第40章 赤竜の希望(前編)

−1996年 4月 上旬−
赤竜高校は春の甲子園でも初の決勝進出と頑張り周囲の評価は高かったが選手達は不満な結果に終わった。そして斎藤達も最終学年に上がり新入部員を迎える。
斎藤主将「と言う訳で残念ながら春の甲子園では準優勝と言う不満な結果に終わった訳だ」
松本「ひそひそ(話には聞いてたけど準優勝で不満と言う事はかなり厳しいんだろうな)」
工藤「だろうな」
斎藤主将「とにかく運動部の中でも野球部の練習は特に厳しい! しかしこの厳しい練習に付いて来てくれたら俺は君達に全国制覇する事を約束する!」
新入部員(さすがにドラフト候補だけあって凄い事を言うな!?)
斎藤主将「それじゃ新入部員には中学のポジションなど簡単な自己紹介をしてもらおうか、まずはそこのお前からな!」
村田「村田修一(むらたしゅういち)っす! ファーストで長打力には自信があります!」
真田「村田君か、やっぱりテストには落ちたんだね」
村田「すみません。まだショックを引きずってるので責めないで下さい」
新入部員「テスト?」
工藤「そこのバカは斉天のテストに落ちてここへ来たんだよ!」
新入部員「なるほど!」
村田「人が気にしてる事を」
佐伯「それなら気にする事はないさ。俺もそうだし他にもいるしな」
村田「意外にいるもんなんだな?」
佐伯「そりゃ受かるのはごくわずかだし落ちても強豪校に入りたいって事で強い高校に入る物さ。そう言う意味じゃこの赤竜高校は打って付けさ!」
村田「そうか(しかしハッキリ言う奴だ)」

その後も自己紹介は続いて行く。
小田切「小田切竜(おだぎりりゅう)です。中学ではピッチャーをやってました」

吉田「小田切と言うと軟式だが全国でも有名なあの小田切か!?」
真田「有名なの?」
吉田「ああ、軟式出だが名前は全国区で実力も高いって話だ。だが東京のあいつがなんで神奈川に?」
真田「それはきっと僕に憧れてだね」
吉田「それはないと思う」

矢吹「矢吹隼人( やぶきはやと )っす! 先に紹介した竜と同じ中学出身でポジションはショートがメインっす!」

真田「彼も有名なの?」
吉田「ああ、特に長所はないが欠点がなくバランスが整ってるって話だ」
真田「いやー照れるな」
吉田「だからお前に憧れてるとは限らないっての!」

工藤「工藤和真( くどうかずま )、ピッチャーです!」

真田「なんか凄そうなピッチャーも入ったし斎藤や柚ちゃんの負担も減りそうだね」
吉田「ああ」

中西監督「終わったか」
斎藤主将「ええ。そっちはどうです」
中西監督「問題ない。練習設備が大幅にアップしたな」
斎藤主将「これで効果的な練習もできるな。と言う訳で早速練習開始だ!」

投球練習
小田切「ふっ!」

ズバ―――ン!
吉田「速えっ!?」

斎藤主将「138キロか、1年とは思えないくらい速いな」
小田切「キャプテンには敵いませんけどね」

斎藤は既に145キロを計測とキャプテンらしさを見せていた。
工藤(シュッ!)

ククッ!
松本「良いボールだ!」

斎藤主将「工藤も良い変化球を投げるな。力の小田切に技の工藤ってところか」
吉田「小田切はコントロールがいまいちだが力で押すボールを持ってるからな。工藤は力押しは難しいが逃げ切りそうなコントロールが良いな。総合力じゃ斎藤に敵わないかも知れないがコンビで行けばお前より打ちにくいかもな」
斎藤主将「ああ!」
柚「強敵出現か」

打撃練習
村田「とりゃ!」矢吹「たあっ!」

カキ―――ン! カキ―――ン!
福西「呆れるほど飛ばすね」
相川「矢吹君も1年ながら上手いバッティングをするけど村田君は別格だね」
福西「なんでこれでテストに合格しなかったんだろう?」
篠原「キャプテンに聞いたところ守備がど下手と言う話だ」
福西「ど下手って…………わざわざ『ど』を付けるところにどん底って物を感じるな」
篠原「しかし福西と根本はレギュラーを奪われるかも知れんな」
福西「そうか、また追われるのか」
相川「まだ決まった訳じゃないし」
篠原(時間の問題な気もするがな)

と言う訳で赤竜高校は新たな戦力が入り全国制覇を目標に頑張って行く。それから数日が経ち1人だけまだ悩んでる選手がいた。

赤竜神社
柚(シュッ!)

