第4章 新星冥空高校!(中編)

−1990年 8月−
冥空高校は甲子園でも順調に勝ち上がり準決勝まで上がって来た。今日の相手は因縁の相手、無明実業だった。
日下部「ついにここまで来たね」
轟主将「ああ。相手は今年も本命と言われている無明実業だ」
遠山「1年に2人入って来て外野陣は完璧になっちまったな」
久住「草薙と言う奴の肩は本物だな」
日下部「久住君、十八番(  おはこ  )のライトゴロをあっちもやっているからね。注目度は凄いよ」
轟主将「ケガで調子が悪いとは言え高野を抑えてのスタメンだからな。バッティングも凄いぞ」
遠山「確かに凄いセンスをしてそうだなと思うが、まだ1年だし燕ならなんとか抑えられるだろう」
日下部「そうだよね。さすがにバッティングでは神代君が凄すぎるもんね!?」
遠山「甲子園でも敬遠球ばっかりだからな。まともに勝負するピッチャーなんて数えるほどだぜ!?」

日下部の世代では春の優勝の立役者の1人神代の評価が一番高かった。そのセンスは素晴らしく10年に1人の逸材などと噂されている。ドラフトでは争奪戦になるのは間違いないだろうとまで噂されている。
久住「しかし今日は俺の弟が先発だ。無失点で頼むぜ!」
燕「さすがにこの打線を無失点は無理だと思うけど」
轟主将「いや足りない力は俺がおぎなう。お前は全力で俺のミットに向かって投げ込んで来い!」
燕「はい!」
久住「この差はなんだ!? そんなに轟の方が良いのか!?」
遠山「気色の悪い言い方はやめろっての!」
上条「久住先輩も結構ブラコンですからね」
轟主将「バカな事をやっている場合か俺達は無明から1点も取った事はないんだぞ!」
遠山「まあ御堂は安定していてそうそうは崩れないからな」
上条「つうか145キロのストレートと変化球混ぜられたら手が出ませんよ。コントロールも抜群でしたし」
轟主将「だが俺達が優勝する為には何がなんでも打たなければ行けない。御堂と言えど人間だ。疲れもするし失投も投げる」
日下部「それを見逃さず打てば良いんだね!」
轟主将「そう言う事だ。もっともこっちも失点を少なく切り抜けなければ到底勝つ事はできないだろうがな!」
燕「分かっています。僕が完封で抑えて見せます!」
上条「まあ今からプロクラスのピッチャーと対戦できるのも悪くはないか」
日下部「上条君って小物なのか大物なのか分からないところがあるね」
遠山「まあ天才の多くはムラッ気だからな。上条も調子良い時はとことん打つし今日は調子が良いんだろう」
日下部「それってただの気分屋じゃ?」
上条「まあ否定はしません」
燕「僕としたら毎日自信満々で打ってくれた方が嬉しいんだけど」
上条「調子は良いけど自信はないぞ」
全員「ないのかよ」
神坂監督「とにかくここまで来たんだ。相手との実力の差はそんなにはない。やるだけやって勝って見せろ!」
全員「はい!」

最後の夏、みんなできるだけ練習した。その練習した時間を思い出しチームのムードは一変する。果たして決勝へ進出するのはどちらか?

−甲子園大会準決勝戦 阪神甲子園球場−
3年 久住 鴉
後攻 先攻
冥空高校 無明実業高校
投手力 機動力 投手力 機動力
打撃力 守備力 VS 打撃力 守備力
意外性 経験値 意外性 経験値
総合力 総合力
橘 小雨 1年
2年 上条 響 一条 俊樹 3年
3年 日下部 美能留 御堂 誠人 3年
3年 遠山 章太 神代 一歩 3年
3年 轟 賢太郎 高野 稔 3年
3年 香川 亮祐 草薙 刃 1年
3年 成谷 栄斗 百瀬 紘通 3年
3年 谷沢 正樹 門田 真悟 3年
2年 久住 燕 伊川 旭 3年

