監督「左バッターならインコースのスライダーに当たりに行けばデッドボールになるが」
相川「そう思ってインコースを狙うと、アウトコースに投げて来るんですよね」
中西監督「さすがは河村か、リード力だけは衰えるどころか年々上がってるな」
相川「ベテランの方が洞察力が優れてますからね」
中西監督「そうだな」
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柚(シュッ!)
霞「右中間を抜けた。打った深町選手は3塁へ!」
霞「そうですね。球威や変化や速度は落ちましたがコントロールだけは不思議と何とかなってますね?」
柚(シュッ!)
霞「これはセカンドゴロ! ホームではなくファーストに投げて1アウト! サードランナーの深町選手は帰塁し3塁残塁!」
柚(シュッ!)
霞「打ち上げた。ピッチャーフライでランナーはやはり3塁のままです!」
及川「お兄さんがプロの厳しさを教えてやらんとな」
柚(シュッ!)
霞「得意の盗塁はまだ見せられないが守備で快足を見せた真田君、センター前の当たりをアウトにします! とにかく赤竜高校、この回は無失点で抑えました!」
霞「解説のお二人さんは信じられない顔をしていますが、結果としては無失点です!」
中西監督「と言っても後3回もあるんだ。まあ1回で逆転できれば話は別だが」
吉田「頑張ります!」
中西監督「逆転すれば柚の打席で代打か守備で代えるつもりなんだけどな」
斎藤主将「それより柚は休める時に休め」
柚(コクッ!)
相川「表情からは読めませんが返事で返せないくらい辛そうですね」
真田「ま、普段からは寡黙な娘だけどね。僕が捕った時には珍しく本当に嬉しそうな顔をしてたからね。やっぱり辛いんだろうね」
吉田「しかしこのままじゃ本当に壊れかねないし早く逆転してやらないと!」
真田「ま、焦らない焦らない。こんな時こそ慎重にね」
吉田「そうだな」
吉田「次は俺からの打席だ。何とか出塁を狙う!」
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いや打たなきゃ柚が壊れちまう。ここで何としても打たないと!)
霞「初球は145キロのストレートがストライクゾーンに決まります!」
武藤「高校生にはきつい速さですね。しかし1年生の頃から甲子園ではこの速さのボールを見て来た吉田君です。期待しましょう」
霞「次はフォークが決まり一気に2ストライクと追い込まれました!」
武藤「次は外に外して来るかな?」
吉田「やはり凄い変化だな。しかし打つ!」
霞「またもやライト前に落ちた。ライトは強肩の深町選手でしたが刺せずノーアウトでランナーが出ます!」
武藤「当たりはいまいちでしたが、一応ヒットになりましたね」
吉田(ふう、何とか出れた。次は今日絶好調の斎藤だ。プロと言え楽に抑えられるバッターじゃない)
斎藤主将(吉田―――おっしやるぞ!)
霞「これはライトを越えるかと思ったが深町選手がジャンピングキャッチ!」
霞「サードゴロ! 危なげない送球をしますがダブルプレーでチェンジです!」
霞「うーん、しかしこのままだと風祭さんは公式戦に出れません。頑張れ赤竜高校!」
真田「ヒットで出たところまでは格好良かったけどね。4番と5番がね(ジ〜〜〜!)」
相川「まあ、上を叩いて併殺と結果は悪かったけど、狙いは悪くなかったよ」
中西監督「元々無茶だと分かっていた事だ」
中西監督「こうなったら諦めず食い付いて行け! 諦めなければ突破口も見つかるかも知れん!」
斎藤主将「突破口か、癖とかで球種が分かればとか?」
吉田「それは難しいと思うぞ。ビデオで見ながら何度もフォームを修整してるんだ。そんな癖があったらトレーナーやコーチがすぐに気付くだろうし」
斎藤主将「だよな。しかしコース付かれてあの速度と変化じゃ連打も難しい」
中西監督「河村のリードもコントロールのあるピッチャーと組んだら抜群だからな。奴は17年間プロの一流バッターとも対戦して来たんだ」
中西監督「そうだな。読みで打てるほどあまい相手じゃない。野球の原点、ただ来た球を打つ。そんな精神論くらいしか思いつかんな!」
斎藤主将「来た球を打つか」
中西監督「とにかくまだ3点差、回を増す事にきつくなる点差だが諦めるには早過ぎる点差だ!」
斎藤主将「そうですね。まずは守備だ。お前ら死ぬ気で守り抜くぞ!」
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柚(シュッ!)
柚(ペコリッ!)
大下「ああ、いいよいいよ。気にすんな」
霞「初球ストレートがすっぽ抜けてデッドボールで大下選手が1塁へ!」
武藤「やっぱり疲労がきつい様ですね」
柚(シュッ!)
大下(タッタッタッ!)
霞「一応ストライクが入りましたがランナーの大下君は盗塁を成功させ2塁へ!」
柚(シュッ!)
霞「エアナックルを打ち上げセンターフライ! まれにですが生きたボールが行ってますね!」
霞「やっぱりそうですよね。でも一応はさっきの回も無失点に抑えてますからね」
ジャクソン(かわいそうだがこれで終わりだ!)
柚「………………」
霞「入った。バックスクリーンに叩き込む2ランホームラン! これで5点差となりました!」
柚(シュッ!)
霞「しかし続く小山選手は134キロのストレートで空振り三振に抑えます!」
柚(バタッ!)
中西監督「慌てるな。医者はもう待機させてある」
中西監督「すみませんがそう言う訳ですので勝手ながら試合はコールドと言う事で」
中西監督「はい!」