クルッ!
神野「ふむ。前よりレベルが上がってるな」
柚「あっ? 変化球の人?」
神野「いや、神野紫苑って名前があるしそっちで呼んで欲しいんだけど」
柚「分かった。ところで紫苑は何しにここに来たの?」
神野「お参りと言いたいとこだけど柚に会いに来たんだよ。まずは公式戦出場にお兄さんを抑えておめでとうと言っておくよ」
柚「ありがとう」
神野「ナックルカウンターを改良して頑張ってるけど、それでも高校レベルで通用しているとは言い切れない。と言う訳で再び指導して上げようと思ってね」
柚「有り難いけど、どうしてそこまでしてくれるの?」
神野「最初は知り合いに頼まれてね。今回はまあ、おせっかいな性分らしくてね。テレビを観てたら気になってね…………まあ、裏があると思ってくれて良いよ。実際、こっちにも得がありそうだし」
柚「細かい事はどうでも良い。それでどう投げるの?」
神野「立場上こう言うのもなんだけど、上手い話には裏があるとも言うし君はもう少し気にした方が良いと思うよこほん。今度のナックルは高速でしかもかなり変化する。しかしだからこそリリースは難しい。理論上は問題ないと思うから試しに投げてみなよ!」

そう言って神野は柚に握りを教える。
柚「こう投げるのか、分かった!」

クルッ!
神野「前のナックルより速度は出ているけど、変化その物は落ちてるね。もっと全体を使って投げないと」
柚「こう!」

シュルルルッククッ!
神野「悪くないけど、もっと変化するはずなんだけどな?」
柚「ならこれで!」

クルッ!
神野「ダメか、現状でも十分なレベルなんだけど、いっそフォームを変えて見るか」
柚「フォームを?」
神野「そう。河島京太さんを知ってるかな?」
柚「ノーヒットノーラン」
神野「そう。いきなり開幕戦をノーヒットノーランで飾った今一番の新人王候補だよ。あの人が考えた投法なら今以上にボールが良くなると思う」
柚「それに変えれば上手く行くの?」
神野「ううん。確実とは言えないしむしろ今以下に落ちる可能性もあるよ。それにあのフォームは大きくクイックは無視するしコントロールも安定はしないだろうからね。リスクは大きいかな。ただ、今のフォームでこれ以上に伸ばすのは難しいと思うよ」
柚「ならやる!」
神野「なら最初はシャドウピッチングだね。とにかく徹底的にフォームを固めて投げて見よう!」
柚「すぐにやる!」
神野「いきなりは無理だと思うけど」
柚「大丈夫! 変化球を手に入れる為に投手のモーションは徹底的に観て来たから記憶には残っている!」

スト―――ン!
神野「凄いじゃないか!? たった1球だけど凄く落ちたよ!!」
柚「確かに変化のレベルが段違いに上がったけど、コントロールが一気に落ちた」
神野「それは仕方ないよ。今のはSFFのような落ち方だったけど、ランダムに変化するはずだから、問題があるとしたら捕れるキャッチャーの存在かな?」
柚「もう1球!」

ククッ!
神野「大した物だ。ピッチャーは才能って意味がなんとなく分かるな」
柚「やっぱりコントロールは安定しない」
神野「それは慣れの問題だと思うよ。君はなんと言うか感性が豊かと言うべきかな。とにかく慣れるのが早いと言うべきか、そう言う才覚があるみたいだからコントロールも少しずつ上がって行くと思うよ」
柚「ありがとう。これで夏の大会でも通用するかも知れない!」
神野「まあ、捕れるキャッチャーがいれば問題ないよ。ボールだけ取れば既に一級品だから」
柚「うーん?」
神野「ってまだ悩みがあるの?」
柚「名前を考えていた」
神野「ああ、名前ね…………そうだ! あのリリースは斎藤君のストレートを参考にしたから斎藤君に付けてもらったらどうだい?」