放送席
類「言わずと知れた類と解説には」
真介「元プロの小椋真介( おぐらしんすけ )っす!」
類「お祭り男として人気があり数々のタイトルを獲った名投手と言われているお人です!」
真介「面白そうなんで来ちゃいましたよ」
類「早速ですが小椋さん、両校をどう思われます?」
真介「そうですね。冥空高校は戦力のバランスが整っており打撃守備とレベルは高いです。投手陣の駒が不足していますが轟君のリードがそれを埋めていると素晴らしい選手が多いですね」
類「確かに1番の久住君とクリーンナップの3人はプロも注目するほどです」
真介「無明実業は今年も名門って事でレベルの高い選手が多数いますね。中でも外野陣は打撃守備共に凄く投手も充実と相変わらず隙のないレベルですよ!」
類「特に4番の神代君は敬遠の山ですからね」
真介「ここまでの凄いバッターと言えば高校時代じゃ天野くらいでしょうかね。評価では天野を抜いてるし6球団以上指名するかも知れませんね」
類「小椋さんの予想ではどちらが勝つと思われますか?」
真介「そうですね。6−4で無明が有利ですね特に野球じゃエースの役目は重要です。御堂君の力も本物ですし無明実業が有利だと思いますよ!」
類「しかし6−4ですか?」
真介「なんか冥空高校は勢いがあるんですよね。そう言う意味じゃチームのモチベーションは最高潮だし無明を破っても不思議じゃないですよ無明が有利なのは僕が御堂君のファンであるってのが一番の理由ですね」
類「なるほど」

呆れる様なセリフだが類は簡単に流し準決勝戦も始まった。

1回表 冥0−0無 夏の大会で再会した両校、勝利するのはどちらか?
橘「さてと、どんなボールを投げるのかな」
轟主将(雰囲気のある奴だ。まあ橘と言えばプロ選手が多くいるし当然と言えば当然か、長打力もあるが塁に出られると足でかき回されるのがやっかいだな。とにかくこいつは出さない様に気を付けよう!)
燕(はい!)

ガキッ!
類「アウトコースのカーブを流し打ちしますがショートの上条君がキャッチし1アウトです!」
真介「上手く合わせましたが野手の正面と不運でしたね。しかし1打席目からこれじゃ燕君も大変でしょうね」

一条「どうだった?」
橘「コントロールは良さそうですね。それにセンター前に打とうと思ったのに流されましたし手元でノビてるんじゃないかと思います」
一条「春の時と同じだが、今回は万全な調子か、なかなか手強いか?」
橘「そうですね。轟さんのリードしだいだと思います。少なくともエースの久住さんは打てないピッチャーではありませんね」
一条「なるほど、参考になった」

燕(シュッ!)

ガキッ!
一条「確かに手元でノビてるな」

類「一条君はストレートを打ち上げセカンドフライに倒れて2アウト!」
真介「球速は136キロと結構手元でノビてる見たいですね。冥空高校としたら神代君の前にランナー出したくないだろうし次の御堂君で終わらせたいところでしょうね」

燕(シュッ!)

カキ―――ン!
日下部「よっと!」

パシッ!
御堂主将(あれならうちでもレギュラーだな)

類「センターへ抜けるかと思いましたが良いところを守っていた日下部君に救われて3アウトチェンジです!」
真介「小介見たいな守備ですね。ああ言う選手は投手に取っては凄く助かりますね!」

燕「三者凡退とは言えヒット性の当たりも多いし変化球も混ぜた方が良いと思うんですか?」
轟主将「次の神代からは変化球も混ぜるさ。ただ今日のお前のストレートは走ってるしコントロールがしっかりしていればそうそう連打は食らわないよ!」
燕「僕は僕のできる事をやります!」
轟主将「問題はどうやって御堂から点を取るかだな」

1回裏 冥0−0無 三者凡退と燕の立ち上がりは順調らしい
久住(できれば無明相手にここで投げて見たかったな。けど今の俺は冥空の1番ライトだ。打つのが仕事だ!)

カキ―――ン!
御堂主将「まいったな」

類「これは意外、先制点を奪ったのは冥空高校、御堂君のストレートをライトスタンドに叩き込みました!」
真介「本当に意外ですね。まあ130前半の棒球と失投でしたし見逃さず打った久住君もさすがでしたけどね」

久住「おっしゃ!」
燕「あっさり点を取りましたね」
轟主将「俺も驚いた。とにかく貴重な先制点だ。こいつを守って行くぞ!」
燕「は、はい!」

まだ信じられないのかとにかく意外にも冥空高校が先制点を取る事となった。
御堂主将(悪い。けど調子が悪い訳じゃないからここから抑えるよ!)
伊川(ま、1点くらいならすぐに取り戻せるだろうしここから抑えれば良いさ!)
御堂主将(ああ!)

ズバ―――ン!
上条「嫌なとこばっかり!?」

類「最後はアウトコースのストレートを見逃し三振!」
真介「本当にコントロールも抜群ですね。素晴らしいピッチングですよ」

御堂主将(シュッ!)

ガキッ!
日下部「当てるのがやっとだよ!?」

類「当てましたがファーストゴロに倒れて2アウト!」
真介「あのスライダーに当てて来るとはさすがですね。しかし変化球もキレてるし本当に凄いですね」
類(一応中立なんだけどな。まあ言っても無駄そうだし良いか)

御堂主将(シュッ!)

ククッ!
遠山「くそっ!」

類「アウトコースのボール球のカーブを空振り三振し3アウトチェンジ!」
真介「今のは振らずに見逃すべきでしたね。しかしカーブもかなり変化してるしプロでも即通用しそうですね」

芹沢「スタンドに運ばれた時はどうなるかと思ったよ?」
御堂主将「僕もいきなり失投するとは思わなかったよ」
神代「ここまでの疲労が出ているのかもな。疲れがあるなら芹沢に代わってもらえ!」
御堂主将「うーん、そうだね。ここで負けたらそれこそ申し訳ないしね。けど疲れは感じてないから行けるだけ行かせてよ!」
芹沢「俺は決勝で投げて優勝投手になれればそれで良いのでオッケー!」
御堂主将「…………そう」
神代「ま、1点くらいなら問題ないか、その調子で抑えてくれ!」
御堂主将「ああ!」

2回表 冥1−0無 意外にも久住の一打で先制点を取った冥空高校だった!?
神代「まあ悪くはないな!」

カキ―――ン!
燕「嘘っ!? あのボールをなんであそこまでっ!?」

類「138キロのストレート、良いコースに行ったと思いきやバックスクリーンへ叩き込まれました!」
真介「結構低いボール球だったのにあっさりとスタンドに持って行きましたね。やっぱり歩かせる監督の気持ちも分かりますよ。あれはアマチュアじゃなくプロのバッターですよ!」

神代「良いコースに投げるピッチャーと良いリードをするキャッチャー、やっぱり強いよ。お前らは!」
轟主将「(化物めっ!?)……そうか、だったら次は期待に応えないとな…………(落ち着け熱くなったら負けだ。冷静になれ!)」
神代「それじゃ次も楽しみにしている!」

人が聞いたら嫌味にしか聞こえないだろうがこれは神代の本音だった。敬遠球ばかりで対戦機会が減ると滅入る思いをしている神代に取って冥空高校との対戦は楽しい物だった。
燕「………………」
轟主将(落ち着け! 今のはあれが怪物だっただけだ。お前の調子は悪くない。これからエンジンをかければ神代と言えそうそうは打てないはずだ!)
燕「はい」

正直言って燕は打たれ弱い。そしてリズムが狂ってか高野、草薙は四死球で歩かせてしまう。
高野「とどめを刺そうかと思ったのにフォアボールかよ!」
草薙「力のないボールだったし振って見ても良かったかな。まあいまさらか」

類「ノーアウトで得点圏にランナーが行きます。この状況ですが神坂監督もキャプテンの轟君も動きませんね?」
真介「そうですね。この燕君はピンチに強いとも聞いてるしその辺の信頼から動かないんじゃないでしょうか」
類「確かに結構打たれてるのに防御率はなかなか良いですね」
真介「精神的に弱い様で強いのかな? まあ観れば分かりますか!」

燕(ランナー2塁、ここで打たれて流れを持って行かれる訳には行かない!)

ズバ―――ン!
百瀬(いきなり生き返りやがった!?)

類「最後は138キロのストレートを見逃し三振!」
真介「ランナーを背負った瞬間にこれか、切り替えが下手な様で結構上手いですね」
類「少なくとも心は弱くはないのかも知れませんね」

燕(次も抑えるぞ!)
轟主将(高野は足をケガをしている。走る心配はない。ミット目がけて投げる事だけ考えろ!)
燕(はい!)

ガキッ!
門田「正面に行ったか」

類「門田君は当てますがショートライナーで2アウト!」
真介「思っていたより変化するカーブだった見たいですね。次は9番だしランナーは返らないかな?」

燕(ここで終わらせる!)