喫茶店MOON
柚「…………と言う訳でハジメに名付けて欲しい」
斎藤主将「って言われてもな?」
真田「なんで悩むのさ。前の時と同じ様に名前を付けるだけで簡単じゃん」
斎藤主将「前の時も散々意見があったけど、結局元の名前になっただけじゃないか!」
吉田「そんな事もあったな」
真田「ところで斎藤のストレートはなんて言うの?」
斎藤主将「普通にストレートかな」
真田「つまらん」
斎藤主将「ま、村雨が一時期『ライジングノヴァ』とか言ってたけどな」
真田「それ採用!」
斎藤主将&吉田「ええっ!?」
斎藤主将「ちょっと待てゲームから適当な単語を当てはめた様な村雨の思考だぞ」
吉田「大下さんに通じるところがあるな」
真田「そんじゃ柚ちゃんの変化球は『ライジングナックル』で決まり斎藤のストレートは『ライジングノヴァ』で決まりました!」
吉田「つうか『ライジングナックル』って去年監督が言ってなかったっけ?」
真田「そんな細かい事は知りません。究極=ライジングで良いじゃないか!」
斎藤主将「つうか今日の真田はいつも以上にテンションが高くないか?」
真田「そりゃベイスターズは絶好調で相良さんも大活躍と言う事はなしだからね」
吉田「まあ、今年は開幕から調子が良いけどな」
真田「現在は首位独走です〜♪」
吉田「と言っても始まったばかりだからな」
真田「昨年はスワローズがダントツでそのまま行ったんだし今年はベイスターズがいただきだね!」
吉田「ま、先輩達が活躍してるのは嬉しいけどな」
真田「そうそう。このまま高校、プロでうちの県が日本一になると面白いよ」
吉田「確かに面白いな」
斎藤主将「とにかくこの名前で良いのかな?」
柚「私は別に構わない」
斎藤主将「本人がそう言うならこれでいっか」

斎藤の内心は複雑だがとりあえず斎藤と柚の決め球がオリジナルに変化したらしい。そして赤竜高校野球部は頑張って行き4月も中旬へと向かう。

赤竜高校 野球部
村田「しかしずい分と人数が減ったな」

さすがに練習は厳しく新入部員の中には早々に退部者が出ているらしい。
矢吹「それでも残っているのもいるけどな」
佐伯「俺達見たいにな」
小田切「根性なしは放っておけ、むしろとっとと消えてもらった方がチームのムードを悪くしない分助かる」
松本「きついね」
工藤「しかし言ってる事はもっともだ」
村田「次期エースは性格的に問題ありか?」
立石「かもね」
雪村「しかし2人共実力はある。エースは無理だろうが夏からベンチ入りは果たすかも知れないな」
金村「そうかもね」
佐々木「うーん」
佐伯「ポジションがかぶってるのもいるけど、俺らだけで野球できるね」
村田「いきなりなんだよ?」
佐伯「いや、俺達だけ生き残った訳だけどさ」
松本「生き残ったって?」
佐伯「まあまあ聞きなよ。1番はショート立石、2番はセンター俺、3番はサード矢吹、4番はファースト村田、5番はキャッチャー松本、6番はライト雪村、7番はレフト佐々木、8番はセカンド金村、9番はピッチャー小田切、残念ながら工藤は控えに入ってもらうけどさ。俺達だけで1チームできるじゃん」
小田切「なるほど、見事にポジションがバラバラだな」
矢吹「俺はショートがメインなんだけどな」
小田切「サードも同じくらい守れるし妥当な判断だと思うがな」
中西監督「ふむ。面白そうだな」
全員「監督っ!?」
中西監督「紅白戦やって見るか」
工藤「と言うと?」
中西監督「お前ら1年連合VS春の準優勝メンバーの試合だよ」
矢吹「燃えて来た!」村田「俺もやりたいです!」
中西監督「他のメンバーはどうだ?」
小田切「面白そうですね」
佐伯「負けて元々だし先輩達の胸を借りるか」

こうして紅白戦の試合が決まった。上級生VS新入生の試合の行方は?