ガキッ!
伊川「なかなかやるな」

類「伊川君はピッチャーゴロとなんとか1失点で抑えました!」
真介「なんとか調子を取り戻した見たいですね。しかしこれで試合は振り出しに戻りましたね」

轟主将「さすがだ。良く1失点に抑えた!」
燕「神代さんは」
轟主将「あれは俺のミスだ。まさか低めのボール球をスタンドまで運ばれるとは思わなかった」
燕「…………やっっぱり歩かせるべきですか」
轟主将「そうだな。それも1つの手だが、俺はお前なら抑えられると思っている」
燕「…………でも?」
轟主将「自信を持てお前は冥空高校のエースだ。神代だって抑える事はできるさ!」
燕「…………キャプテンを信じて投げて見ます!」
轟主将「ああ!」

日下部「なんか燕君が大きくなって行くみたいだね」
久住「兄としてはぜひその役目をしたかったけどな!?」
日下部「大丈夫! 久住君の背中も見てるよ。きっと!」
久住「だとしたら嬉しいな。本当に」

自身の夢見た場所で弟が投げている。その事に悔しさはなく久住は兄として弟が誇らしかった。
上条「振り出しに戻っちゃいましたね」
遠山「仕方ない。これから打って取り戻すぞ!」
上条「そうですね」

試合はまだまだ始まったばかりらしく試合は進んで行く。
神代「ふっ!」

カキ―――ン!
燕「またですか!?」

追い込んだまでは良いが決め球のストレートをバックスクリーンに叩き込まれ無明実業が3対1とリードを広げる。
遠山「ぶっ飛べ!」

カキ―――ン!
御堂主将「さすがだな。ここまで打たれるのは久しぶりだよ」

遠山も負けずと御堂の145キロのストレートをレフトスタンドに叩き込む。これで3対2となった。
燕(シュッ!)
神代「良いコースだ。けど!」

カキ―――ン!
燕「またっ!?」
久住「任せろ!」

パシッ

3打席連続で打たれるかと思ったがライトの久住が追いついてアウトとなる。
神代「力み過ぎたな。ライトスタンドじゃなくバックスクリーンを狙わないとな!」

さすがの神代も人の子だったらしく3打席連続を狙っていた為に力み過ぎて芯を外してしまったらしい。もっともそれでも長打性の当たりでヒットになっていただろうからここは久住の足と守備を誉めるしかないが
燕「ありがとう。兄さん!」
久住「任せとけ!」

この後、燕も粘りのピッチングと味方の守備に救われるを繰り返しなんとか1点差で試合は進んで行く。

8回裏 冥2−3無 1点差と微妙だが相手は全国でもトップクラスの御堂!
御堂主将「1点差か、ここで手を抜いて負けたらそれこそバカみたいだ。全力で行くよ!」

ククッ!
燕「ダメだ。手が出ない!?」

類「最後はインコースのシュートで見逃し三振!」
真介「ピッチャーにえげつないボールを投げますね。けどとんでもなく変化したしスタミナも結構あるのかな?」

御堂主将(まだまだ行けるぞ!)

ガキッ!
久住「慣れない事はするもんじゃないか」

類「珍しく粘っていた久住君ですが結果はキャッチャーフライで2アウト!」
真介「フォアボールにせよ球数を増やすにしろチャンスが増えると言う姿勢は良いですけど、ちょっと遅すぎですかね」

久住「やっぱりお前みたいには行かなかったな」
日下部「まだ8回で2アウトだし終わってないよ」
久住「だな。正直ここで点を取れなきゃ終わりの予感がする。後は頼むぜ!」
日下部「…………終わらせないよ!」
久住「ん?」
日下部「だってここで勝って次で勝てば最高の終わり方で幕が閉じるんだよ!」
久住「高校の幕を閉じて次はプロの幕開けってかそいつは最高だな!」
日下部「でしょう!(そう僕が久住君達と一緒に頑張って来た3年間、ここで終わりたくない。もう久住君達と野球をする事がないかも知れないんだから!)」

上条「ふん!」

カキ―――ン!
御堂主将「2アウト1塁か、さすがに8回だと打って来るな。しかし流れはここで断ち切る!」

続く上条は御堂から今日2安打目を放つとやはり調子は良いらしい。
上条「おっしゃ! 日下部先輩続いて下さいよ!」
日下部「おう!」
御堂主将「そして一番嫌なバッターを迎えるか」

既に20球とファールが続いていた。しかしカウントは2−1と御堂も素晴らしいコントロールを見せている。
日下部「………………」

日下部も集中力がMAXの状態らしく黙々と来たボールを打ち返している。

カキ―――ン!
御堂主将「まさか!?」

類「…………入りましたね」
真介「高めの失投と確かにホームランボールなんですけど、日下部君ってホームラン打った事ってあるんですか?」
類「練習試合は知りませんが公式戦では初めてですね」
真介「失投とは言えこの場面で逆転2ランですか、流れが変わったかな」

日下部「あっははは、自分でも信じられないや!?」
久住「さすがだぜ。俺はお前が打つと信じていた!(ヒットだと思ったけど)」
轟主将「俺もだ!(ヒットだと思ったけど)」
上条「俺もです!(ヒットだと思ったけど)」
日下部「なんか腹の内は見えているけどそんな事が気にならないほど嬉しい!」
燕「日下部先輩からもらったこのチャンス絶対生かして見せます!」
日下部「燕君がそう言うなら安心だ!」

大岡監督「仕方ない。芹沢、マウンドに向かえ!」
芹沢「俺がですか!?」
大岡監督「他に誰がいるんだよ!」
芹沢「そうですけど、ここで御堂を代えるんですか?」
大岡監督「仕方ないだろう。日下部にムダ球を散々投げた結果がホームランだ。切り替えるのはさすがの御堂でも難しいだろう。不幸中の幸いと言うかまだ1回あるしな。お前のピッチングで流れを変えて来い!」
芹沢「はい!」
大岡監督「切り替え早っ!?」
御堂主将「…………降板か」
芹沢「はいはい。御堂君は交代ですよ」
御堂主将「分かってるよ。まさか4点も取られるとは思わなかったし」
芹沢「大丈夫! 俺が抑えるから!」
御堂主将「だね。それじゃ流れをこっちに戻してね!」
芹沢「任せなさい!」
御堂主将(すっごい不安…………けど実力はあるし後はみんなを信じよう!)

ここでまさかの御堂の降板で球場中が騒ぐが芹沢はポーカーフェイスでマウンドに向かう。
芹沢(打たせない! ここで俺達が負けてたまるか!)

ガキッ!
遠山「ダメ押しならずか」

類「ボール球を打ちますが結果はセンターフライ!」
真介「御堂君に隠れがちですが、芹沢君も完成度の高いピッチャーですね」
類「球速や変化球では敵いませんけど、コントロールはタメを張ると言われています。そして球速も140キロと決してレベルは低くありませんね」
真介「ええ。芹沢君もドラフトにかかるだろうと言われていますからね」
類「日下部君の2ランで冥空高校が逆転しスタンドはパニックにおちいりましたが落ち着いて来たようです。そして試合は9回に入ります。どんな結末なのか」
真介「なんかドラマやアニメのナレーションみたいですね?」
類「細かい事は気にしない」

芹沢「じゃ大将、後は頼むぜ!」
草薙「本当にマウンドとは別人ですね」
橘「まったくだ」
草薙&橘「ん?」
草薙「真似すんな!」橘「こっちのセリフだ!」
芹沢「じゃ大将、後は頼んだよ!」
神代「ああ。1人出れば俺が打って決める!」
御堂主将「やっぱりあの2人止めないんだ」
神代「いや、なんかあいつらのケンカって止めに入るのが悪い気がするし」
高野「それ凄く分かるわ。仲の良い兄弟ゲンカって感じだもんな」

9回表 冥4−3無 想像もしなかった伏兵の一発で逆転!?
燕「抑えて見せる!」
橘「神代さんに繋げば応えてくれる!」

カキ―――ン!
轟主将(簡単に合わせて来たか、慌てるな。まだランナーが出ただけだ。次を抑えて行けば良い!)
燕(はい!)

類「いきなりセンター前にヒットと橘君今日初めてのヒットです」
真介「良い当たりがことごとく守備に捕られて来ましたからね。しかし今日2度目の出塁ですね。前回と同じく走って来ますかね?」
類「さてどうなるやら」

燕(シュッ!)

ズバ―――ン!
一条「………………」
轟主将(走る気配はないか、確かに俺の肩なら刺せない事もないが一条も送りバントはしないし…………まさかな)

類「一条君はストレートを見逃し三振とずい分大人しいですね」
真介「まさかと思いますが」
類「と言うと?」
真介「次の芹沢君の打席で答えは出ますよ」

燕(シュッ!)

ズバ―――ン!
芹沢「ふう」

類「バッティングはそれほどでもない芹沢君でしたが予想通り見逃し三振に抑えられました。それで先ほどの続きは?」
真介「本当は気付いてるんじゃないですか?」
類「さてなんの事やら」

芹沢「じゃ大将、後は頼んだよ!」
神代「プレッシャーがかかるな」

そう言う神代だったが表情は自信に満ちていた。
轟主将「ダブルプレーが怖いからわざと見逃して神代に回すか、凄まじい信頼感だな!」
神代「別に怖いなら歩かせてくれても良いけどね」
轟主将「それも考えなかった訳でもなかったけどな。けど燕の性格じゃここで歩かせた方が弱気になってまずい事態になるし勝負してやるよ!」
神代「さすがはキャプテンで正捕手、しかしそれは俺を過小評価しているって事かな?」
轟主将「さてな。それにお前が勝負するのは俺じゃない!」
神代「そうだったね。じゃあここで終わりにしようか!」
轟主将「ああ!(勝負だ。ミットめがけて全力で投げろ!)」
燕(コクッ!)

燕は無言で頷く。そしてこの最初の1球で勝負は着いた。
神代「初球からストライクとは良い度胸だ!」

カキ―――ン!
轟主将(芯でとらえたのか!?)
燕(…………例えどんな結果になろうと受け入れる)

ライト方向の打球で神代のパワーならスタンドへ行くのは確実だと思われたが
久住「逆風か!?」

パシッ!

突然の逆風で打球は押し戻れる。そしてボールは久住のグローブに入った。
神代「わずかに芯を外された。俺達の想いがあいつらの想いに負けたって事かな。もったいなかったな。初球で決めるべきじゃなかった。もっとあいつらとの試合を楽しめば良かった」

気に入らない終わり方かと思ったが神代の心は晴れていた。高校時代最後の打席で色々と思う事もあるだろうが神代の中に最後まであったのはバッターとしての楽しさだった。
類「結果はアウトですね。無明実業は2アウトを渡してまで神代君に回しましたが期待に応える事はできませんでした」
真介「もう風がやんでいるし神風ですね。こんな野球を見たのは久し振りですよ。もし野球の神様と言うのがいれば冥空高校を選んだって事ですかね」

野球の神様、そんな者が存在するかどうかは分からないが日下部のホームランと言い最後の逆風と言い確かに冥空高校が選ばれたのかも知れない。それは正しく神のみぞ知る事だろうが、とにかく日下部の高校野球はまだ終わらないらしい。
日下部「決勝だよ。後1つ勝てば日本一だよ!」
久住「俺もホームラン打ったけど、今日のヒーローは燕と日下部に譲ってやるぜ!」
轟主将「最後の1球は本当に良いコースだったしな」
燕「はは、けどあれは風がなければスタンドでしたね。僕はまだまだです」
轟主将「そうだな。しかし風と言えど芯でとらえたなら神代はスタンドに放り込んでただろう。芯を外したのはお前の実力だ。最後のスライダーは俺が今まで受けた中でも最高のボールだった!」
燕「あ、ありがとうございます!!!」
遠山「最後か、春ではあっちから話しかけて来たし」
上条「夏は俺達から話しかけましょう!」
御堂主将「それで話しかけて来たの」
轟主将「ああ。まさか泣いてるとは思わなかったし無神経だったと思わなくもない」
御堂主将「悲しいのとか楽しいのか色々混ざっているから気にしないでよ。そうそう日下部君にはいつかお返しさせてもらうからね!」
日下部「うん!」

日下部は内心複雑だったがこれも大事な思い出としっかりと刻む事に決めた。
御堂主将「今は何を言われても笑顔か」
神代「燕だったか、相手になってやるからお前も来年プロに来いよ!」
燕「はい!」

燕は全国でも最高のスラッガーに認めてもらえたのが嬉しくハッキリと返事した。
神代「できれば轟と同じチームで相手したいな」
遠山「やっぱ負けず嫌いだな」
神代「でなきゃ全国制覇なんてできないさ!」
遠山「違いない。俺も目標ができたぜ。お前とホームラン王争いだ!」
神代「面白いね。じゃあ同じリーグでの対戦を祈ってまた会おう!」
遠山「ああ!」
久住「盛り上がってるな」
高野「だな。つうかホームラン王争いなら俺も入れろっての!」
芹沢「妬かない妬かない」
高野「誰が!」
橘「ま、1年目の夏でここまで来れただけでも上出来なのかな」
草薙「そうだな」
草薙&橘「ん?」
草薙「だから真似すんな!」橘「だからこっちのセリフだっての!」
上条「まったくすげえ新人が入って来たかと思ったらまだまだ1年って感じだな。実力は高いけど」
大岡監督「それじゃ決勝も頑張って下さい」
神坂監督「さすがは無明実業の監督ですね。凄い1年生達だった」
大岡監督「いえいえ。良い奴が勝手に入って来ただけ俺は何もしていませんよ」
神坂監督「それもあるでしょうが(宝石の元は原石だ。磨かなければああはならないだろう。俺もあいつらをいつかプロへ行かせてやりたい!)」

こうして春の借りは夏で返すのだった。悔しさのある者も多くいるだろうが彼らの野球はまだ終わらない。

決勝前夜 公園

緊張して眠れないのか日下部は宿舎を出て近くの公園のブランコに座っていた。
日下部「後1つと、本当にここまで来れたんだ。みんなと野球できるのも次で最後なのか」

日下部に取って本当に一生物の記憶になる最後の大会だったがこの乱入者との出会いもまた一生物だった。
日暮「やあ冥空高校の日下部君!」
日下部「あっ、黒龍高校の確か日暮君だったかな?」
日暮「その通り残念ながら僕は君ほど評価は高くないけどね。身長も大して違わないのに本当に凄いな」
日下部「体格で野球の実力が決まる訳じゃないよ。頑張ればきっと!」

同じ歳で体格も小柄同士のせいか親近感がわき2人は一瞬で仲良くなった。
日暮「うん。僕も実力はあると思うんだ。でもやっぱり評価が低いんだよね」
日下部「笑顔で言うセリフじゃないと思うけど?」
日暮「だから決勝戦、僕達チビッコの活躍で全国のチビッコの気持ちを盛り上げ様と言おうと思ったんだけどね」
日下部「?」
日暮「なんか悩んでいるみたいだから気になってね」
日下部「ああ!?」

日下部はようやく気を使って声をかけられたのだと気が付いた。
日暮「まあ、話したくないなら無理には聞かないからでも人に話す事で楽になれるとも聞くしね。どうかな?」
日下部「じゃあその前に1つだけ聞きたいんだけと?」
日暮「ん」
日下部「日暮君はプロ志望?」
日暮「もちろんだよ。日下部君だってそうでしょう!」
日下部「ううん。残念ながら僕には野球以外にもしたい事があるんだよ」
日暮「ええっ―――!?」
日下部「そんなに驚かなくても」
日暮「ごめん。けど本当にプロへ行くつもりはないの?」
日下部「正直に言えばまだ迷っているんだ。だからみんなにも言えなくてね」
日暮「そっか、難しい問題だね。僕、個人としてはプロで一緒に頑張って行きたかったんだけど、無理強いはできないしこればっかりは日下部君が答えを出すべきだよ!」
日下部「やっぱりそうだよね」
日暮「例えどんな答えを出しても友達は友達だよ。時期が時期で言いにくいかも知れないけど、早い内にみんなに話した方が良いと思うよ」
日下部「そうだよね。やっぱり友達に隠し事は良くないよね」
日暮「大丈夫、僕も友達だから言いにくいなら僕も手伝ってあげるよ!」
日下部「どうして日暮君はそんなに気にかけてくれるの?」

明日は決勝だ。わざわざこっちの相談に乗ったりモチベーションを上げてくれたり日暮が何を考えているか日下部には良く分からなかった。
日暮「だって僕達、もう友達でしょう。相談に乗るのも手伝うのも当たり前じゃん!」

その笑顔に裏はなく日下部は将来の親友とも言うべき1人の男と出会ったのだった。
日下部「うん!」
日暮「じゃあ、明日グラウンドで会おうね!」

こうして日下部は最高の状態で決勝へ向かうのだった。いよいよ日下部の高校野球も終わるがその結末は?